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第62話 影なる者

手下達は武器を持ち、ランディを追いかけた。

バタバタと(せわ)しい足音が遠のいていく。


「物わかりはいい方だと思ったのだがね……」


ランディの逃げた方向を見つめ、ケネトは葉巻を消した。

それから倦怠感の漂うため息をついた。


「アタイが言うのもなんだけどさぁ。アンタ達、ちゃんと親子の会話出来てんのかい? アンタも娘も利益の話ばっかりな気がするんだけどねぇ」


「? それの何が悪い」


「悪くはないさ。ただその先の情ってものがお互い見えない気がするのさ」


「……………………娘は私に苦手意識を持っている」


今にも消え入りそうなためらいの声。

眉間に皺を寄せたケネトの顔つきは怒っているというよりもふてくされたように見える。

リーダー格の女性はぷっと吹き出した。


「だから気を遣って、場を早く切り上げようと口数が少なくなるってわけ? 父親って生き物は思春期の娘との接し方に難しさを覚えるって聞くけど……」


ケネトは苦い物を口に含んだ表情を浮かべ、何も答えなかった。


「アンタ、商売じゃ頭が切れるけど、家族に関してはポンコツかい」


何となく父娘像が見えた女性はやれやれと肩をすくめた。


「まあいい。アタイはアタイの仕事をするだけさ。賢い子ならそう遠くへは行かないだろうからね」


そう目を細めながら、懐から魔方陣紙と魔石を取り出してた。









「いたか!?」「いや、見当たらねえな」「いっそのこと手投げ弾でも投げて脅してみるか?」「やめておけ、危ないだろう」「くそ、めんどくせぇな」


そんな追っ手の声を背景に、ランディは木の裏で荒く出る呼吸を両手で押さえていた。

全身の筋肉が疲労で悲鳴を上げている。

腕も足もガクガクと震えていた。

今、捕まれば逃げるチャンスは二度と来ないだろう。


でも焦る必要は無い。

幸いにも空は厚い雲がかかっており、月も星も隠している。

辺りは闇に包まれ、視界も悪い。


暗闇では目立つ白いドレスは途中で脱ぎ捨てた。

おかげで下着姿のままだ。

腕や横腹を枝がかすったせいであちこちに切り傷が出来ている。

更に夜の冷たい空気は更に堪えた。


人は逃げたと思ったら、できるだけ遠くへ離れると思うだろう。

だが無闇に走って崖下に落ちて、害獣と出くわせば本末転倒だ。

だからランディはしばらく走った後、元の道を戻ることにした。

追っ手が過ぎ去るのを待ち、音を立てないように早足でその場を離れた。



馬車があった場所を視界が捉えた。

父とリーダー格の女性が(とど)まっている。

二人の様子が分かる位置まで近寄り、低木がまとまった(やぶ)の裏に身を隠した。

このまま見つからなければ、デンガーンに戻るかノーウェリア帝国にもう一度出向くかを判断するだろう。

どちらにしろ、機会を待つしかない。

ランディは膝を抱え、目を伏せた。


馬車が通れるほどの道を走ったのなら、明け方になれば景色も見えてくる。

道なりを辿ればいつか人通りに出られるだろう。

このまま寮に向かってもいいが、父には居場所を知られてしまった。

逃走資金はない。寮で稼いだ給金は家政婦長経由で預かってもらっている。


それに皇女の私物を盗んだという罪も残っている。

潔白ではあるが、表向きは逃げ出したことになっているだろう。

立場はより面倒くさいものになっている。


いっそこのまま何も無かったことにして、もう一度身一つでどこかに行ってしまおうか。

いや、寮にいる皆やアイヴァーが心配するだろうから、一言は挨拶を交わした方がいい気がする。

それに寮に戻るには危険が高い。

落ち着いた先で手紙を送ってしまえばいいのではとも思う。


身の振り方をぐるぐると悩んでいると――


“だから助けて欲しい時は頼ってよ”


ふと頭の中にアイヴァーの言葉が降ってきた。

ランディはハッと顔を上げた。


――頼っても、いいのでしょうか。


友人だからと迷惑を掛けてはいけない気もする。

こんな家族のごたごたや、将来の目的も曖昧な我儘(わがまま)に付き合わせるなんて、煩わしいだけではないか。


アイヴァーの迷惑そうな顔を想像しようとするが、どうもうまく浮かび上がらない。


きっと味方になってくれる。

それが心強くて、泣きそうになる。


――……でも、だめです。ここで甘えてしまったら、これから一人で生きていけなくなってしまいます。


ランディは思考を停止するように膝に顔を埋めた。


すると――






「ここにいたのか」


その声と共に肩を掴まれる。ビクッと心臓が跳ねた。

ランディは反射的に身体を反らすと、目の前にケネトの姿があった。


「!」


悲鳴を上げそうになるが何とか(こら)えた。

しかし様子がおかしい。ランディの肩を押さえる力が簡単に抜けたのだ。


「逃げ……ろ」


苦悶の(うめ)き。

その言葉が理解できないでいると、ケネトが前のめりに傾いた。

ランディは父を肩で受け止め、一緒に地面に崩れる。

支えようとした背中から生ぬるい感触が伝わってくる。

一体何が起きているのか。


馬が(いなな)く声が響き、一瞬にして周囲が騒がしくなった。


パキッと小枝が折れる音。

ランディに近寄る人の気配を感じた。


「――よかった、無事で」


いやに穏やかな声だった。


上体を起こしたその先にいた者はランディもよく知っている人物。

ノーウェリア帝国の第四皇女であるシャーロット――その人であった。


「心配したのよ。わたくしの物を盗んだなんてでっち上げられて可哀想に……」


相変わらずの慈悲深い微笑み。

思わず安堵がこみ上げるが、この状況に怯えもうろたえもしない彼女に奇妙な違和感を覚える。

視線を凝らしていると、シャーロットの瞳が冷たく睨んでいたことに気づいた。


「もう少し後に使う手だったのに、横取りされちゃったわ」


その言葉を最後に、視界がぐらりと揺らぎ、ランディの意識は遠のいた。

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