第59話 デート④
「ん? どうしたの?」
「いえ、大したことではないのですが、そういえば誕生日は過ぎていたと思いまして」
一日一日を忙しくしていたので余裕もなかった。
誕生日が近いと思っていたが日付の感覚が抜けていた。
「えー普通忘れる?」
「単純に歳を取った日としか思えないので」
「……君って枯れているって言われない?」
兄と同じ指摘を受けてランディは頭を抱えた。
通常なら自身の成長を喜ぶ日なのだろう。
「――ですけど、自分を自分で祝っても手間しかない気がするのですよ」
「じゃあ、明日もデートだね」
「えええええ!?」
どうしてそうなるのかと俯くランディ。
「確かに自分で祝うのは味気ないよね。今日は仕事だけど明日は友人として出かけよう」
それでも渋っていると、アイヴァーは更に追い打ちを掛ける。
「君は働き過ぎだと思うんだよね。今日と明日、息抜きしても誰も怒らないよ」
「で、ですが、怠け癖がつけばアイヴァー様にご迷惑が掛かります。そうなればわたし、アイヴァー様に責任転嫁してしまいますよね。どうするおつもりですか」
「望むところ。逆に堕落した君を見てみたいものだけど」
「~~~~っ、わかりました。では明日」
とランディは言い逃げた。
気恥ずかしく、今すぐどこかに隠れたくなってしまう。
こんな気持ちをランディは知らない。
その後、二人は寮に戻った。
アイヴァーを見送った後、脱兎のごとく部屋に戻る。
まずは着替えようとクローゼットの前に立つ。
と同時に足元が光った。
視線を下に向けると、魔法陣が浮かび上がっていた。
反射的に身体を飛び退こうとする前に、ランディは魔法陣の中へと吸い込まれた。
――ドサッ!
ランディは苦悶の呻きを上げた。全身に鈍い痛みが走る。
どうやら空中に投げ出されたようだ。
視界もぐらぐらと揺らいでいる。
指先に当たるのは冷たくてゴツゴツとした感触。
鉄格子に石で囲まれた壁に床。
光景を理解する前にランディは痛みに耐えながら意識を手放した。
「こんな手荒な真似をするとは聞いていませんが!?」
聞き覚えのある声が、ランディの耳に入った。
「うるさい!! 犯罪者を手厚くもてなす衛兵がどこに居るというのだ!?」
「まだそうだとは決まっていないでしょう!?」
目の前で家政婦長と、魔導服を着た男が言い争いをしていた。
ランディは家政婦長に呼びかけようとして立ち上がろうとした。
「――っう!」
どうやら頭を打ったようで、ずきずきと脳がうるさく騒いでいる。
頭を押さえようにも手は背の後ろで縛られていた。
冷たい汗が頬を伝う。
「! ランディさん、大丈夫ですか!?」
「か、せいふ、ちょ……こ、こは?」
よろめきながらも、何とか腕の力を使って上体を起こした。
「宮廷の査問会議前の控え室……のはずなんですが、手違いで地下牢に入れられているのです。」
「……な、ぜ?」
「ランディさん、あなたに窃盗の容疑が掛けられています」
「せ、っとう?」
家政婦長は静かに頷いた。ランディには身に覚えが全く無かった。
「皇女殿下の私物がなくなったそうなの。あなたは時々、皇女様の元へ訪れていたから疑われているのよ。もしアイヴァー様に知られたら公平な裁きが出来ないと言うから、こんな形で呼び出されているのだけど。ごめんなさいね。こんな人権を無視したやり方、今、抗議をし――」
――バシンッ!
二人の会話を遮るように目の前に服が叩きつけられた。
見たことのある形状、ランディが着ていたベストだ。
「その中からシャーロット様の物が見つかったのだ。皇族の物を盗むとはとんだ度胸だ。極刑は免れないぞ!」
魔導服の男の手にはリボンが掲げられた。
パーティでのお礼にもらった物だった。
「そ……れは、頂いた、もの……です」
「貴様のような下賎な男に皇女殿下がリボンを贈るとでも? 信用出来るか!」
「皇女殿下には慕われているのですから、あり得ないことでは無いはずです!」
うまくしゃべれないランディの代わりに家政婦長が反論する。
「どうだか」
魔導服の男は鼻で笑った。
「とにかく、証拠隠滅されては敵わないからな。部屋を調べるから今日はここで一夜を過ごしてもらう。異論は無いな?」
「もし皇女殿下の証言と彼の部屋に何も無ければ、きちんとランディさんに謝罪の上、それ相応の誠意をみせてくださいね!」
家政婦長から鉄格子外からランディを支えながら、男をキッと睨み付けた。
「ごめんなさいねランディさん。なるべく早くあなたの虚偽を晴らすから、少しだけ我慢してくれる? まったく、寮にいる魔導士どものやっかみなのかしらね。許されないわよ」
家政婦長は慈悲めいた視線を向けつつ、絶対殺すマンオーラを放っていた。
「……か、せ、婦長、ご……尽、力……ありが、ご……す」
ランディはほっと息をはいた。
家政婦長は信頼してくれている。あとはシャーロットが証言してくれれば誤解も解けるだろう。
家政婦長が帰ってしばらくした後――
牢の外が騒がしくなった。
「移動だ」
手にはアイマスクが握られていた。ランディの頭に疑問符が浮かぶ。
「お前んとこの女上司が、囚人と決ったわけではないから、もう少し待遇のいい部屋に移動させろとうるさくてな。それは宮廷内を把握されないためだ」
逃走させないための目隠し。
男がランディにマスクをかける。ランディは素直に従った。
視界が閉ざされる。耳と手の触覚に頼らざるを得なくなり不安が残る。
誘導されるまま歩くと、生暖かい風が髪をなびかせた。外に出たのだろう。
足音しか拾わなかった耳が誰かの話し声を拾う。
「よし、そこを上がれ」
足先で踏み場所を確認しながら一段上がる。
浮いて沈む感覚。
――なんでしょう、この感じ。
「……馬車?」
思わず後ずさるが、背中を押され前のめりになる。
ガシャンと扉の閉まる音。どうやら中に閉じ込められたようだ。
目隠ししながら歩くには遠いのか。もっと離れにでも行くのだろうか。
突如として地面が大きく揺れ、ランディは体勢を崩した。
「!」
誰かの足にぶつかった感触。
誘導した魔導服の人だろうか。
背中を押したから外にいるとランディは思っていたが、いつの間にか乗り込んでいたのだろうか。
「宮廷を離れるのですか?」
ランディは恐る恐る尋ねた。
「そうだよ。お前にはもっとふさわしい場所があるだろう?」
失笑を交えたゆったりとして重圧のある口調。
その聞き覚えのある声にランディは愕然とした。




