第57話 デート②
「とりあえず甘いもの、食べよっか」
元帥閣下が商店街の一角にある建物に指を向けた。
甘い香りを漂わせているカフェ。
ケーキや紅茶などデザートを提供している場所だ。
ファンシーな内装で水玉模様のアクセントウォールにフリルなカーテン、クラシカルな白い家具が配置されている。
店内はほぼ女性客だ。
ランディはごくりと喉を鳴らした。
一度入ってみたい場所ではあったが、行く機会もなければ、入る勇気もなかった。
テーブルに着く客のほとんどが複数人連れで、一人だと浮くのではないかと気後れしていたのだ。
それにしても元帥閣下は本当にここが良かったのかと戸惑ってしまう。
――もしかしてアイヴァー様もこういう店に来たかったのでしょうか。
世の中には男性が甘いものやファンシーなものが好きと知られると、男らしくないと罵られるケースもあるという。
ランディをデートとして誘ったのは、女性向けの店に入りにくかったからと考えると、この仕事にも合点がいく。
ランディは店のドアを開けた。
すると店内にいた女性達の視線が一気に集まった。
無論男性が入ってきた珍しさもあるだろうが、美形が醸すオーラにも当てられている。
ざわめきかける前の空気感は何とも居心地が悪い。
――恋人設定は的を射ていたかもしれませんね。万が一言い寄られても、恋人がいると言えば片づけられますし。
ランディはちらりとアイヴァーに目を向ける。
彼は慣れ切ったと言わんばかりに平然と店員の案内を受けている。
しかし変装しているとはいえ、普段は掛けない眼鏡に短髪、平民のようなラフな装い。
姿恰好はいたってシンプルなのに、俗にいう“ギャップ萌え”なのだろうか。
少しだけドギマギしてしまう。
店員に通された席は窓際。
ランディは胸を撫で下ろした。ど真ん中であれば注目を一身に浴びるからだ。
渡されたメニュー表を開く。
「ランディは何が食べたい?」
「そ…そうですね」
女性向けとあってパイやケーキ、タルト、デニッシュ、ドーナツと種類は豊富だ。
他のテーブル席を覗くと生クリームが盛られたパンケーキや、フルーツが添えられたスコーンを頼んでいた。
――うーん、困りました。どれも美味しそうで選べません。
さっぱり食べるなら、レモンゼリー。
どっしり食べるなら、モンブラン。
甘さの中にほんのりした苦味を求めるなら、抹茶タルト。
メニュー表とにらめっこしているランディを見つめながらアイヴァーは笑った。
「悩むくらいなら全部頼めばいいじゃん」
確かにメニューの左から右まで全て注文には夢がある。
しかし百種類以上もある中で、全部と言われたら店側も困るが、ランディだって困るのだ。
「なりません。全ては食べられませんし、食べ残しはわたしのポリシーが許しません」
「そっかー。まあ、また次も一緒に来たらいいしね」
ランディは顔を隠すようにメニュー表を上げた。
いつもなら素直に同意しているだけだ。
無駄に意識してしまうのは、設定と恰好のせいなのだろうか。
そうしているとアイヴァーが席を立った。
「じゃあ、注文が決まったら一緒にアイスコーヒーとスフレを頼んでくれる?」
「どちらへ?」
すっと窓の先を見つめて一言。
「――キジを殲滅しに」
「あっはい……」
――どうしてだろう。トイレに行くはずなのに少し温度が下がった気がするのは。
やはり選ぶ時間が掛かりすぎただろうか。
気を落としつつも、ランディが選び抜いたのはチョコレートパフェ。
クリーム、ラングドシャ、アイス、ジュレなど、形を変えたチョコレートが層になっており、視覚だけでなく食感も楽しめる。
ベルを鳴らし注文が終わると、はたと自分の失態に気づく。
境界線がうまく引けていない。仕事なのに全く仕事に思えない。
皇女殿下の身代わりをした時は、完全に仕事モードになれた。
心を許す相手がいないことで緊張感もあった。
元帥閣下の恋人役なら、淑女らしく気品が溢れているべきだ。
ただ自分らしくしていいと言われると、仕事モードにはなりにくい。
いつもと調子が狂ってしまう。
「もう決まった?」
アイヴァーが戻ってきた。
ランディは平静さを務めて振り返った。
「はい、頼みました。お待たせしてすみません」
そう言い終えたと同時に、注文したデザートが到着した。
ランディはテーブルに並んだ皿を見て、おずおずと口を開いた。
「あの……アイヴァー様、“あーん”は、されます?」
「は?」
「恋人であれば食べ物や飲み物を共有させるのだと聞きました」
「なんでそんなことするの?」
「公衆の面前ですと、恋人を自慢したい、見せつけたいという心理が働くようです……が……」
アイヴァーは顎に手を当て、首を傾けた。
仕事なのだから良かれと思って口にしたが、いざ言葉にするととんでもなく恥ずかしくなった。
「ま、まあ人前ですし? 別にする必要性もない、ですよね……」
言わなきゃよかったと照れを隠すように、パクパクとパフェを口に運ぶ。
「ふーん、おもしろそう」
「い、いえ。やはりやめましょう。失言でした」
アイヴァーは自身の手元にあるスフレを十字に切り、その一つをフォークで刺した。
「はい、あーん」
まさか本当にやるとは思わず、ランディは身を引いた。
「いや……その……は、恥ずかしくない、ですか……ね……?」
「別に」
スフレは目の前で浮いたままだ。
このまま食べなない理由が無い。恋人の好意を無下にする彼女などいない。
周りに偽カップルだと思われるのは困る。
ランディは仕方なしに口を開けた。
ふわっと溶ける柔らかさが広がる。甘さが控えめでさっぱりとして食べやすかった。
「! ん、おいしい!」
ほっぺに手を当てて満足げな笑みを浮かべた。
実際にやってみれば意外にもあっけなくて拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、僕にも」
「わ、わかりました」
スプーンでアイスの部分をすくい、アイヴァーに差し出した。
「では、あーん」
アイヴァーの口の中に入れるが、そのまま引こうとしたが、アイヴァーはスプーンを咥えたまま放そうとしない。
スプーンを取り返そうとして、引っ張っても抜けない。
わざとだ。
「アイヴァー様」
ランディが少しむっとすると、アイヴァーはいたずらっぽく目を細め、口を開いた。
窓際が発する甘い空気に周囲は死にかけた。
主に胸焼けで。
甘い物に甘い物はきっと堪えるものがあったのだろう。
お会計も済ませカフェを出る二人。
「アイヴァー様も甘いものが食べられるんですねぇ」
「どういう意味?」
「わたしの家は男所帯で、父も兄たちもしょっぱいものや辛いものばかりで、
甘い物を食べた記憶が無いのです。アイヴァー様に連れてきてもらって嬉しかったです」
ふわりとランディの表情が緩んだ。
「そっか」
「それにしてもアイヴァー様に向けられる視線がすごかったですねー。
私なんてきっと視界的に邪魔だと思われたかもしれません」
商店街のアプローチやカフェでの女性たちを思い出す。
ついでに寮にいる魔導士たちの嫉妬もすさまじかったと記載しておこう。
「誰? その身の程知らずは」
ダークなオーラを察知し、反射的にフォローに入る。
「いや、すみません。何となくそうかなーとわたしの感想です。
アイヴァー様ってほんっっっとうにモテるのですから」
じと目でランディを見つめるアイヴァー。
「それは僕が言いたいセリフ」
「え?」
「なんでもない」
と言って、突如走り出した。
「あっ、ちょっ!?」
慌ててランディも追いかけた。
アイヴァーがこの店に入った本当の理由をランディは知らない。
注文時に悩んでいる時に席を立った本当の理由も知らない。
ランディが受けた視線はすべてアイヴァーがらみだと思っている。
だがその半分は自分に向けられたものだと知らずに。
そもそもこのカフェを選んだのも
商店街にいた男たちの視線を避けるために女性しかいなかったからだ。
それでもついてくる男がいたので、トイレと偽って始末に行った。
その事実は明るみにはならず、静かに消えていった。




