第56話 デート①
帝都、第三商業区にあるアーケード商店街。
ここはガラス屋根に覆われ、雨の日でも買い物が楽しめる場所だ。
主に庶民向けのカフェや雑貨屋、衣料品店、インテリアショップといった店が建ち並ぶ。
店を見て歩くだけでも飽きがこず、老若男女問わず、多くの人で賑わっていた。
アイヴァーはアーケードの入り口で、壁を背に一人佇んでいた。
銀の短髪に眼鏡を掛けており、服装もその辺を歩いている男性らと何ら変わりはなかった。
いつもより神秘度も抑えられており、格好は周囲に溶け込んでいる。
一見すればただの平民だが、いかんせん、美形度が変わらない。
そんな男が暇そうに立っていれば――
「あの~お一人なんですかぁ~? もし暇でしたらご一緒にご飯でもどうですか~?」
と、うら若き女性から声が掛かるのも仕方がない。
相手の二人組の女性は、本人を前にしてきゃいきゃいと「やだー」「イケメン」と無遠慮に騒いでいた。
アイヴァーは気にも留めず淡々と答える。
「暇じゃない。待ち合わせ中だから」
だが女性らも諦めない。
「もしかしてぇ~男の人ですかぁ~? だったら私達もちょうど二人なんですけどぉ~」
「いや――」
そう言いかけたところで。
「あ~~~ん、服を選ぶのに時間が掛かって遅くなっちゃったぁ~~~! ごめんなさぁ~~~い、ダ~~~リン!」
と、背景に花を咲かせ、軽やかな足取りで近づく者がいた。
ラベンダー色をしたチェック柄のワンピース。
サイドテールにまとめた髪。
瞳はくりっと丸くて可愛らしく、お人形のような顔つき。
均衡のとれたプロポーションはまるで天使の彫像のよう。
誰もが見惚れてしまうほど可憐な美少女がそこにはいた。
だが、そのテンションは二人組の女性達よりも高い。
「ダーリンを待たすなんて、わたしって悪い子っ☆」
彼女はアイヴァーに駆け寄ると、腕をぎゅっと掴み、上目遣いで彼女らを牽制する。
「ハニー、全然待っていないよ」
「ダーリンに会えると思ったら、支度にだいぶ時間がかかっちゃった。ねぇ、怒った?」
「怒ってないよ。僕のために可愛くしてきたんだろう?」
「うん、そうだよ。ね、どうかな、似合う?」
ワンピースの裾をちょんっと摘まむ。
「ハニーは何を着たって似合うよ」
「え~、それって愛がこもってない気がするなぁ~。なんでもいいってどうでもいいと同義語なんだよ~?」
「でもその紫色は僕が指定したでしょ」
「そうだけど……で~もっ! 紫色のコーデってなかなか難しかったんだから、もっとわたしを褒めても罰は当たらないぞ☆」
「君を僕の瞳と同じ色に染めたかっただけだから許して」
「ん~~~それなら許すぅ~~~!」
いちゃこら、いちゃこら。
人目を憚ることなく、いちゃついているカップルにしか見えないが、アイヴァーが無表情なのでシュールすぎる光景が広がる。
美少女の方は冷や汗をかきつつも、つっこまないことにした。
アイヴァーに声をかけた女性達は一体何を見せられているのだろうとの感想を抱き、そそくさとこの場を去って行った。
それを見届けると美少女はスンっと素に戻った。
「早速アイヴァー様の正体がバレたのかとヒヤヒヤしましたので、誰も近づきたくねぇと思う女性を演じてみたのですが、いかがでした?」
彼女の瞳はすでに暗黒面に落ちかけていた。
アイヴァーは肩を震わせ、笑いをかみ殺している。
「上出来。元帥閣下が選ぶ女にはとても見えなかったよ。でも今のはテンション高すぎるから、やっぱりいつものランディに戻ってくれる?」
――それは遡ること昨夜。
遊びに行くと決めた後の話。
「あのアイヴァー様、遊びに行くのはいいとして、やはりわたしが変装する理由がないように思えるのですが?」
アイヴァーの部屋半分を占める衣服の数々。
クローゼットの召喚ならぬ、衣服店を箱状の空間として召喚していた。
ハンガーラックはいくつもあるが、掛けられているのは紫色の服ばかりだ。
しかも濃い紫から薄い紫といったグラデーションで分けれられている。
ジャケット、シャツ、スカート、ズボン、ワンピース、タイツ。
男用女用と、それぞれ服が用意されていた。
「あるよ。恋人設定だもの」
「へー、そうですか」
紫色の服に気を取られ、衝撃発言をスルーしそうになったが、頭が何とか言葉を反芻させ引き止める。
「恋人設定!? いやいやいや、それはおこがましくはありませんか!?!?」
「皇女様の入れ替わりは出来て、僕の恋人役は受けられないってどんな理屈?」
「でしたら友人役はいかがでしょう?」
「僕は仕事をお願いしたんだよ。すでに友人なのにお金払って友人役って変じゃない?」
「でしたら仕事ではなく友人としてお付き合いいたします」
「だめだよ。お忍びで行きたいんだし。宮廷では君は僕の従者扱いになっているんだから君も変装しなくちゃバレる率も高くなるでしょ。それに元帥閣下に恋人がいるはずないというのが世間一般の認識だから、今回の恋人設定は適切」
「そ、それは……」
と、一拍置いて考える。確かにアイヴァーはかなり有名な人物だ。
素性がバレたら街はパニックになってしまう。
恋人設定なら二人の間に入ろうとは思う者もいないだろう。
「そうですね。わかりました、仕事としてお受けします。アイヴァー様」
うなだれながらも頷くランディ。
「となると、アイヴァーって呼ぶしかないね?」
「いいえ、ここは折れませんよ。呼び捨てはなにがなんでも難しいのです」
「じゃあ、庶民向けの場所で“様”付けは目立つから、替わる言葉を見つけておいてね」
「ぅぐぐぐぐぐ……」
ランディは唇を噛みしめながら一晩中、変装して一番似合う衣装を選び、呼び方を考え抜いていた。
――それから今に至る。
「そもそも同じ寮に住んでいるのですから、一緒に出ればあんな目にも遭わなかったのですよ」
「恋人って待ち合わせが定番じゃない」
「そういうもんですかねー」
ふぅとため息をつき、じと目でアイヴァーを見つめた。
「待っているわくわく感が楽しかったよ。君がどんな恰好してくるか想像していたんだけど、いつもと真逆すぎてビックリした。本当に人を驚かせるのは一流だね。世界一可愛いよ」
「こっ……恋人設定と、おっしゃるから……アイヴァー様に、一番相応しいように、考えたんですよ……」
ランディは声を萎ませつつ、顔を真っ赤にしながら、地面にしゃがみたくなる衝動に耐える。
「ふーん、そっか。そこまで覚悟を決めているならいいね」
アイヴァーはランディに手を差し伸べた。
「じゃあランディ、行くよ」
「~~~~はいぃ」
ランディは顔を真っ赤にしながら、おずおずとその手を取った。
こうして二人は商店街の中へと繰り出したのだ。




