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第55話 お誘い

――次の日。


「今、なんと?」


ランディは元帥閣下の部屋のカーテンを開けながら聞き返した。

今日はどこまでも突き抜けるように澄みわたった青空が広がり、外では小鳥のさえずりや人の話し声といった生活音が穏やかに響いていた。


元帥閣下は今や自ら起きるようになったので、おはよう係の役割らしい役割はなく、朝の挨拶をするだけの関係になっている。

寮の家事手伝いがあるので暇は回避しているが、ほぼ何もしていないのにお金を受け取るのは性に合わないと思い始めた頃だった。


「だから遊びに行こうって」


遊びの基準が分からないランディにとって、その言葉は難解であった。


子供の場合はおにごっこやままごと、大人だと酒場で飲み会。

貴族になると舞台鑑賞やボードゲーム、狩りといった事態が想定できる。


どれをとっても元帥閣下がしたいことには思えない。

元帥閣下にとっては“遊び”とは。

それを知るため我々は密林の奥地へと向かった――


「いや、普通に買い物して美味しい物食べて、面白そうな店があれば入るみたいなことがしたいんだけど?」


――意外と普通でしたっ!


謎のショックを受けるランディ。

元帥閣下の生態はおはよう係としても未知に溢れている。

存在自体は希有な人だが、何着も同じ寝間着を持ち、食べ物も好き嫌いがない。

ウインドウショッピングがしたいと言い出したことに親近感を覚えつつ、ランディは口を開いた。


「せっかくのお誘いですがお断りします。それにわたしは遊ぶよりも稼ぎたいのです」

「えー、君があまりお金を使っているイメージは無いんだけど、大きな使い道でもあるの?」


ランディは「いいえ」と首を振る。


「自立するために必要なんです。やりたいことが決まった時、いつでも使えるように」

「そっかーわかった」


ベッドの上にいたアイヴァーの顔が寂しそうに見えた。

せっかくの厚意を無下にして心苦しくなるが、理解して欲しいと眉根を下げた。


「ですが、お誘いいただいたことは嬉し――」

「臨時ボーナス、日当の三倍」


――へっ!?


ランディは硬直した。


「臨時ボーナス、日当の三倍」

「いやいやいや、聞こえなかったわけではなくてですね! なんですか、本当の意味での遊びでは無くお仕事の話だったんですか?」

「遊びに行きたいけど、ランディが稼ぎたいと言うなら仕事の話にするしかないと思って」


ランディは(うめ)いた。

つい先日、友達になるという話をしたばかりだ。

“友達として遊ぶ”なら金銭のやり取りはしたくないし、“仕事として遊ぶ”ならその感覚が思い浮かばない。


「あの、確認なのですがプライベートなのですか? もしかしてお忍びで誰かに出会うとか……」

「ないない」


アイヴァーは手を振った。

完全なプライベートだ。であれば金銭はなおさら受け取れない。


「何を迷うことがあるの? 楽な仕事じゃん」

「……仕事内容は荷物持ちですか? ボディガードですか?」


アイヴァーは眉間に皺を寄せ、ランディをジトッと見つめた。


「そんなのいらないよ。一人で遊ぶのが面白くないから誘うの。仕事内容が欲しいなら僕の華として添うだけでいい」

「でも帝都中がパニックになりませんか?」

「変装するし、君も変装は得意でしょ」


先日のお祝いパーティーでの入れ替わりを指しているのだろう。

それでもランディが詰まっていると、


「……僕って、ほら、こういうなりでしょ? 欲しいものは常に誰かが届けてくれるし、一人じゃ楽しくないから誰かを誘っても恐縮されちゃって、ここ数十年と気軽に出歩いたことが無いんだ……」


ふっと悲しそうに目を伏せた。

こう言ってはなんだが、背景に遊んでもらえない子犬が浮かんだ。

その姿にキュンとしたランディは、顎に手を当てて考え込む。


――そうですね。お金はいつでも稼げます。今はアイヴァー様の気持ちに寄り添いましょう。


すっとアイヴァーを見据え、重かった頭を縦に振った。


「わかりました。今日はお付き合いします」


ちらりと窓の外を眺めると、清々しいほどの快晴だ。

ノーウェリア帝国に来てから、仕事ばかりで散策もしたことが無い。

気分転換もいいだろうと、小さく深呼吸をした。


この時のランディは、アイヴァーの目元がふっと歪んだことに全く気づいていなかった。

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