第54話 お礼
パーティー終了から数日後、ランディは皇女殿下の元を訪れた。
改めてパーティーのお礼がしたいと呼び出されたのだ。
久しぶりに会うシャーロットは、頬もほのかに赤く色づき、唇も薔薇色に染まっていた。
体調が良くなったのは傍目から見ても明らか。
彼女は感激の笑みを浮かべ、ランディを迎え入れた。
「ランディ! 会いたかったわ!」
コバルトグリーンが基調のレースがふんだんにあしらわれたドレス。
陽の光を受けて輝くハニーブロンドをハーフアップにしており、後頭部をリボンで結んでいる。
装いがよりシャーロットの可愛らしさに拍車を掛けていた。
「皇女殿下、もう体調はよろしいのですか?」
「ふふ、大丈夫よ」
スカートの裾を掴み、くるっと身を翻した。それから目を伏せ、苦笑いをする。
「ランディには迷惑をかけたわね」
「気になさらないでください」
「いくら気が弱くなったとはいえ、あんな無茶なお願いをしてしまうなんて……反省しているわ」
「いいえ、出来る仕事として受けたのですから、無茶は承知ですよ」
「そう言ってもらえると、胸のつかえが下りるわ」
シャーロットはランディにソファに座るように促した。
テーブルの上にはティーセットと、一口サイズのマカロンが色とりどりに並んでいる。
侍女が紅茶を注ぐと、柑橘系の香りを伴った湯気が立ち上がった。
その様子を眺めながら、ランディは口を開いた。
「あれから第三皇子殿下との仲はいかがですか?」
「…………お兄様は留学されたわ」
ランディは目をきょとんとさせた。
「そうでしたか。留学前だと準備が大変そうですのに、わざわざお祝いパーティーを開いたんですね。こう言ってはなんですが安心しました。元帥閣下にはプライドを傷つけられた形になりましたから皇女殿下に被害が及ばないか心配だったんです」
「……」
部屋に沈黙が落ちる。
シャーロットが紅茶に口をつけ、気まずそうに視線をさまよわせた。
何か言いにくいことでもあるのだろうか。
ひとまずランディもシャーロットに倣ってカップを手に取った。
「おそらくなのだけど……お父様が入れ替わりの件を把握されたみたいなの」
「!?」
口に含んだ紅茶を吹き出しそうになるが、何とか堪える。
「アイヴァー様が会場にいらっしゃったでしょう? わたくしのために訪れる訳が無いから、妙なことが起きていると探りを入れたみたい。パーティーの翌日には、お兄様に遠い北の異国への留学を命じられたわ」
「そ、そんな展開があったなんて……」
「でもお父様に直接言われた訳ではないの。全てわたくしの憶測。だけどお父様の言動から、兄妹間のいざこざ程度で宮廷を即離れさせるなんて、今までしてこなかったから」
「……では、わたしは皇女殿下の期待には沿えられなかったのですね」
「そうでもないわ。あれからお兄様と一度顔合わせしたのだけど、入れ替わりには気づいた様子も無かったわ。他の兄姉も何も言ってこないし、宮廷にいる皆には、少し騒がしいパーティーが開かれたくらいにしか思われてなかったわ。それにもし入れ替わりの話が表沙汰になったらアイヴァー様が黙っていないでしょうから、お父様も下手にわたくしを呼び出さないのでしょう。お咎めが無いのは逆に怖いのだけど……」
そう言ったシャーロットの表情には、以前に見たような怯えは無かった。
これまで家族から無視されていたと聞いている。
今回の件は父親に何の感情でもいいから向けられたかったように見える。
憂いとほんの少しの不満が滲んだ物言いは、やや子供っぽさがあり、ランディは思わずくすりと笑ってしまった。
「皇女殿下も逞しくなりましたね」
「ふふ、そうでしょ?」
と、シャーロットはいたずらっぽく口角を上げ、それから「見て」と人差し指をピッと立てた。
「光よ、我が手元を照らせ“ジェントルライト”」
するとシャーロットの指先から小さな魔法陣が現れ、白い光の球を生み出した。
暗所を明るく照らす初級魔法だ。
「おおお!」
ランディは両手を叩いて、感嘆の声を上げた。
「最近は中級魔法の訓練にも入ったわ」
「も、もうですか? かなり早いですね……」
ランディは素直に驚いた。
自身は魔法の才能は無いが、魔力のコントロールには相当な時間がかかるとアイヴァーから聞いていた。
基礎を覚え、魔法という形にするだけでも数年かかるのが普通だ。
それを十数日で確立したとは、さすが皇族と言わざるを得ない。
「わたくしもそう思うわ。でも小さい頃から魔法学の勉強は怠らなかったし、アイヴァー様の魔力も少し流してもらったからかしらね」
「そうですか。それでもシャーロット様の実力には変わりありません。そのうちシャーロット様中心に世界が回りますよ」
「…………あなたって、わたくしの自尊心をくすぐるのがうまいわよね」
シャーロットは赤らんだ頬を両手で押さえた。
今までは「綺麗」や「可愛い」といった容姿ばかりに注目されてきたため、実力や中身を褒められることにシャーロットは慣れていなかったのだ。
ランディとしてはそんな反応をされる程、褒めちぎった覚えが無いので、こてんと首を傾けた。
「でも、本当のことですよ?」
とランディが追撃すると、シャーロットは耐えきれず、話題の転換に出る。
「そ、そうだわ、ランディにプレゼントがあるの」
手渡されたのは髪飾り用のリボンだ。
深紅色で、皇族の紋章も同じ色で刺繍されており、シャーロットの後頭部にも結ばれている。
幅や長さを見ると完全に髪を結ぶための物だ。
ショートヘアのランディでは髪の長さは足りない。
「ふふ、わたくしとおそろいよ」
「わたしはすでに家政婦長経由で報酬をいただきました。ありがたい申し出ですが、これは過剰な頂き物ではないでしょうか」
正確にはまだ受け取ってはおらず、経理に預けっぱなしにしているのだが。
ランディはわたわたと左右に手を振った。
「もうっ! わたくしはあなたに親愛を抱いているのだから気にしないで。名前だってシャーリーって呼んでいいのよ?」
「それはもっと恐れ多いです」
「わかったわ。ならこのリボンを受け取るか、わたくしをシャーリーと呼ぶか選んでくれる?」
シャーロットは愉快そうに提案する。
あってないような選択肢だ。
どちらに転んでも皇女の良いようになっていると困惑しつつも、リボンを受け取ることにした。
シャーロットは少し拗ねるように唇を尖らせ「残念」とごちる。
「でも、私には似合わないですよね?」
ランディはリボンを頭に当て、半眼で問うが、シャーロットはすまし顔でマカロンをつまんだ。
「ランディは可愛いから何も問題も無いわ」
「男に可愛いは禁句ですよ」
「わたくし、可愛いものは好きよ」
「わかりました。褒め言葉として受け取っておきますね」
――どうも口では敵わない気がしますね。
観念して、ひとまずベストの内ポケットの中にリボンをしまう。
今日のシャーロットの言動は、前向きさが読み取れて喜ばしいとランディは密かに感じていた。




