第53話 反省会
「僕、隠しごとは嫌いなんだよねぇ」
「存じ上げております」
元帥閣下の部屋。
ランディはソファの上で正座をしながら耳を傾けていた。
アイヴァーには普通の座り方を求められたが、こうでもしないと落ち着かなかった。
本来は床の上であったのだが、硬くて冷たそうで辛そうに見えるという理由でソファの上に移動させられた。
ソファでの正座は安定しないので非常に困るのだが、この体勢を崩そうとしている魂胆なのかもしれない。
元帥閣下に正座を見せるのは二回目。
アイヴァーはソファの肘掛けにもたれながら、前回と同じ視線をランディに向けている。
「なにあれ」
“なにあれ”とは、お祝いパーティーで代替魔法を使おうとしたことだろうか。
それとも元帥閣下が来たにも関わらず、演技を続けたことだろうか。
もしくは皇女殿下の体調を顧みず、部屋から離れなかったことだろうか。
「なにあれ……と申しますと?」
「君がしようとした全てだよ」
――なんと抽象的な。
語尾にハートがつきそうなほど、甘ったるい声で訊いてくるが、背景に見えるオーラがどす黒い。
心の中でひえぇと叫びながら、目の端に涙が浮かぶ。
「じゃあまず、なんであの場で代替魔法を使おうとしたの?」
「あれはわたしの最善です。成り代わりの大前提は“バレない”ことです。ダンスや招待客の情報収集が手一杯で、不測の事態まで考えが及びませんでした。だから魔力暴走を演出しようとしたのです」
「だからって自爆する?」
「わたしの思慮が足りなかった結果なので、仕方ないかと」
「ランディはもう少し僕に頼ってくれないかな?」
と、ランディの頬を軽くつねった。
そう言われても元帥閣下には瞳の色を変える魔法をかけてもらった。
充分頼っているのだが、アイヴァーはそう思っていないらしい。
「むしろ僕ならもっと面白いことが出来たよ。あの皇子くらいならプライドをずたぼろにも出来たし、なんなら廃嫡させて、国外追放も可能だよ」
「こわいこわいこわい」
「そうだ。今度君が相談しなかったら、僕が勝手に考えて動いてもいいなぁー」
「それはおやめください」
「だったら、これから少しでも危ないことに首を突っ込むのなら仕事でもプライベートでも教えてくれる?」
肯定しか認めない背景に浮かぶどす黒いオーラも後押ししている。
おかしい。なぜ脅迫されているのか。
やましいことは何一つしていないはずだ。なのになぜ悪いことをしたような気になってしまうのだろう。
それに――
「それはご迷惑では?」
心の声が表に出てしまい、口を押えるランディ。
「迷惑?」
その言葉を聞き漏らさないように、元帥は復唱した。
幼い頃から一人で出来ることは一人でこなすよう躾けられてきた。
父親にも質問は考え抜いた最低限のみしか許されなかった。
いちいち手を煩わせてしまうのは迷惑では無いのだろうか。
「君って何でも一人で頑張る癖があるからね。無茶をしないか心配なんだよ。甘えと頼るは似て非なるもの。ま。君の場合はどっちでもいいけど。それでも迷惑をかけてしまうと思うのなら、僕が誰かを思い出して」
――アイヴァー・シグルザンセン。
ノーウェリア帝国の元帥閣下。自身の持つ強大な魔力によって、常人以上に生き永らえている奇跡の人。
「凡人とは違う器だってこと、理解できるよね?」
ランディはふふっと笑った。
「つまりわたしが考える迷惑は、アイヴァー様にとって大したことない話だと言いたいのですね」
「そ。だから君が気に病む必要はないの」
「わかりました」
ランディの返事を聞いて元帥は満足げな表情を浮かべた。
「じゃあ次にあの演技力は何?」
ランディはピタッと動きを止めた。そして苦々しく呻きながら――
「実は言いにくい話なのですが……」
「もしかして闇商売でもしていたの?」
闇商売――いわゆる窃盗や殺人といった犯罪行為を生業とする仕事のことだ。
詐欺やハニートラップを仕掛けるのなら、それなりの演技力が求められる。
「いえいえ、そんな物騒なこと、わたしには無理です。実は前職の職場は物販業が主なんですけど、上客が表立ってお願いできない仕事も時折、請け負っておりまして、その一環で覚えました」
裏稼業を手伝っていたのは十歳前後。
同年代の女性の影武者や貴族子息の同伴役もこなしていた。
これが意外にも需要があるのだ。
ランディの場合は顔も薄く変装しやすかったし、成長期でもあったため、元が誰であったのか正体がバレる可能性もなかった。
アイヴァーは合点がいったとため息まじりに頷いた。
ひと通り説明を終えると、ランディはそう言えばとアイヴァーに向かい、頭を下げる。
「今回の件はアイヴァー様のお力でうまくいきました。ありがとうございます」
それからためらいがちに視線を上げる。
「あの、今更なんですけど……怒りました?」
「いや、ちゃんと話してくれたから別に」
以前、怒らせた時は言葉が足りなかったから。お互いの齟齬が通じず、会ってもくれなかった。
また身動きがとれなくなるような追い詰め方はされたくない。
反省して思いのままを伝えることは、やはり大事だ。
「まあ、今の話は表立って言うものじゃないしね。こんな機会がなきゃ気がつかなかったし」
ランディは、ほっと胸を撫で下ろす。
「あと、僕に秘密にしていることはない?」
思わずビクっと肩を強張らせた。
「え、何かあるの?」
アイヴァーは目をぱちくりさせ、ずずいと迫ってきた。
かなりの至近距離だ。今のは完全に油断した。
「ええっと……あの……」
おそらくまだ危険なことに首を突っ込んでいないのか念を押しているのだろう。
ランディはもじもじと自身の袖を掴みながら口を開いた。
「……………………キジを撃ちに行きたいです」
「――へ?」
ぽくぽくぽくぽく、ちーん。
“キジを撃ちに行く”=“花を摘みに行く”
こうしてランディは元帥の部屋を後にした。
ランディは胸元を掴んだ。心臓がバクバクしている。
何とかごまかせた。
流石に男ではないことは話せない。
そもそも一つ屋根の下で男女が二人きりとなれば周囲からは不健全と言われるだろう。
性別がバレたら解雇だ。
この仕事が長くないのは知っている。だけど今は辞めたくない。
でも。
――もし知られてしまったら、きっと許すことはないのだろう。




