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第51話 お祝いパーティ③

目の前には第三皇子が立っていた。

結界内はランディと第三皇子の二人きりのはずだ。


ではこの手を押さえているのは、一体誰が――


「余興……ねぇ」


その言葉と共に結界が解除される。

ランディの手を掴んでいたのは、元帥閣下であった。


「アイヴァー様!?」


なぜここに、と荒げそうになった言葉は呑み込んだ。

人が多く集まるような場所を好む人ではない。

しかもいつもの寝間着姿ではなく、正装姿であった。


そして元帥閣下はランディの一歩前に足を動かした。


「暴走するかもしれない人間の魔法が余興になるの?」

「せっかく妹のために集まっていただいたのです。魔法の披露くらいさせるべきです」


第三皇子も元帥閣下の登場に驚いてはいるが、すぐに冷静を取り戻していた。


「最近、魔力に目覚めた子の魔法なんか何が面白いの?」


アイヴァーは意見を求めるように周囲に視線を巡らせた。

しんと静まり返る大広間。

アイヴァーに反対をする者はおらず、成り行きを見守っている。


「そんなことより、君と僕が魔法戦でもやった方が盛り上がるでしょ」


そう言って手を横に払うと、新たな結界を生成した。

招待客はどよめきと黄色い歓声を上げる。


「俺が――いえ、私が元帥閣下に敵うはずがありません」

「大丈夫だよ。君、一応、帝国軍に所属しているんでしょ。もしかして名前だけ? 実践経験ない? なんなら手加減してあげようか? どうする?」


あからさまな煽りに、第三皇子は歯を強く食いしばった。


「――そこまでおっしゃっていただけるのなら、お相手願いますか――ねぇっ!」


第三皇子は不敵に笑うと自身の周りに氷柱(つらら)を浮かべた。

その切っ先は元帥に標準を合わせている。


「アイスニードル!」


元帥に向かって高速で氷柱(つらら)を発射した。

だが――


「若いねぇ。でも質問中に攻撃したら危ないでしょ」


アイヴァーは何事もないように氷柱(つらら)を素手で捕らえ、そのまま床に捨てた。


第三皇子はひゅっと息を吸い込むが、負けじと再び氷柱を生み出し、数の勝負に出る。

魔法に魔法で対処されなかったことに憤りを感じたようだ。


アイヴァーは好青年風の爽やかな微笑みを浮かべる。


会場にいる女性陣からは、うっとりとしたため息が漏れる。

その笑みは決して大人の余裕を示しているわけではない。

本当の意味をランディは知っている。これは仲裁に入るしかない。


「――アイヴァー様! この度はわたくしのお祝い(・・・)にわざわざ来てくださりありがとうございます!」


お祝いの単語をわざとらしく強調し、うるうるとした瞳でアイヴァーに近づく。

皇女らしからぬ大声だが、こちらに意識を向けるためには仕方がない。

その瞳の奥には“これ以上騒ぎを大きくするな”との意が込められている。


周囲からは水を差したランディに不満げな声が上がるが、魔法戦をするために設けられた場ではない。

こちらはシャーロットではないと疑われず、パーティーを無事に終わらせたいのだ。

予想外の出来事が次々に起きると、素が出そうになってしまう。


ランディの懇願が聞き届いたのか、


「まあ、お祝いだし、血生臭(ちなまぐさ)い真似はやめた方がいいよね」


と、アイヴァーはあっさり引き、ぱっと結界を解除する。

第三皇子も肩透かしをくらって、口をパクパク動かしているが、言葉になっていない。


それからアイヴァーは会場全体を見渡すと、指を下から上にスライドさせた。


すると地面から光の粒子が浮かび、花火が打ち上がるような直線を描き始め――

景色が一転する。

天井は夜景、床は海の水面に変わっていた。

この会場にいる全員に転移魔法をかけてしまったのだろうか。

――否。

足は濡れていない。よく見ると半透明に建物内の床や壁が透けている。

夜の海に移動したわけではなく、その景色を映しているだけ。


どうやら幻影魔法の一種のようだ。


更にアイヴァーは演奏家達に目を向ける。

視線に気づいた指揮者は楽団員に身体を向け、棒を振った。


軽快な音楽が流れ、わぁっと歓喜に溢れる会場。


「――じゃあ主役にも華を添えようか」


すると光の粒子がランディの身体めがけて螺旋を描くと、着ていたドレスの造形が変わっていた。


「……っ!?」


全体的に淡い紫色を基調としたボリュームたっぷりドレスで、胸元にはスパンコール、後ろには大きな薔薇をモチーフとしたリボンがついている。

これもどういう魔法の応用だろうか。

ランディも会場にいる人々と一緒にはしゃぎたい気持ちに駆られる。


「驚いた? これも幻影魔法の一種だよ。趣向を変えるのも楽しいでしょ」

「はい、とっても――……」


と言いかけて、不自然にならないように自身の顔を軽く叩いた。


――ま、まずい。いつものペースに巻き込まれそうです。


察するにアイヴァーは助けに来てくれたのだ。

味方がいると思っただけで緊張の糸がほぐれそうになる。


――わたしはシャーロット皇女殿下、わたしはシャーロット皇女殿下……っ!


こういう場合、シャーロットがどういう反応を示すかを考える。


「こんな素敵なお召し物をわたくしのために……お心遣い、嬉しく思います」


頬を紅潮させてはにかみ、礼を取る。


そして元帥閣下はひとり蚊帳(かや)(そと)にいる第三皇子に話しかけた。


「ね、君もこういうロマンチックな余興を考えたら?」


完全に場は元帥閣下のものとなっている。

彼はつっかかりたい気持ちを抑えて、わなわなと震えた。

そんな第三皇子を横目で見つつ、小気味よいと感じてしまうのは少し意地が悪いだろうか。


元帥閣下がランディに向かって手を差し出した。


「それじゃあファーストダンス、僕がお相手しても?」

「謹んでお受けいたします」


その手を取り、大広間の真ん中へと歩く。

周囲は二人の醸す空気に甘い息を吐く。


「元帥閣下とシャーロット様って、あんなに仲睦まじかったのね」

「お美しいお二人……お似合いですわね」

「元帥閣下が気にかけているという噂は本当だったのだな」


周囲がそんな感想を抱いているとはつゆ知らず、二人は音楽に合わせダンスを始める。


「アイヴァー様がご参加されるとは驚きました。あまり賑やかな場所は苦手とばかり思っておりましたわ」

「君ねぇ、無茶しすぎじゃ無い? 僕はさ、てっきり招待客を驚かすための企画だと思っていたんだけど、修羅場過ぎてビックリしちゃった」


ランディは返事をせず、こてんと首を傾げただけに(とど)めた。

確かに成り代わりの話はしたが、それに至る経緯は伝えていなかった。


「ヒールに仕込んでいた魔法陣紙、発動させようとしたでしょ」

「何のお話でしょう?」


あくまで素知らぬ風に(よそお)う。


「君のことだから怪我は覚悟していただろうけど、後遺症が残ったら後悔するよ」

「わたくしは元帥閣下からせっかく治していただいた魔力の目覚めを証明したかったのです。このまま疑われてしまうのはアイヴァー様にも失礼かと思いました」

「うーん、なりきられるとやりづらい」


ランディは穏やかな笑みを浮かべるが、内心の冷や汗は止まらない。


――すみませんアイヴァー様。お金を貰っている以上はボロを出せないのです。


これ以上“ランディ”として話しかけられるのはまずい。


神出鬼没な元帥閣下が公に姿を現すことでさえ珍しい。

小声で会話しているとはいえ、興味を持って聞き耳を立ててくる者もいるだろう。

ましてや読唇術の心得がある者がいても困る。


かといってアイヴァーと意思疎通が出来ないのはもっともどかしい。


ランディは元帥閣下の肩に顔をうずめた。

これなら誰にも口元が見られない。


「ね、これはわざと?」


音楽はゆったりとしたワルツに変わった。


「そうですよ。こうしていないと誰かに会話が聞こえてしまいます」

「ああ、よかった。今の君はランディって感じがする。それより君、演技力ありすぎない?」

「元商売人です。嫌な客に当たっても愛想笑いは出来ますよ」

「あの皇子様を客に見立てているの? ウケる」

「それよりも事情は後で説明しますが、今のわたしは皇女殿下なので、そのつもりで接してもらえませんか」

「了解」


その言葉を最後に、ランディは肩口から顔を上げた。

元帥閣下の表情から、どうやら演技に付き合ってもらえるようだ。


「綺麗だね。シャーロット」

「まあ、ありがとうございます。アイヴァー様に褒めていただいて、わたくし、たいへん光栄ですわ」


恥ずかしさを隠すように微笑む姿は、シャーロット皇女そのものであった。

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