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第5話 父との対峙

「やはり、飲み物をいただいてもいいでしょうか」

「そうだな。長話にもなるだろう。私の分も頼む」

「何がいいでしょうか。紅茶それともコーヒー?」

「コーヒーを頼む」

「分かりました。いつもの濃いブラックに砂糖はスプーン二杯でしたよね」

「よく覚えていたね」


二階に下り、簡易台所にあるポットに手を伸ばし、ゆっくりとコーヒーを注ぐ。


“身を固める”つまり“結婚をしろ”


改めて言葉を呑み込むと、胃が石のように重くなった。

いつかは結婚はするだろうとぼんやり考えてはいたが、こんなにも早くそんな話に直面するとは。

何があって、こんな話になっているのか。確実に前々から考えていた話では無いだろう。

仕事に支障が出る話だ。結婚をして欲しいのであれば引き継ぎ体制を整えておくように通告するだろう。


ゆっくり階段を踏みしめながら応接室に戻る。

ケネトにコーヒーを渡し、自身も腰を下ろした。

自身のカップを両手で支えながら、言葉を探す。


「父さん、わたしは恋人どころか好きな人もおりません。だから今すぐの結婚は無理です」

「憂いには及ばない。お前の結婚相手はもう決っている」


一瞬、何を言っているのか分からず呆然としていると、父親はテーブルに置かれた書類を広げた。

肖像画に描かれていたのは糸目の細長い体形、二十代半ばといった顔つきの男だ。

見るからにカラフルで装飾を豊富につけている。

流行の服のようだが本人には似合っていない。


「率直に言おう。昨日、お前と隣国フィンデクス王国のキッテルセン伯爵子息との婚約が決まった」

「なっ……!」


ランディは思わず立ち上がった。


「どういうことですか、こんな急に。しかも貴族? わたしは挨拶どころか顔も見たこともありません。相手方はなんと? わたしのようなマナーも教養も無い女に満足されるはずが――」

「問題ない」


ランディの訴えは遮られた。完全に本人の意見はどうでもいいようだ。


「……本当ですか?」


疑心の視線を向ける。

ただでさえ身分は釣り合っていない。

美しい顔でもないし、豊満な体つきもしておらず未だに少年と間違われている。

男色家に受け取られる可能性だってある。世間体も悪いだろう。


ランディの思考を読み取った父親は言葉を続けた。


「スバエ商会にとってこの結婚は隣国進出への足がかりとなる。言っている意味は分かるね?」


――なるほど。


“政略結婚”の文字がちらつくが納得は出来ない。

黙っていると、ケネトは眉間にしわを寄せた。


「今更、恋仲の男がいるとでも言うか?」

「いえ……」

「なら決まりだ」

「決まりって……わたしの気持ちは無視ですか」

「何を言う。仕事にしか興味がないくせに気持ちとは何だ。お前にとっても悪い話では無いだろう。黙っていても食事が用意され、美しい服も着られて、雑用は使用人に任せられる。今度は傅かれる側になるのだよ」


甘美な提案とも言いたげだが、ランディの心には刺さらない。


「待遇ではなくわたしがその方を好きになれるかどうか、の話です」

「結婚はな、恋愛感情なくても出来るものだぞ。相手もお前の夜伽は求めていない。逆に互いに愛人を作ることも許されている。一つ屋根の下にいるだけでいいのだ」


つまり形だけでいい、妥協しろ。

実際問題、平民が嫁いできて愛人が作れるわけがないし、作ろうとも思わない。

そして今までの生活スタイルががらりと変わることへの抵抗。

身分が高くなることに何の魅力も感じないし、いつか誰かに恋愛という感情だって抱いてみたい。


意地でも「はい」とは言いたくなかった。


「……結婚したら、その、仕事は……」

「伯爵夫人としての仕事があるだろう。お前は要領もいい。礼儀作法などすぐに覚えられる」

「拒否権はないのですか?」

「拒否したい理由は?」

「わ、わたしが来なければ、巡回先の方達が生活に困ってしまいます」

「お前の代わりならいくらでもいるがこの結婚(しごと)はお前にしか出来ない。しばらく後任はジョシュアに任せる。お前の誕生日が来るまでに引き継ぎは終われるだろう?」


だんだんと父親の言葉が冷めていく。

家のため、形だけ、恋人はいない、愛人を作ってもいい、一緒の屋敷にいるだけ。

そのことを建前にされると断る理由がないように思える。

自身に拒否権が無いのも同然。ケネトの表情も“煩わせるな”とも曇っている。


「何を悩む必要がある? お前には辺境地くらいしか任せられなかったんだ。だいぶ出世したとは思わないのか」


ランディの思考が完全に停止する。


「他に意見があるなら聞こう。この結婚以上のメリットを」


“嫌だ”という感情が渦巻きすぎて、ケネトを納得させるほどの言葉が浮かばない。


「そうだ。ないだろう。お前には中身がない。相手方と会うまでの間、この結婚以上の利益が提案できればお前の意見を聞いてやるがな。……おっと、恋がしたいなど生ぬるいことは言うなよ」


ランディに反論する余地は無かった。

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