第47話 戦闘準備
お祝いパーティ前日の夜、部屋では軽快な音楽が流れていた。
ランディは貴賓客のプロフィールが記載された本を片手に、ビスチェとフレアパンツの姿でステップを踏んでいた。
姿絵、名前、家族構成、領地経営状態といった様々な情報を最終確認している。
シャーロットは皇女なので、基本的には貴賓客の方から名乗ってくるだろうが、失礼な態度を取らない為に知識は覚えておきたい。
あれからシャーロットの体調は思った以上に回復していなかった。
シャーロットは仕事としてランディに成り代わりを依頼した。
ランディは覚悟を決めて、本腰を入れる。
「ランディ、ステップうまいね」
ここは元帥閣下の部屋だった。
アイヴァーはランディが持ち込んだ資料に目を通していた。
ランディの部屋は小さく、ダンスの練習には向かない。
そのため元帥閣下に協力してもらったのだ。
余計なものは置かないだだっ広い部屋は防音魔法も掛かっている上、隠れ蓑にもなる。
「ありがとうございます。さすがに相手役の足を踏むわけにはいきませんからね」
「君って、何でも出来すぎやしない? 代替魔法も使えるし、料理もお化粧も出来るし」
「そんなことないですよ。元商売人ですから物を売る時、最低限扱えないと話になりませんからね。使用方法の説明程度にかじっているだけで、少し出来る程度です」
「ふーん、じゃあ今のダンスは? 売り物じゃないでしょ」
――裏稼業で貴族の身代わりをした時にたたき込まれましたー
とは口に出せない。
「……ド、ドレスを売る時に……その機能性を見てもらうために覚えました」
これも間違いでは無い。
ランディの返答は切れが悪かったが、不審がられず、逆にアイヴァーは何かを思いついたように手のひらをぽんと叩いた。
「そうだ。ねえねえ、ドレスは何を着るの? 僕は菫色のドレスが一番似合うと思うんだけどなー」
そう言ってぽんぽんと虚空からドレスを降らせた。
話題の転換にランディはほっと息をついた。
最近分かったこと。
寝起きの閣下は割とおっとりしているが、根はとても面白いことが好きなのだ。
今回の件もほぼ「面白そう」の一言で協力してもらっている。
「せっかくのお申し出ですが、すでにドレスは侍女さんが用意してくださっています。やはり主役の皇女殿下は誰よりも可憐なドレスを着る必要がありますからね。こればかりは私の趣向とは真逆ですね」
「えー残念。君ってさ、平民って言っている割には貴族社会のこと分かっているよね。ドレスも良く間に合ったね」
「採寸は胸以外ほぼ同じでしたので……」
ランディの心中は謎の複雑さで溢れる。
「ふーん、っていうか胸はどうなっているの? 谷間が出来ているけど」
「ああ、前職で扱っていたハイネックの女装用タンクトップを使用しています」
ランディは襟元を引っ張る。一見、首の皮を伸ばしているように見えるが実際はインナー服だ。
身体にピッタリとフィットする天然ゴム素材のタンクトップに胸パッドがついている。
肌と同じ色のハイネックで、服と肌の境目をチョーカーで隠せば、多少胸元が目立ったドレスでもごまかしが利く。
スバエ商会が演劇役者向けに女装するための道具として売っていた品物である。
女なのに女装とはこれいかに。
「でもさぁ、何で君がシャーロットの身代わりなんてするの?」
「……共感したから、ですかね」
これまで色んな人達に劣等と罵られてきた。
だから自分を守るために引きこもるしかなかったシャーロット。
ランディの場合は平民だからこそ自由に逃げられたが、王族ではそうは出来ない。
少しだけ、手助けになればと思ったのだ。
音楽が終わり一息つくと、ランディはアイヴァーの座るソファに向かった。
「では、アイヴァー様、よろしくお願いします」
と、頭を下げる。
元帥の魔法で瞳を青色に変えてもらうためだ。
髪の色はカツラでどうにかなるが、目の色は変えられない。
本来はシャーロットに協力してもらう予定だったが、成り代わりの計画についてアイヴァーにも説明したところ、自分が対応すると言い出した。
彼の手がランディの目を覆うと、何かの呪文を呟き、そっと手を離す。
「もって一日、でいいのかな?」
鏡で自分の顔を確認する。
瞳の色は確かに茶褐色から青色になっていた。
ただ色が変わっただけなのに、まるで自分では無いようだ。
「充分です。ありがとうございます。あの……このお代はいかほどでしょうか?」
「僕とランディの仲なんだから別にいいよ」
と、手を左右に振る。
「そういう訳には参りません。わたしは仕事で皇女殿下になりきるのです。元帥閣下もお仕事のつもりで引き受けてください」
「そういうもの?」
「はい」
線引きが細かいと面倒そうな顔をしつつ、アイヴァーは少し思案する。
「んー、やっぱり僕はあんまりお金の類いに興味がないんだけど」
元帥という立場上、お金は腐るほど持っているが反比例して物欲が無いため、特に欲しいものは思いつかないようだ。
「では他に代わるものを考えておいてください」
「わかった。思いついたら申告する」
「はい、よろしくお願いします」
とってつけたような返事から、ランディは小さく肩をすくめる。
これはずっと言いそうにない。しばらく何も無ければ、代わりのものは自分で考えようとランディは決めたのであった。
「あと一つ、アドバイスね」
アイヴァーは人差し指を立てた。
「君は何でも一人でやりすぎる。これから皇族になりきるなら誰でも顎で使うくらいの気概を見せないと、庶民くさいからね」
「!」
そう言われて、ハッとするランディ。
夜が明ければお祝いパーティの日となる。今からでも徐々に思考を切り替えていかなくてはならない。
「……――さすがアイヴァー様ですね。肝に銘じます」
ランディは感嘆の声を上げる。
「でもさ、皇女様役なんて、不安じゃないの?」
「まあ……不安がない訳ではないのですが、仕事だと思えば割り切れます」
「そう簡単にできるもの?」
「わたし、仕事モードだと私情のシャットダウンを行うのですよ。だからアイヴァー様のおはよう係も務まって、ガンガン攻撃もしているという訳です」
アイヴァーは珍しくぷっと吹き出した後――
「……――綺麗だね。シャーロット」
と話しかけた。
ランディは目をぱちくりした後、もじもじとして俯く。
そして朱色に染まった頬を隠すように両手を顔に添えた。
「まあ、ありがとうございます。アイヴァー様に褒めていただいて、わたくし、たいへん光栄ですわ」
照れたように微笑む表情は初々しい少女そのもの。
だが当のアイヴァーは眉をひそめ、身体を引いた。
「うわ、なにそれ。声そっくりなんだけど」
「一応、皇女様の成り代わりについては勝算もありましたので請け負うと決めました」
「仕草とか喋り方とか、似すぎててすごい。すごい気持ち悪い」
「正直な感想は助かりますが、も、もう少しオブラートを包んでもらえませんか」
内心傷つきながらも、アイヴァーの反応に確かな手応えを覚えた。
窓を覆っていたカーテンの隙間から薄暗い光がこぼれる。
そろそろ夜明けも近いようだ。
「じゃあ、僕はもう眠るけど……大丈夫?」
「はい。ご協力いただきありがとうございました。これ以上はご迷惑をかけたくはありませんので気になさらないでください」
「んー、君がそう言うならいいけど、無理はしないでね」
「わかりました。こんな時間までお邪魔してすみませんでした」
「いいよ。終わったら結果を教えて」
ふあぁとあくびをする元帥閣下。
ランディはぺこっと頭を下げて、部屋から出て行った。
――どこまで欺けるだろうか。
この夜が明ければランディの戦いが始まるのだ。




