第46話 お見舞い②
ノックする音がしたかと思えば、バンッ――と扉が乱暴に開いた。
部屋の中にいた全員が、その音にビクッと肩を震わせた。
「お前、まーだひよってんのか」
シャーロットの返事を待たずに扉を蹴り開けた人物。
現れたのは彼女と同じ髪色、瞳の色の貴公子然とした風采。
コートには多色の絹糸を用いて華やかな織り柄が施されている。
容姿、衣装、態度から察するに――
「お、お兄様……」
今回のパーティーを開こうとしている中心人物、ノーウェリア帝国、第三皇子であった。
「皇族ともあろう者が魔力に目覚めたくらいでまだ寝付いているとはな。本来なら遅くとも五歳で才に目覚めるというのに、とんだ恥さらしめ。せっかく俺が主催するんだ。その時までせめて人様に見せられる姿にしとけよ」
上からの目線、人の心を顧みない言葉。
公爵令嬢の件といい、魔法が使えないだけでこうも見下されるのか。
誰の目から見てもシャーロットはふらついているのに、平気でプレッシャーをかけてくる。
ふと自身の過去がフラッシュバックした。
“お前には中身がないのに何を悩む必要がある?”
かつての父親の言葉が頭の中で反芻する。
ランディは手をぐっと握りしめる。
「皇子殿下。お話の途中、申し訳ありませんが、発言をしてもよろしいでしょうか」
「なんだ、お前」
「わたしはランディと申します。皇女殿下は見ての通り、体調が芳しくありません。それにまだ魔力制御も出来ない状態です。身内だけのパーティーだとおっしゃるのなら、せめて回復を待ってからではいけないのでしょうか」
「そんな訳にはもういかなくなっているんだよ。初めは身内だけにしようと思ったが、俺の大事な末妹だ。あらゆる友人に声をかけて盛大に祝おうと気が変わってな。すでに招待状も発送している。延期も中止もするわけにはいかないのさ」
あらゆる友人――爵位の高い貴族達を呼びつけたのだろう。
基本的に貴族はほとんどが魔力持ちだ。
まだ魔力制御どころか魔法も扱えないシャーロットを見て何を思うか。
結果は火を見るより明らかだ。
シャーロットは言葉も出ない様子で小刻みに身体を震わせている。
「もうすでに準備は始まっている。はっきり言うが、皇族たるもの、一個人の事情が通じない場合もある。今まで無能力で価値のない末子だったからこそ公務を免除されてきたんだ。この機会にその甘えた性根を叩き直してこいよ」
「お言葉ですがこれは公務ではありません。主役が万全ではないのに押し通す理由がまるで――」
「ウィンドショット」
瞬間、第三皇子の手から風の矢が発現し、ランディに襲いかかった。
「――くっ!」
ランディは体勢を崩し、床に倒れ込んだ。
「部外者が口を挟むなよ。俺達兄妹の話だぞ。なぁ、シャーロット?」
ランディに向けられた底冷えのする声色は、次に妹へと向けられた。
「で、お前も延期するべきだと言う気か?」
シャーロットは目を彷徨わせる。その迷いは決して後ろ向きのものではなかった。
ランディの姿勢に感化され、意を決して口を開こうとするが――
「せっかく俺が公務で忙しい“お父様”と顔を合わせるチャンスを与えたのにな」
その言葉にシャーロットは固まった。
妹の沈黙に満足した第三皇子は鼻で笑いながら、口角を歪めた。
「ま、お前にとっちゃ出るも地獄、出ないも地獄ってか」
そう皮肉げに笑い捨てると、くるっと身を翻し、部屋を後にした。
静まりかえった部屋。
本来であれば、嵐が過ぎ去った後は青空が広がるはずだ。
しかし場は淀んだ空気が流れ、シャーロットはずっと放心している。
第三皇子のセリフがシャーロットの心を曇らせてしまったようだ。
“――せっかくお父様に認められる機会だったのに”
ランディの場合は父に最後まで認められることは無かった。
だから家を離れた。
しかしシャーロットは違う。可憐で心根の優しい少女だ。
魔法が使えないだけで価値がないという謂れはない。
どこか自分と似た境遇を覚え、唇を強く噛む。
無言が続く時間の中で、先に口を開いたのはランディだった。
「皇女殿下、頑張って身体を治しましょう。わたしも何か体調の回復が出来る方法や食事などがあるか調べてみます。皇女殿下のためのお祝いパーティーというなら、やはり主役が出るべきです」
「……そう……そう、よね」
シャーロットは呆然とした調子でランディに目線を向けた。
てっきり見限られ、困惑の表情を浮かべているかと思ったが、違った。
扉をさも不快そうに睨み付けていた。
「ですが『出るも地獄』ってわざわざご忠告いただくあたり、まるでお祝いパーティーではないかのようですね。であれば、わざわざ皇女殿下が出る意味もありませんよね」
それからシャーロットに向かって、ランディは柔和に微笑んだ。
「――もし当日までに万全でないとおっしゃるのなら、その時は引き受けます」
「え……?」
ランディの放ったセリフの意味が分からず、頭が混乱する。
だが続きの言葉でようやく理解をした。
「――皇女殿下の代役を」
ランディの鋭く光る鳶色の瞳は、まるでこれから敵に宣戦布告するかのような勇ましさがあった。




