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第43話 第四皇女の私室にて②

「え……?」


シャーロットはパチパチと目を瞬かせた。


「……魔力素質が無いって言われているんだっけ。そんなことないよ。生まれつき魔力路が塞がっているだけ。二色眼がその証拠」


さらりと口にした言葉に一同は目を見開いた。


「僕がその淀みを治してみようか? 魔力が使えるようになるかも」


魔法大国の第四皇女として魔法が使えないことは致命的であった。

世の中には魔法陣紙と魔石を使うという代替魔法も存在しているが、皇族が使うのは恥じるべき案件。

出来損ないとなじられてきたシャーロットは、魔力素質がない事実は生まれつきで仕方ないことだと、自らを説得していたので“治せる”という発想はなかった。


「本当ですか!?」


シャーロットの声がうわずった。

魔法が扱えないだけで、父にも母にも目をかけられない。異母兄姉には疎まれる。周囲からも見下される。

願ってもいない提案であった。


「でもいいの? 確かに自力で魔法が使えないのは不便だけど、君のその二色眼の方が、魔法が使える人間より希少価値が高いんだよ。その瞳の持ち主ってだけで欲しがる人間はたくさんいる。魔力路が塞がっている現象自体が珍しいからね。それに君は見た目もいい。結婚相手に求める条件に外見重視の人間はごまんといるから、その容姿はある意味、切り札だよ」


「わたくしは見た目だけの存在でいたくはありません! お飾りなんて嫌です。わたくしも魔法が使えるようになりたい……っ!」


藁にもすがるような悲痛な願い。

両手を組みソファから立ち上がる。瞳からは涙が溢れていた。


アイヴァーは慈悲深く尋ねた。


「魔力路を正常化させるのはかなり痛いよ。それに毎日魔法を覚えるのは大変かも。朝も夜も学ぶことがいっぱいだよ。頑張れる?」


魔力が目覚めるには遅すぎる年齢だ。

皇女としての仕事や勉学もある。一から覚えることも多いのだと暗に伝える。

それでもシャーロットは嗚咽を耐え、力強く頷いた。


「じゃ、試してみよっか」


アイヴァーはシャーロットをソファに座らせ、額に指をあてた。

すると大きな雷が落ちたようなドンという衝撃音が響いた。

同時にシャーロットの身体が大きく跳ねる。

一瞬、背後から攻撃を受けたのかと思えるほどだ。


「ごめんね。結構無理に僕の魔力を流しているから負担が大きいかな?」

「い……いえ。続け……てくだ……さい……」


痙攣と呼んだほうがいいくらいに激しく震える全身。

胸を押さえ、荒い呼吸を繰り返す。

彼女は痛みを食いしばっているようだ。


「元帥閣下。お、お医者様は必要ですか?」


苦しそうなシャーロットを見て、侍女が問いかける。


「魔力路を塞いでいた壁を無理矢理壊しただけ。医者は何も出来ないよ。彼女が耐えきるのを待つだけ」


ゆっくりと顔を上げたシャーロットの瞳は両方とも青に変わっていた。


「落ち着いた?」


シャーロットは唇を動かすが声にならず、頭を縦にわずかに振るだけで精一杯のようだ。


「じゃあ、次は両手を貸して」


シャーロットが手を差し出すと、アイヴァーは彼女の目線まで腰を下ろした。

二人は見つめ合う。


「君の主属性は光……か」


そう言うと、次にアイヴァーは自身の腕に人差し指を当て、引く動作をした。

するとなぞった後から、血がだらりと垂れた。


「……っ!? アイヴァー様、早く手当てを……!」


シャーロットはうろたえて手を引こうとする。


「そうだね。でも君ならもう出来るよね?」

「――え?」

「僕がコントロールするから、そのまま力を出してみて」

「どうすれば……」

「まずは目を閉じて。僕が治るようにイメージをして」


時間にして数分後。


重なり合った手が淡く光ると足元に魔法陣が浮かんだ。

しゃぼん玉のような動きで光がアイヴァーを包むと、腕に刻まれた傷はみるみると消えていった。

なんとも幻想的な光景だ。


「上出来。傷跡も無いね」


アイヴァーは自身の腕を眺める。


「う……嘘……これが、わたくしの……力……?」

「そうだよ。おめでとう」

「あ……ありがとうございます」


シャーロットは自分の両手を見ながら感動で震えている。


「これなら特訓すれば初歩魔法は使えそうだね。これから魔法の勉強が忙しいよ?」

「はい……精進、します……っ」


ほんのりと頬を染めて、はにかんだ笑みを浮かべた。

表情はどこか晴れ晴れとしていて、潤んだ瞳には強い光が灯っていた。

その様子を侍女や近衛兵も優しい眼差しで見守っていた。

ランディももらい泣きをしそうになり、何度も目を拭った。






それから皇女の身体の負担を(おもんばか)って、二人は部屋を出た。


廊下を歩きながら、アイヴァーはランディに視線を向ける。

表情は宮廷を訪れた時と変わらずであった。


「ランディ、しばらく、皇女様の呼び出しが無くなると思うけど寂しい?」


隣からの声にきょとんとするが、一瞬おいて「ああ」という表情を浮かべた。


「そうですね。皇女殿下とのお話は楽しかったですし、珍しいお菓子もいただきました。でも魔法が使えないことに負い目を感じてましたから、これでいいのだと思います」

「お茶会くらいなら僕の部屋でも出来るよ」

「もしかして慰めてくださっているんですか。ありがとうございます」


ランディは首を少し傾け、(うれ)いのない笑みを浮かべる。

おそらくシャーロットから呼び出される機会どころか、忘れ去られるかもしれないと危惧しているのだろう。

その心根をありがたく思う。


「でも、魔力を使えるようにできるって……さすがアイヴァー様ですね」

「惚れた?」


まさかの冗談にランディは「ふふっ」と声を漏らす。


「まあ、尊敬はしましたよ」


その言葉にアイヴァーはゆっくりと頬を緩めた。

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