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第42話 第四皇女の私室にて①

「ララララ、ランディ! 聞いてませんことよ!」


ノーウェリア帝国、第四皇女シャーロットの私室。

部屋のど真ん中に鎮座する輝かしい者に、一同は驚きを隠せないでいた。


シャーロット皇女はランディの腕を引っ張り部屋の隅へと連れて行く。

焦り半分、嬉しさ半分といった具合に、手足をせわしく動かす。

ランディもどう説明していいのか分からず苦々しく笑った。


シャーロット付きの侍女や近衛兵は、頬を真っ赤にして一点を凝視している。

皆の注目を集めるその人は――


「うぇぇぇえ~~~い」


手首を曲げて指を広げたポーズを取る元帥閣下であった。

アイヴァーなりに親しみやすさをアピールしていたが、無表情がとてもシュールだ。

そんなとんでもないバトントスに周囲は困惑した。


ノリにはノリを返すべきか。

いやいや軽率な態度は取れないという意識が葛藤し、使用人らは中途半端に「う、うぇーい……?」と返した。


「あれ、ノリ悪いね」


アイヴァーの抑揚のない口調に使用人らの肩はビクッと震える。

逆鱗に触れただろうか。

無理矢理にでもテンションを上げて、元帥閣下の気持ちに添うべきだったか。

表情や口調では判断出来ず、彼らは額から大量の汗をだらだらと流している。


まるで逃げ場のない小動物と追い詰めていく狼を見ているようだ。


「落ち着いてください。元帥閣下であるお立場なのですから、初対面でノリをノリで返せる程、皆様のメンタルは強くありません」


ランディはシャーロットの肩越しからひょこっと顔を出し、フォローを入れた。

アイヴァーへというよりは、使用人達に向けてである。


「そういうもの?」


アイヴァーは首を傾げ、皆に意見を求める。


「はいぃっっ!!」


ランディ達の会話は耳に入らず、テンパっているようだ。


アイヴァーとプライベートの場では初の顔合わせとなるシャーロットや侍女らも目をぐるぐるさせている。


ランディと皇女は部屋の隅にいるものの、緊張からシャーロットの声はなかなかに大きかった。


「わたくしの部屋でよかったのかしら!?!? どこか応接間を……いえ、狭すぎるわ。大広間がいいわね!!」

「皇女殿下もどうか落ち着いてください。舞踏会でも開くおつもりですか?」

「だってあの元帥閣下が来てくださっているのよ!? どんなおもてなしをしたら良いのかしら!?」


シャーロットはランディの腕をがしっと掴む。


「そんなに厳格な方ではないので、わたしと同じで……いえ、それでは面目が立ちませんね。えーと……」


流石に同じでは失礼に当たる。

かといってランディは何かを指示する立場ではない。


「厳かにしなくていい。普通のアフタヌーンティーにしよう」


いつの間にか元帥閣下がランディの肩を掴み、シャーロットを見つめる。

目線が合ったシャーロットの頭からぼっと湯気が出た。


アイヴァーがソファに腰掛けると、ランディは自然とその後ろに立った。


「何をしているの。君はこっち」


その言葉にぽかんとしていると、元帥閣下は続けて、ポンポンとソファを叩いた。

“座って”誰の目からもそう言っているように見える。


――アイヴァー様……わたしを従者として連れている設定を忘れたのでしょうか。


流石に同等の位置にいるのは度胸、もといおこがましいにも程がある。


「皇女殿下とアイヴァー様がいらっしゃる場です。同じ席には座れません」


至極まっとうな一般常識を語った――はずだった。


「ランディの用事に僕はただついてきただけだから、君が座らないのはおかしいでしょう」


そう言いながら未だにポンポンとソファを叩いている。

アイヴァーの立ち位置なら当たり前のことを言っているつもりだろう。

未だに渋るランディにアイヴァーはしびれを切らす。


「じゃあ君に爵位をあげれば解決する?」


――またとんでもないことをサクッと言ってくれますね。


笑みを貼り付けたままランディは固まった。

爵位などそれこそ皇帝陛下しか授けることができない。

国に貢献もしていなければ功績も挙げてもいない。

無意味にもらってしまっても貴族どころか平民にだって批判を浴びる。

しかしこのままでは状況は進まない。どうしらいいのかと考えあぐねていると、


「わかったわかった。今すぐマティアスを呼んで、君に爵位をつけるように言ってくるね」


と、笑って立ち上がった。なぜか鼻歌付きだ。

この元帥閣下ならやりかねない行動にランディは必死で止めに入る。


「それはご勘弁を!!」


悲鳴に似た叫びであった。

ランディは素早く周りに向かってお辞儀をし、アイヴァーの隣にしゅっと座る。

意固地に断り続けていたら、十中八九、皇帝陛下を呼びつけていただろう。

最近分かったことだが、元帥閣下は怒ると爽やかに笑うのだ。


シャーロットも向かいのソファに腰掛けると、使用人達はテキパキとティーセットを運んでくる。

注がれた紅茶から花の甘い香りが部屋中を包んだ。

アイヴァーがカップに口を付け、


「君たちはずいぶん仲がいいみたいだけど友人なの?」


と、にこやかに質問をした。


ランディがすぐ隣に座らなかったことに、まだ腹を立てているのだろうか。

この笑顔に騙される人は多そうだ。

現に今、使用人の女性達どころか近衛兵でさえ、アイヴァーを潤んだ瞳で見つめている。

普段が無表情なだけに、滅多に見せない笑顔を向けられてしまうと照れない人間の方が少ないだろう。


「わたくしは……そのつもりでいたいのですけれど……」


シャーロットは頬に手を当て、ちらりとランディを見つめる。

その視線を外し、ランディもティーカップに手をつける。


「お気持ちはありがたいのですがわたしはこれでも男ですし平民です。妙な噂が立てば皇女殿下の尊厳が危うくなります」

「淋しいこと言うわね。ランディ」

「心優しい皇女殿下の不安の種にはなりたくないのです。どうぞご容赦ください」


ぷくっと頬を膨らませるシャーロット。

鈴を転がすような可愛らしい声が周囲を魅了する。どんな我儘でさえ叶えてしまいたいくらいに。


「ふぅーん。君たちは友人の域にもなってないの」


その言葉は純粋なのか煽りなのか。アイヴァーの顔はいつも通りの無表情に戻っているため、真意が読み取れず謎のヒヤヒヤ感がある。


「え、じゃあなんでランディは君に呼ばれているの?」

「……わ、わたくしがランディと仲良くなりたいからですわ」

「なんで? 君のような可憐なお姫様なら友人には困らないんじゃない。ランディにこだわっている理由は何?」

「わ、わたくし……」


責められている気になっているのか俯くシャーロット。

憧れの元帥閣下からそんな言葉をかけられてランディは悲しく思った。


「わたしが宮廷に来た際に、えー、困ったことがありまして助けてもらいました。それを気にかけていらっしゃるのでしょう」

「困ったこと? なにそれ、聞いていないんだけど」


アイヴァーが半眼で睨んでくる。


「大したことではありませんでしたので」

「ランディ、少し冷たくない?」

「失礼しました。自分で解決できることなら解決しろと日頃から教えられてきましたし、何よりアイヴァー様のお手を煩わせるのも不本意でしたので」

「甘え下手だねぇ」


ソファのひじ掛けに頬杖をつきながら息を吐いた。

それで終わったかに見えたが、突然にシャーロットが爆弾を落とす。


「カミラですわ。カミラがランディを平民だと罵っておりました……っ」


シャーロットは両手を握りしめる。


「こ、皇女殿下」


気持ちはありがたいが、やり返したいというよりは関わりたくない思いが強い。

だから詳細を何とか()らしていたのに。

アイヴァーはシャーロットが口にした名前をブツブツと呟く。


「ああ、あのド派手なドレスの子かぁ」


最近の出来事を思い出す。

恐らく彼女は二度と元帥閣下の前には現れないだろう。


「つまりランディと自分の境遇が似ているから仲良くなりたいわけだ。ああ、これがランディの言っていた“共通点”か」


アイヴァーは腕を組んだ。

そして向かいに座るシャーロットを紫紺色の瞳が見据え、口を開く。


「そういえば君の目って片方が薄いよね……」

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