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第41話 夜更かし②

「君は何のために生きるか決めてる?」

「生きる意味を持っているか……ですか」

「そう、何のために生きるか、未来のために生きるのか」


どちらかというと今だ。行き当たりばったりの今を生きている。

政略結婚が嫌で家を飛び出した。

自立しようと決めたものの、やりたいことが見つからない自分が何をするべきか、まだ未来が想像できない。

でも父が語ったような考え無しな自分ではありたくない。


「僕はね。昔はそれなりに功績も残したし、モテたし、お金も稼いだ。欲しいものはいつでも手に入ると思うと物欲もなくなった。僕のつく些細な嘘も冗談も皆、本当だと信じ込んでつまらない。元帥閣下なんて言われているけど、平和な日常に僕の役目なんて無い。介入したいとも思わない。だけど、ここまで生きてきた。後は死ぬことくらいかな。やったことがないのって」


――だから永遠に寝てしまいたい。

そう言っているように聞こえる。


やりたいことをやり尽くした。だから何もしたいことがない。

何をしたらいいのか分からない。

それは違う感情に見えるが、立っている場所は同じな気がした。


「よく分かる気がします」


つい思考が口から漏れる。


「何言っているの。君なら勉強したいとか恋愛したいとか職業は何に就きたいとか、あるはずでしょ」


アイヴァーは同情を向けられたと思い、怪訝めいた視線を送る。

ランディは苦笑した。

彼にしてみれば、前途あるランディが同じ気持ちでいるはずがない。

生意気に思っただろうか。ランディよりも歳を重ねた大人と“同じ”とのたまっているのだ。


「わたしには特別好きな物がありません。以前は行商に出てばかりで、仕事をこなすことしか考えてませんでした。だから今、やりたいことがわからないんです――だから“同じ”だと思ったんです」


その言葉にアイヴァーは大きく目を(みは)った。


「正直、アイヴァー様と友人なんてなれるはずないと思ってました。立場、容姿、年齢、国籍……アイヴァー様と友人になり得る要素などどこにもないと一線を引いて考えてました。だけど、やりたいことがわからないという心情は理解できます。こういう共通点って友達要素ですよね」


「……そう、かな」


か細い声。戸惑っているのだろうか。ランディは一歩前に近づく。


「だから、おこがまし――いえ、どうせならわたしと一緒に見つけませんか。やりたいこと」


友人として一歩踏み込む。


「ついでに言ってしまいますが、もし雇用主がアイヴァー様に替わるのでしたら、公私は分けますからね。金銭を受け取っている案件なので、おはよう係の時は今までと同等に扱ってください。あとプライベートの時は生意気を言いますが、許してくださいね」


アイヴァーに向かって明るく笑って、頭を下げる。


「その、改めてよろしくお願いします」


アイヴァーも頷く。

自分の手は少し汗ばんでいた。

ランディは友人になれただろうか。内心は不安と緊張があった。


花が綻ぶような笑みを見て、照れくさくなったけれど、伝えて良かったと心の底から思う。









ティーポットもパンケーキを載せた皿も空になったところで、


「――そういえばシャーロットだっけ。その子って僕のこと好きなの?」


と、アイヴァーが前置きもなく呟いた。

もう夜更かしも終了の時間だ。ランディの瞼も重くなりかけていた。

名残惜しく会話を続けたいのだろうか。


「どうでしょう。少なくとも恋愛面は分かりませんが、アイヴァー様に憧れを抱いているようには見えます」


トレーに食器をまとめながらテーブルを拭く。


「ふーん、魔法が使えないねぇ。あのマティアスにそんな子供がいるとは思えないんだけど」


「いえいえ、わたしも兄たちが優秀だったので父から王都で店を任されていましたが、わたしは行商の身でしたから。血筋で全ては語れません」


「そんなものかな?」


「はい。逆に血筋の恩恵を受けるのであれば、わたしはもっと……」


意見が尊重されたし、勝手に結婚なんて決められていない――という言葉は呑み込んだ。


しかしアイヴァーの言葉は違う意味を持っていた。

魔法大国の皇帝であるがゆえ、もし血が繋がっていたとしても、魔力を持つ子供で無ければ認知はしない。つまり魔力を持っていなければ皇族にもなっていないのだ。


「ねえ、今度その子と会うのいつ?」

「え?」


アイヴァーが誰かに興味を持ったことが意外だった。


シャーロットに会っていることは秘密にはしていない。

家政婦長にも話は通している。


「次は明後日ですね」

「なら、僕も連れて行って」

「えええ!?」


ランディ自身は構わないのだが、皇女には許可を得ていない。

しかし拒否するとは思えないし、万が一、シャーロットが拒否しても意見は通らないだろう。

やはり皇女に興味があるのだろうか。

直球だと不機嫌になった前例があるので、遠回しに訊いてみる。


「あの、理由を伺っても?」

「ライバル宣言」


ランディは言葉の意味が理解できず首を傾げた。

何の、と続けようととしたが、もう寝ようかと告げられ、場はお開きとなった。


結局、シャーロットに会う当日を迎えても、理由は分からずじまいであった。


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