第4話 スバエ商会
大小の様々な乱形石が敷かれた石畳。
赤茶色の三角屋根、数階建ての建物が立ち並ぶ。
大広場を含む道沿いには、商店や売店がずらりと続き、馬車や荷車が行き交う。
買い物客だけでなく、噴水遊びに興じる子供や観光客で相変わらず王都は賑わっている。
「本部に来るのはいつぶりでしょうか。十日以上は戻っていませんでしたね」
売り上げ報告は月一、給料日も同日。
ランディの場合は商品の一部を現地調達して、次の地域へ転々と移動と続けているため、本部には戻ってくる機会は少ない。
ランディがしみじみと見上げたのは三階建ての建物。
デンガーン王国の王都、第一商業区の大広場に構える“スバエ商会本部”である。
主に日用雑貨品や魔導具を取り扱っており、
要望があれば砂粒一つから、戦争兵器の提供にも応えるという謳い文句。
大袈裟な宣伝だが、一般人を相手にしているランディとしては預かり知らぬ話である。
そんな国内では誰もが知っている大商会は、最近では他国への進出も目指している。
貴族階級では無いながらも、資金は潤沢。
裏では貴族並みの影響力があると囁かれている。
三階まで上がると、両開きの扉が目に入った。
スバエ商会、会長室。ランディの父ケネト・スバエがいる部屋だ。
ノックをしようと動かした手が寸前に止まる。
ランディにとって何を考えているのか分からない父は苦手だった。
スバエ商会の代表ではあるが、どこにでもいそうな中肉中背の中年男性で害の無さそうな人相。
常に気さくな笑みを浮かべているが、はきはきとした受け答えからは頼りがいのある人物。
それが世間一般の抱く印象。
しかし取り扱う商品の多さや商売先の広げ方から、
ケネトの貪欲さが隠れていることには気づけないだろう。
かといって、ここで立ち止まったところで何も始まらない。
「会長、ただいま戻りました」
仕事中は父のことを“会長”と呼ぶように言われている。
家族経営ではあるが、身内贔屓と言われないよう他の従業員同様の対応を取っていた。
ケネトは書類に目を通している最中であった。
「急に呼び出して悪かったね、ランディ」
「どんでもないことです」
いつも通りの物腰柔らかい口調だ。
その一言でランディはひとまず安堵した。
もし何かに失敗した場合は、挨拶は無駄とばかりにすぐに本題に入るからだ。
「遠方から疲れただろう。何か飲み物を……紅茶でもどうだい?」
「い、いえ、お気になさらず」
「そうかい。では第一応接室で座って待っていなさい。この書類を片付けたら私も向かおう」
先ほどの村から、近くにあるスバエ商会の支店に立ち寄り、早馬を乗り換え約四時間。
かなりの急用だと思ったが、本題に入らないため肩透かしをくらう。
会長室の隣にある応接室で待つ間、用件について考えるがさっぱり思いつかない。
“失敗”で無ければ他に何が考えられるだろうか。
例えば商品が壊れた、腐っていた、中身が違った――も“失敗”だ。
平民に扮した貴族に軽口を叩いた――のならこれも“失敗”の範疇だ。
逆に考えるのなら“お礼”。
それなら次の帰還時に言われているし、ケネトが言付けを預かっているのなら売り上げ報告時に伝えればいいこと。
他に考えられることは行商先の変更か、仕事そのものの変更。
妥当なのはその線だが、兄のジョシュアを使ってまで急かせるものかと訊かれると甚だ疑問が残る。
そう考えているうちに応接室にケネトが現れた。
「待たせたね」
ケネトは対面に腰掛け、テーブルに紙の束を置いた。
肖像画らしきものも紛れている。
「いえ、これがそのお話ですか?」
じっくりと紙に書かれた内容を読みたいが、本題に入る前に確認するのも無作法だろう。
ぐっと堪え、ケネトを見据える。
「ランディ、歳はいくつになった?」
「えっ、と、十五になります」
「そうだね。いわば次の誕生日を迎えれば結婚が出来る歳になるわけだ」
胸がざわざわと小さく騒ぎ始めた。今までケネトとは色恋沙汰の話はしたことがない。
先ほど勧められた紅茶を断ったことが悔やまれる。
手持ち無沙汰感が更に不安を煽ってきた。
「はい。おかげで一人での行脚も任せていただきました」
「だが、女一人で辺境地は危ない」
話題から逸れるような言葉を選んでみるが、嫌な予感の方が当たるらしい。
今更何を、と思った途端に、
「恐れながら!」
と、声を荒げてしまった。
ランディは誤魔化すように一つ咳払いをして気を持ち直す。
「ご存じでしょうが、わたしは“代替魔法”が扱えます。今まで険しい道でも盗賊に会っても、被害を出すことなく上手くやってきました。わたしに防犯面で不安は無いはずです」
「それは今まで運が良かっただけかもしれない。手遅れになってはいけないのだ。お前にはそろそろ身を固めて貰いたい」
「会長、どういう意味ですか?」
「この会話では父と呼ぶことを許可しよう」
心臓が早鐘を打つ。
このセリフが出てくる意味とは何か。少なくともいい話には聞こえない。
ランディは唇を噛みしめながら、話を遅らせて平静を取り戻そうとした。