第38話 本屋にて②
「あの、やっぱり友達になるなら名前呼びが嬉しいですか?」
「アタシだったら名前呼びの方が嬉しいかな? ランディ君だってアタシにお客さんって言われるより名前で呼ばれた方が親しみ湧かなかった?」
「そうですね」
「おじいちゃんもさ~、店長呼びは何か嫌って言われたから、おじいちゃんって呼んでるんだよ~」
「あの、失礼ですが店長さんとは、ご家族ではないのですか?」
「いんや~、近所の知り合いだよ。おじいちゃんって腰が悪いから、たまにお小遣い稼ぎでアタシが手伝いに来てんの」
なんでも彼女に店長と呼ばせてしまうと、給料を上げなくてはいけない気になってしまうため、おじいちゃん呼びさせているというシビアな理由も教えてもらった。
しかし、少しのやり取りを見ただけだが、お互いに気を許した関係ではあるのだろう。
ランディは気が遠くなりそうだった。
名前呼びは親しみを持つ上では、必須と考えてもいいかもしれない。
だが「アイヴァー」なんて死んでも呼べそうにはない。
「ランディ君。さっきも言ったけど名前呼びも馴れ馴れしくすんのも、無理なら無理って本人に言えばいいんだよ。ただ一緒にすごしていくうちに、付き合ってもいっか~くらいの感覚に変わったら名前呼びすれば? 馴れ馴れしくする=友達、じゃないんだし。アタシとおじいちゃん見たらわかるっしょ?」
女性店員はにかっと笑う。友達のあり方を教えて貰った気がする。
――もしかしたら考えすぎたのかもしれませんね。
ランディの心が少しだけ軽くなった気がした。
「んじゃあ、問題解決ってことで。じゃあついでに、より仲良くなる方法も特別に教えちゃるか~。メモの用意して~」
「より仲良くなる方法?」
女性店員はランディに向かってぴっと指差した。
「そ。より仲良くなる方法。今のうちに言っておかないとランディ君は数日後、またうちに来るはめになるよ?」
本屋からまっすぐ寮の自室に戻ると、ランディはすぐにベッドに跳びこんだ。
仰向けになると、ポケットから取り出したアドバイスを記した紙を目の前に掲げる。
“これをやっていたらめちゃめちゃ仲のいい友達と言ってよきリスト”
書店の女性いわく、友達になるのは簡単。
より親睦を深める方が大事という結論を教えられた。
それが下記の取組みだ。
“変顔を見せられる”
――すでにおはよう係の初日で見せているのでクリア。
“喧嘩をしても、すぐに仲直りが出来る”
――皇女殿下の件で怒られたので、クリアしたと見るべきでしょうか。
“ハグをする、肩を叩く等のボディーランゲージを嫌がらない”
――確かに親しくなるならふれ合いも重要ですからね。
“お泊まり会をする。お菓子を持ち寄って、互いの興味のありそうなことを話す”
――これは場所の問題がありますね。開くとしたらおそらく元帥閣下の部屋になるのでしょうけど、お菓子は問題ないとして、興味がわかりません。どうやって話を広げられるでしょうか。互いの共通点も思い浮かびませんね。
“服の貸し借りをする、もしくはおそろいのコーデをする”
――こ、これは難易度が高すぎませんか。
自身の服を着た元帥閣下を想像する。
さすがにランディの着た服は小さいだろうし、逆も想像してみたが、元帥閣下の服は大きくて不格好になるだろう。
それに庶民の服が似合うとは到底思えない。
友達として親睦を深める為とは言え、何と高いハードルなのだろうか。
メモを持つため延ばしていた手をそのまま頭の上に倒した。
ランディは大きく息を吐くが、ほんの少しだけ自分の心が浮き立ってもいた。
――何事もチャレンジが必要ですよね。
そう考え、目を瞑った。
ただ女性店員のアドバイスは、あくまで同性前提であった。
異性であれば別のアドバイスがもらえたであろうが、どのみち男装している手前、その結末には至らない。
その事実にランディ本人は気づくはずも無く、闇の中で消えていった。




