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第34話 おはよう攻防戦(和解)①

デッドライン六日目の夜。


今日で元帥閣下を起こしきれなければ解雇。

場合によっては極刑。ランディは息を呑んだ。

扉を触ろうとすると、柔らかい膜のようなものに覆われていた。


“氷結”と“腐蝕”の魔法陣紙を発動させてみたが、やはり跳ね返されてしまう。


「なんだ、お前。元帥を怒らせたのか?」


振り返ると皇帝であるマティアスが立っていた。

全く気がつかなかった。

ランディは飛び退き、すぐさま膝をつこうとする。


「ああ、いい。かしこまるな。俺は保険で来ただけだ」


まるで買い物ついでに立ち寄ったような気軽さだ。


「どうやってここに……騒ぎにはならなかったのですか?」

「言うねぇお前。元帥ほどでなくとも俺は魔法大国の皇帝だぞ。転移魔法ってやつだ」


半眼で睨んでくるが、ランディを咎めるつもりは無いらしい。

初めて会った時よりもだいぶ砕けた調子になっている。


それにしても転移魔法が使えるとは。商売人が喉から手が出るほど欲しがる能力だなと羨ましく思う。


「ははぁ。これは……だいぶ面倒くさいものを作ったな。階級持ちの魔導士でも構築方法の解析は難しいだろうに……」


マティアスは元帥閣下の張った防御壁を撫でた。


「お前、相当愛されているな」


口角を上げ、横目でランディを流し見る。


「え?」


脈絡の無い言葉にランディはきょとんとする。


「これは見かけだけだ。物理で壊せる」


マティアスは試しに結界を指で弾くとキインという音が響いた。

今までの攻撃ではびくともしなかったのに。

続けて拳で一叩きする。キインという音が先ほどよりも大きくなったが見た目の変化は特にない。


「俺じゃ、こんなもんか」


と、ため息をつくと虚空に手をかざした。

すると鉄鎚が現れ、そのまますとんと皇帝の手に落ちた。


結界(これ)はな、代替魔法含め全魔法無効化の式が組み込まれている。だからこれで叩いてみろ」


鉄鎚をそのままランディに手渡した。

ランディは鉄槌を握りしめると、釘を打つ感覚で振り下ろした。


――ゴツン、ゴツン、ゴツ、ゴツン。


柔らかい膜にヒビが入り、バラバラと塊が落下していく。


「やっぱりお前じゃないと壊せないみたいだな」


マティアスがドアノブをひねると、簡単に扉が開いた。

他の妨害はない。あっさり部屋に入れたことに拍子抜けしてしまう。


ベッドには元帥閣下がいつも通り横たわっていた。


その様子を見るなりマティアスは


「これ、俺の出番はないな」


と、あっさり言いのけた。

ランディが起こせなかった場合の保険で来たのではないのか。


「そ、そんな……わたしが起こせるとはとても……」

「あれはふて寝だ。俺が力尽くでどうこうするより、お前が話しかけた方がよっぽど簡単だ」


マティアスはやれやれと腕を組み、そのまま壁にもたれた。


全てをランディに委ねるつもりのようだ。

元帥閣下はベッドの中央で横向けに寝ていた。

いつもの吐息は聞こえない。

意識はあるようだが、目は閉じたままだ。


「――マティアス?」


瞼は伏せられたまま、皇帝閣下の名前を呼んだ。

口にした名前が自分でないことに、なぜだか胸が締め付けられた。

これまでおはよう係として頑張ってきたが、元帥閣下の中ではランディは解雇されたのだろうか。


ランディはベッドの側の床に正座をした。

元帥閣下と同じ目線になるように。


「おはようございます」


その言葉に元帥は素早く身を起こした。

目を丸くしランディを凝視する。

その顔を見つめながらいつも通りの空気でいようと努めた。


「なんでランディがここに……」


珍しく動揺しているようだ。


「わたしがまだ元帥閣下のおはよう係だからです」


「先日は逃げて申し訳ありませんでした。今日は最後のご挨拶と弁明に来ました」


「は? ま、待って、どういうこと」


元帥は目を泳がせて口元を押さえている。

表情を見て、少なくとも怒っても嫌ってもいないのだと、少し安心する。


「その前にお目覚めでしたらお食事から先になさいますか?」


「そんなことより、どうして辞めてないの……?」


「まだ解雇されていないからです」


二人のやり取りに目を丸くしたのは、マティアスもだった。

だがそれは一瞬で、マティアスは面白そうに口を挟む。


「事情は知らないけど、最後の挨拶ってことは、この仕事辞める予定なの?」


「元帥閣下の意思次第、ですが」


「へぇー。仕事がなくなるんなら俺の愛人にでもなる? 歳は上だけど、そのほかの面では困らせないよ」


「陛下……ご冗談を。わたしは男ですよ」


「だから側室じゃなくて愛人って言ってるんだろ」


「それは、ご命令ですか?」


「えー? 命令の方がよかった?」


これ以上反論すると事態がややこしくなりそうだ。

冗談だと分かっていても頬が引きつる。


「ダメだよ。ランディで遊ばないで」


怒気をはらんだ言葉と同時に、風の斬撃がマティアスを襲った。


「フォースフィールド」


皇帝は淡々と手をかざし、見えない壁を作った。


ランディは唖然とする。

まるで決闘競技の決勝戦の始まりを特等席で見ている気分だ。

どうしていいか分からず、おろおろと二人を見回す。


「詠唱無しで魔法を使うの反則ですよ、アイヴァー殿」


「マティアスは何で来たの。ランディときちんと話が出来ないから帰ってくれる?」


「はいはい、わかりました。今日は元帥閣下のデッドライン日でしたので訪れたのですが、不要な心配でしたね」


マティアスはにっこり笑うと、あっさりと元帥閣下の部屋を後にした。

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