第32話 すれ違い
翌日、ランディは元帥閣下のおはよう係に戻った。
カミラは起こすことには成功はしたにもかかわらず、結局辞めることにしたらしい。
骨折り損のくたびれ儲け。
いくら高い給金が出るとはいえ、花よ蝶よと育てられてきた公爵令嬢ならば、いつ起きるかわからない不安を抱えるよりは、他のことに時間を費やした方がいいと思ったに違いない。
いつも通り、元帥閣下の部屋の扉をノックする。
手元の魔法陣紙と魔石の位置を念入りにチェックしながら、足を踏み入れた。
「……?」
ベッドの上に元帥閣下がいない。
薄暗い部屋を見渡しながら、窓のカーテンを開ける。
部屋に光が差しこむと、ソファの肘掛けを背に物憂げな部屋の主が座っていた事に気づく。
「……もう起きてらしたんですか?」
息をのみ、恐る恐る語りかける。
「なんかド派手なドレスを着た女の子に起こされて以来、寝てないよ」
いつもと声の調子が違う。
ランディの知らない元帥閣下がそこにいる気がした。
「もしかして体調が優れないのですか?」
「悪いよ」
大丈夫かと聞こうとしたが、腕を引っ張られソファに押し倒された。
今までなら魔法が放たれそうだとか、蹴りが入りそうだとか、攻撃を受ける前に、通常の危機感で足が勝手に動いた。
でも――なぜだか目の前にいる者の得体がわからず、身体が竦んだ。
「すこぶる機嫌がね」
元帥閣下は喉を鳴らして笑った。やはりいつもと様子がおかしい。
すると顎をつ、っと撫でられる。
「ねえ、皇女様に僕の情報を売ってたって本当?」
一体何を言っているのかわからず、混乱する。あらぬ疑いをかけられているようだ。
状況を理解しようと何とか喉の奥から声を絞り出す。
「……な、なんの話ですか?」
「ここで知らない振りする? ド派手な女の子って言われて、想像はつかない?」
「公爵令嬢様……カミラ様のことですよね?」
「んー、そんな名前だったかなぁー」
元帥閣下は眉をわずかにひそめた。
おそらく彼女が失礼なことをしたのだろう。想像はつく。
失態を誤魔化すため保身に走り、元帥閣下にあることないこと吹き込んだとみえる。
その内容に苛立っているようだ。
「誤解があると思うんです。話が出来ませんので体勢を戻してもいいですか?」
ソファに寝かされたままでは落ち着かない。
肩を押し返そうとするが、元帥閣下は避けるように今度は腹の上に馬乗りになった。
「皇女様と会ったのは嘘じゃないよね?」
「そうですね。元帥閣下に宮廷へ連れていただいた時に、顔見知りになりました。その後はご厚意で何度かお呼ばれする機会に恵まれました」
「それで、僕と皇女様をくっつけようとしているわけ?」
「……?」
怒られるような覚えは無いが、元帥閣下はシャーロットを気に入ってたのではなかっただろうか。
余計な真似はするなと言いたいのかもしれないし、情報を売るなど不誠実なことはするなとも言いたいのかもしれない。
今のところは何もしていない。
だが障害を気にしているのなら協力は惜しまないのに、とも思い、もどかしくなってしまう。
「黙っているのはどういうこと?」
「失礼しました。ですがカミラ様のおっしゃっているようなことはしてませんし、金銭のやり取りさえもしてません。誓って言います」
それから一拍置いて、
「でも私は応援したいと思っています」
ランディは元帥閣下を見据えた。この人には毎日起きる楽しみを――生きがいを見出して欲しい。
「なんで? 皇女様と出会ったのは僕より遅いのに、そっちの意思を選ぶわけ?」
声色が低くなった。ランディの労わりも虚しく、不機嫌になってしまう。
そもそも誰を優先するといった話ではない。論点がずれてきた。
いつものように気軽な話し合いは出来ないものか。
「そういう話ではありません。その前にカミラ様が他に何をおっしゃったか教えていただけませんか?」
「なんだか……煩わしいなぁ」
「え……」
「君の嘘をつかないところは好感が持てるけど――」
元帥閣下がしびれを切らし、ランディの服に手をかけた。
シャツのボタンを一つ外す。
驚いたランディは、その手を押さえるように両手で押さえて抵抗する。
「な、何をなさろうとしているんですか……っ!?」
「脱がそうとしているの」
「意味が分かりません。わたしはお、男ですし、何がしたいんですか? いえ、そうじゃなくて。あの、何に怒っているのか――」
「もういいよ、喋んなくて。教えてあげる。長い間を生きているとさ、欲しいものが得られる方法はいくらでも知っているの。だから安心していいよ」
そう言って、ランディの手をほどいて、また一つボタンを外す。
「ま、待ってください」
「待たない」
聞く耳を持たない。怒りの矛先が自分に向いているのは分かったが、理由がさっぱりだ。
公爵令嬢の言葉はよほど核心を突いたのだろう。
どうしたらいいのだろうか。そもそも相手が冷静にならないと誤解も解けない。
抵抗が出来なくなるのも時間の問題だ。
無意味に押さえつけられる前に。
ランディは元帥閣下に向かって目を細め、手を伸ばした。
頬に触れると指先から肌の冷たさが伝わってきた。
失望を映す菫色の瞳に怯みそうになるが気丈さを保ち、そして――
ゴッ!!
渾身の頭突きを放った。
「~~~~~~~~っつぅ!」
ランディは涙目になりながら額を押さえた。
ばっと見上げると、元帥閣下も同じく顔を覆って動けずにいる。
怯ませるには充分だった。勢いのままソファからするりと身体を滑らせる。
そして力強く――
「元帥閣下、おはようございます! ちゃんと顔を洗って目を覚ましてくださいね!」
捨てゼリフのごとく言い切ると、振り向かずに廊下へと駆け出していった。




