第31話 元帥閣下と公爵令嬢②
「でも、その恰好は僕に仕える服でもないでしょ。本当、何しに来ているの?」
元帥はよいしょとベッドから降りた。
そのままドアに向かって歩き出し、控えていたカミラの侍女に下がるよう手で合図する。
「ど、どこへ!?」
「どこって、君から早くランディを戻してって言いに行くの」
「子爵家程度の家政婦長にそんな権限が……っ!」
はっとして口を押さえる。とんだ失言だ。
元帥の表情にすっと陰が差した。
「なにそれ。へー、僕の一存より君の一存が強いんだ?」
冷めた目がカミラをわずかに身震いさせる。
一瞬息がつまったがすぐに切り返した。
「あ、アイヴァー様! ワタクシにチャンスをいただけませんか!?」
アイヴァーにすり寄り、熱のこもった視線を送る。
「人に仕える者としては流石にこの格好では相応しくありませんでした。しかしアイヴァー様に喜んでもらえるかと思ってのこと。それに誰でもいいとおっしゃるならワタクシでもよいのではありませんか!?」
「…………誰でもいい、かぁ」
彼女の一言で、元帥の心の奥で何かがすとんと落ちた。
「そっか。そう言われると、そうだね」
顎に手を乗せ考える元帥閣下。その言葉にカミラの顔に喜色が浮かんだ。
「そうでしょう! アイヴァー様だって貧相な使用人よりも血統も美も兼ね備えた者が相応しいはず!」
「君に言われなきゃ気づかなかったなぁ」
「でしたら!」
「……僕はランディがいいのか。ランディに起こされるのを……なんだかんだ、楽しみにしてたんだなぁ」
ひとり言のように感慨深い声で、唇を綻ばせる。
「アイヴァー様?」
カミラに向けて、ぱっと明るい笑顔を浮かべるが、目は笑っていなかった。
「ねえ、耳障りな声で名前を呼ぶのやめてくれる? ランディだって名前で呼ばないのに馴れ馴れしいよ」
「――えっ?」
「やっぱり君じゃ無理だね。明日からランディに戻ってもらうよ」
カミラは固まった。何を言っているのかわからない顔だ。
にっこりとしか形容できない笑みなのにどこか逆らえない。
これ以上、踏み込んでくるなとの警告。
だがチャンスを逃したくなかった。
この機会を失えば、元帥閣下へ近寄るルートは皆無に等しい。
感情を天秤にかけた結果、公爵令嬢としてのプライドが勝った。
「それほど、シャーロットがよいのですか!? あんな女、ただ顔がいいだけではありませんか!」
カミラが詰め寄る。急な話題転換に元帥は眉をわずかにひそめた。
「シャーロット?」
「ごくつぶしの第四皇女、魔力なしのシャーロットですわ!」
話が掴めず、取りあえず話の続きを促す。
「んー? なんでその皇女の話が出てくるの?」
「ワタクシ、知っているのですよ! あの小間使いを通じて皇女と秘密裏に通じているのを!」
「ランディが?」
にわかには信じがたいと、首を傾げる。
「現にあの平民はシャーロットに元帥閣下の情報を売っているのですわ! あの女、きっとアイ……元帥閣下を拐かす算段を考えていて、王位継承権の繰り上げを企んでいるに違いありませんわ!」
その目からは涙を流した。まるで悲劇のヒロインは自分とばかりに大胆な行動に出る。
元帥の胸に顔を埋めたのだ。きっとこれで形勢は逆転するはず。
ほくそ笑んでいると、強い力で肩を掴まれる。
「ねぇ。今の、もう一度言ってくれる?」
元帥の声のトーンが一段階下がった。
全身を貫くような悪寒がしてカミラは一歩下ろうとしたが、肩に置かれた手が許してくれなかった。
余計な言葉を省いて、簡潔に説明しないと殺すと言われている気がした。
いつもならフォローに入るはずの侍女も扉前から動けず、身を震わせている。
「げ、元帥閣下を拐かして、王位継承権の繰り上げを……」
「違うよ、その前」
「え、えっと……なんだったかしら」
その前と言われても何が癇に障ったのか。
カミラはうろたえた。
「あの平民はシャーロットに元帥閣下の情報を売っている、ってやつだよ」
出来の悪い生徒を諭すような慈悲深い表情なのに、冷や汗が止まらない。
「いやぁ、とことん使えないね、君。何しに来たの? 死にたかったの?」
わかることは、ただ、この人の逆鱗に触れた。それだけ。




