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第3話 前職は行商人②

「ランディよ。こんな村まで来てくれて、いつもありがとうじゃよぉー」

「いえいえ、こちらこそ快く商売させていただいて感謝しております」

「ところで成人したらうちの孫と結婚せんかい?」


ランディは目を点にした。

村長はランディを女だと認識している数少ない人だ。


「身に余るお話ですが、ご子息のご意思も確認されていますか? わたしは女らしくない見た目ですしご子息の目に適うとは思いません」


「そう思うのはランディが自分を磨かないからじゃ。もうちっと可愛い格好してみぃって。わしがあと三十年若かったら、ぷろぽーずしとるぞ」


「お世辞とはいえ奥さんに聞かれたら叱られますよ。それにまだまだ仕事が楽しいですから結婚は早いと考えています。すみません」


「ちぇー、残念じゃのう。ランディがこの村に住んでくれたらスバエ商会の店が建つと思ったのにのうー」


「本音がぽろりと出ていますよ。村長さんはまだまだ敏腕でいらっしゃいますね」


「そうじゃー、若いもんには負けないぞぇー」


軽口に軽口を返しても怒られない。

この村がのどかで平和な証拠だ。

大体の商品を売りさばき客足が途絶えると、村人から貰ったお茶を飲み休憩に入る。


この後の予定をどうするかと考えていると、村の入り口から馬を引き連れた青年が現れた。

彼は仕事仲間であり、家族の一人でもある兄のジョシュアだ。


「よ! 相変わらず利率の悪い仕事しているなぁ、ランディ」

「ここは頑張っているなと褒めるところですよ。ジョシュア兄さん」


グータッチで挨拶をするジョシュアとランディ。

ランディには三人の兄がおり、男世帯での中で育ったため仕草も男らしくなってしまったのは彼らの影響もある。

服も新たに買うより、兄たちからお下がりを貰うだけで充分だった。


「まあ、大儲け出来る話は王都支部の兄さん達が担当でしょう。わたしは今が楽しいので気にしてはいないのですけど」

「でも稼いで遊びたいだろ」

「いえ、逆にお勧めした商品が売れた時の快感はたまりません。この間、他の山岳地帯の村で防犯ブザーを持って行ったらさっぱり売れなかったのですけど、山で遭難してしまった場合のお知らせ警報器としてはどうかと提案したら在庫がなくなりました」


ランディは人差し指を振り、兄に反論した。

だがジョシュアは「どうでもいい」と言って、深いため息をついた。


「あーやっぱ、お前はさ、学校に行った方がよかったな」


「どうしてです? わたし、教養が無いように見えますか?」


「違う違う。楽しみの見出し方が間違っているだろ。もっと同年齢の女の子たちとキャピキャピしていたら、こうも枯れていなかったかもしれねぇって話」


暗に友人がいないことを指摘している。

確かに友人を作るどころか遊ぶ暇もない生活を送っている。

幼い頃から遊びに行くことも出来ず、仕事漬けの毎日に特に不満はないので気にしないで欲しいとは思う。

男だったら、飲み屋に連れて行ったり、喧嘩をしに行ったり、娼館に連れて行くのにと妹相手にとんでもないことを言ってのけるジョシュア。


ランディの母は幼い頃に亡くしていた。

家族は父、三人の兄、そしてランディといった男所帯だ。

更に近所の子供と遊ぶ暇もなく、仕事中心の生活だったせいか、女の子らしい身なりや仕草が抜け落ちてしまい乙女心が皆無に近かった。

商売がてら周囲も大人だらけだったので、家族相手でも自然と口調も敬語になっていた。


「ところで、わたしに用があったのでは?」


ジョシュアも同じスバエ商会の行商だが、ここはランディの持ち場だ。

ランディを訪ねた理由を聞いてみる。

彼は何かを思い出すように視線を上に動かした後、ぽんと手のひらを叩いた。


「忘れていた! 親父から至急王都に帰ってくるようにって伝言を預かったんだった!」


「どうして一番の重要事項を忘れちゃうんですか」


「お前、ここまで馬を走らせるのにどんくらい時間掛かると思ってんだよ。親父が俺のスケジュールを狂わせるから色々考えごとしてたってーの、仕方ねーだろ」


ジョシュアは眉をつり上げ、言い返した。

それにしても――


「父さんがわたしを呼んでいる……?」


王都に帰れ、つまりスバエ商会本部に戻れと言うことだ。

だが今月の売上金報告もまだ先、売り物の品切れもないので本部に戻るタイミングでもない。

王都にはお得意先もないし、悲しいことに友人や知人が訪れているという可能性もないだろう。

わざわざ兄を急ぎで寄越したあたり、よっぽどの事態があるようだ。


「知らねぇけど、お前、何かやらかしたんじゃねぇの?」


「そのような記憶はさっぱり。しかし困りましたね。店にまだ注文の品を取りに来ていない方がいらっしゃいますし……」


「リスト書いてここは俺に任せとけ。だからお前はすぐに戻れよ。それと変なところで寄り道するなよ。俺が叱られるんだからな」


「わたしの仕事を任せるのですからそんな不誠実なことはしませんよ。ではわたしの荷馬車はあそこに止めていますので、兄さんの馬をお借りしますね」


顔見知りの村人に何人か事情を説明した後、ジョシュアの馬にひょいっと跨がった。

手綱を握ったランディは王都に向かって駆け出した。

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