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第28話 公爵令嬢、再び

シャーロットより再びお呼ばれし、実りの無い商談を楽しんだ帰り。


宮廷の廊下で会いたくない相手が目の前より近づいてきた。


カミラ・ブランズダル公爵令嬢だ。

侍女を複数人連れて歩いている。

相変わらずの豪華絢爛なドレス。赤の配色とスタイルの良さを際立たせるデザインが、かなり目立っている。


彼女とは薔薇園で会って以来だ。

平民には良い感情を持っておらず、ランディが元帥閣下の従者であることに嫌悪している。

またちょっかいを出されないかと懸念が先立つ。

目を合わせないように一歩引き、頭を下げた。

カミラはランディに一瞥もくれず、そのままスタスタと歩き去った。

絡まれずにほっとし、再び歩きだそうとしたところ――


「今日はアイヴァー様と一緒では無いの?」


と、不意に声を掛けられ、ランディはびくっと肩を振るわせた。

恐る恐る振り返る。

周りには誰もおらず、声の主はやはりカミラ本人であった。

億劫になりかけた気持ちを振り払い、口元に笑みを貼り付けた。


「本日はわたし一人です。皇女殿下にお呼ばれしておりました」

「ふーん……そういうこと」


カミラは何かを勘ぐるようにジロジロと睨み付けた。


「ワタクシの申し出は断ったくせに、お前はシャーロット側についたのね」


その言葉には怒りがこもっていた。

下手(へた)に否定は出来ない。元帥閣下への取り成しはしていないが、恋仲になればいいとは思い始めているので、結果的にはそうなる可能性もある。

逆上しないよう黙るしかない。

とはいえ、人に高圧的な態度を向ければ、協力するかしないかは想像がつかないだろうか。


「みそっかすと平民じゃ仲がいいのも仕方ないわよね」


「お言葉ですが、さすがに失礼なのでは?」


「あら、ワタクシは名前を挙げていないのだけど。誰を想像しているの? それに誰に向かって口を利いているのか理解出来ていて? お前の方が無礼なのよ」


あからさまな揚げ足取りに不快感が大きくなる。


平民だからと言ってよくそんな態度を取れるものだ。

表向きは元帥閣下の従者だ。

自身が元帥に密告して、非難を受けるかもしれないという不安は持たないのか。

もし訴えたとしても公爵令嬢がそんなことを言うはずがないと収めてしまうのだろうか。


「そういえば、今日は手袋をしているのね」


庭園で指摘されてから、少しでも女だとバレる要素を排除するため、次の日から指抜きの手袋を()めていた。


「……」

「女の手みたいって言われたから?」


クスクスと含み笑いをしながら人の姿を執拗に見つめている。


「いえ、手荒れがひどいものですから……」


流石に女であることは知られていない。

男だとしたらコンプレックスだろう部分を刺激して楽しんでいるのだろうか。


「ねえ、聞きたいんだけど、アイヴァー様と寝ているの?」


「は?」


開いた口が塞がらない。

なんと下世話な質問なのだろうか。思わず眉間にしわを寄せた。


「何をおっしゃっているのですか。それは元帥閣下に対して不敬です。わたしに向けての態度なのでしょうけれど、そういったお言葉は控えていただけませんか」


「はあ? お前は誰に刃向かっているの!?」


持っていた扇をランディに向けて投げつけた。

ここで怯むわけにはいかない。視線をにらみ返す。


しかし挑発後のランディの発言と態度にどこかしら安心をしたのか、カミラがふぅとため息をついた。


「冗談よ。あのアイヴァー様はお前みたいな劣等にふさわしい方じゃないものね。やっぱり毛色が珍しいから目にかけただけなのかしら」


シャーロットの言う通り、元帥閣下を慕っているあまり嫉妬をぶつけているのか。

そう思い込むと少しは溜飲も下がる。


「でも変なのよ。今まで護衛どころか従者でさえも連れたことが無いの。お前が弱みを握っているとか勘ぐっちゃうじゃない」


「わたしのような輩に元帥閣下が隙を見せるとは到底思えません」


「そうよねぇ。だからワタクシ、調べましたの」


カミラは口の端をつり上げながら、ランディに近づいた。


「“おはよう係”って何かしら?」


ランディは硬直した。


どう調べたのだろう。帝国軍寮に住んでいる兵も一部しか知らないのに。


「起こすだけの仕事なんて、裏返してみれば寝ていると思われても仕方ないわよね。理解してくれたかしら?」


いや、公爵家の力を持ってすれば国内の隠し事などあってないものだろう。

機密を盾に元帥閣下との間を取り持てと言うのだろうか。

しかし予想外の言葉をカミラは返した。


「その役、ワタクシに譲りなさい?」


その言葉にランディはぽかんと口を開けた。


本気か。

本気だろうか。

十中八九、公爵令嬢様が考えるような色気展開のある朝ではない。

体力を使う上にデッドライン日までに起こせなければ極刑まであり得るのだ。

それを分かった上での発言なのだろうか。


そう考えているとカミラはわなわなと震えだした。


「何を黙っているのよ。やっぱりアイヴァー様に懸想を……っ!」


そんなことはない。

ランディの頭は今までの辛酸を舐めたおはよう戦の数々が駆け巡っていただけなのだ。


「あの、いえ、わたしの仕事は雑務です。公爵令嬢様が、その……使用人の真似事をするなど相応しくないのではと」


印象が悪い彼女だ。

一度痛い目に遭えばいいかと一瞬頭をよぎったが、経験の無いど素人には荷が重すぎる。

使用人先輩である双子でさえ音を上げていた。


おはよう係に甘い展開など一切ない。


ケガを負わされたこともあるが、もし恋ゆえの嫉妬であれば、多少は寛容になりたい。


カミラの身を案じる。

今の発言は完全に恋愛目線だ。普段は穏やかでも寝起きは性格が激変するのだ。

生半可に起こせる相手ではない。

絶対に誓約書の内容を知らない。

貴族をあえておはよう係に就かせないのは立場を顧みず元帥閣下に攻撃ができないからだ。


どちらかというと自分の立場よりカミラの命が心配である。

彼女は寝起きの元帥を知らないからそう言えてしまうのだ。

夢は夢で終わらせた方がいい気がする。


「唯一無二のアイヴァー様のためだもの。勤められるに決まっているわ」

「しかし元帥閣下は寝ぼけて魔法を使うことも……」

「わたくしを誰だと思っているの。王族にも連なる血統よ。魔法防御くらいできるわ」

「さよう……ですか」

「それにアイヴァー様にその気がなくても、お前みたいなどこの血統かわからない平民がいつ(そそのか)すかわからないでしょう?」


一応の説得をしてみるものの、カミラは逆の意味で捉えてしまう。


――もうそこまで食いつくのなら、おはよう係を頑張ってみればいいのです。


「わかりました。ただ私も雇われの身。譲るという判断は出来かねますので、どうぞ家政婦長へお話を通していただけると助かります」


流石に自身の一存では決められない。そこは上司に伺いを立てて欲しい。


「ふーん。そうね。確か家政婦長はジューン・ビリングスリーだったわね。いいわ。お父様にお願いするわ。お前、もし邪魔をしたらわかっているわね?」


「もちろんです」


職業病ゆえ円滑なおはよう係の遂行に向けての引継ぎがしたいが、何を言ってもカミラ自身への牽制にしか聞こえないだろう。


カミラはランディのもどかしさなど微塵も気づかず、悔しさを耐えているように見えるだろう。


彼女は甲高く笑い、去っていった。

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