第25話 第四皇女との語らい
宮廷から帰ってから数日後――
ランディはノーウェリア帝国、第四皇女シャーロットの私室を訪れていた。
ナチュラルな木目の家具に、花柄の壁紙。
カーテンやテーブルクロスは白と薄桃色で統一されており、
部屋全体が可愛らしい雰囲気に包まれている。
――こんなに可愛らしい部屋に入ったのは、初めてかもしれないですね。
テーブルにはティーセットと色とりどりの一口サイズのケーキが並び、甘い香りが食欲をそそる。
カップに注がれた紅茶を口にするシャーロットはとても可愛らしい。
線が細く色白で滑らかな肌。レースやリボンがあしらわれたドレスがとても似合っている。
男所帯で過ごしてきたランディには、見慣れない光景で落ち着かない。
庶民には過ぎた空気感である。
「ふふ、わたくしの部屋に誰かを招いたのは久しぶりだわ」
シャーロットは口に手を当て微笑んだ。
「それは光栄です。とても愛らしい部屋ですね」
「侍女が考えてくれた装飾でわたくしも気に入っているのよ。でもせっかく可愛らしくしてもらったのに、見せる相手がいないのよね」
「どうしてですか?」
「魔法大国の皇族でありながら、わたくしは魔法が使えないのよ。だから兄姉たちには疎まれているし父からは見放されているの。でも不幸中の幸いは兄姉たちが優秀すぎて、わたくしの無能さが周囲には目立たないことね」
「そんなことは――……いえ、失礼なことを伺いました」
下手にフォローを入れたところで、シャーロットの慰めにはならない。
ただランディの表情が曇ってしまったのを見て、シャーロットは微笑む。
「いいの、気にしないで本当のことだもの」
話題を変えた方がいいと判断したランディは、持ち込んだ箱型のバッグを膝の上に置いた。
「それでは皇女殿下――」
「早速、商談ね。何があるのかしら」
浮き立つ皇女を前にランディは中からトランプを取り出した。
「? ゲームをするの?」
「まあ、似たようなものですね」
最初は両手でカードの束を下から掬うように混ぜる。
オーソドックスなトランプの切り方だ。
次にカードを二山に分けてバララララッとアーチ状に勢い良く混ぜる。
これもオーソドックスなカードの切り方だ。
これを交互に繰り返し、見飽きた頃合いをみて――
ワンハンドリフルシャッフル。
両手で切っていたカードを片手で行う切り方。
ウォーターフォールシャッフル。
滝のようにカードがサラサラと流れ落ちる見栄え重視の切り方。
フォールスカット。
手の中で三つに分けたカードの束をくるくると回す切り方。
次々とカード切りのパフォーマンスを見せる。
滑らかなかつ華麗な手捌きで人を魅了するテクニックだ。
まるで魔法のように見えるが、根気よく練習すれば誰でも出来るようになる。
だが、時間を費やしてまで手にしたい技術かと問われると多くの人は非生産的で手を出さない。
稀少なパフォーマンスだからこそ、人の心が掴みやすい。
そして最後にシャッフルしたトランプをテーブル上に等間隔で広げた。
「わたしも魔法は使えませんが、こういった余興は出来たりするんですよね」
シャーロットはぱちくりと目を瞬かせて、手を叩いた。
「まあ、すごい! 鑑賞料はおいくら?」
「こちらはただの見世物です。代金はいただきません。いわばサービスの一環ですね」
「一枚引いてみても?」
「はいどうぞ。個人商談の場合、広げたカードを一枚引いていただいて、出た数字の分だけ値引いたり、おまけをつけたりしていました。ちょっとしたギャンブル性が人気で、娯楽が好きなお客様は割増率でもいいと言う方もいらっしゃいました」
シャーロットが引いたカードの数字は二。
なお大損を避けるため数字を見た後にお得条件を提示する。
皇女の場合は「おまけを二つ付ける」「二割引する」といった具合だ。
「面白い技術と発想ね。割増って言った人の気持ちが理解できるわ。ところで今日は何を持ってきてくれたの?」
ランディが鞄の中を開いた。
ネクタイピン、カフスボタン、ターバン――持ち込んだ品物は男性ものばかりだった。
兄のジョシュアから男性貴族向けの商売を借りてきたのだ。
「ランディ、困るわ。名目上あなたから何かを買う予定で呼びつけているのよ? これじゃ何も買えないじゃないの」
シャーロットはぷくっと頬を膨らませた。
立場上、ランディとの関係は“商売相手”だ。
シャーロットがランディから何かを買い付ける話にはしているが、ランディとしては元より売りつける気は無かった。
「まあ、何も買わせないつもりで来ましたから」
「じゃあ、どうしてきたの?」
「わたしも皇女殿下と少し、話をしてみたくて……」
と、ランディは照れくさそうに笑った。
それにつられてシャーロットも頬を染めたが、やがて眉尻を下げた。
「でも面白いものを見せてもらって、何も買わないのは何だか落ち着かないわ」
「まあ、わたしも元商売人なのでこういったパフォーマンス込みで囲い込みましたが。不必要な物は買ってはなりませんよ。皇女殿下も欲しいものも無いでしょう?」
「あら、言うわね。わたくしが好きな殿方にプレゼントする可能性もあるでしょう?」
「例えば元帥閣下に……ですか?」
試しに名前を上げてみたが、シャーロットはボッと顔を赤く染めた。
世代を超えて愛されると言われる元帥閣下。
寮の魔導士やカミラという公爵令嬢の行き過ぎた態度も目の当たりにしたが、皇女殿下もまんざらではないようだ。
「そ、それは恐れ多いわね……」
頭から湯気が出ているように見える。
やはり度合いがあるにしても皇女殿下も憧れがあるようだ。
「そういえばアイヴァー様はあまり家から出ないと聞いたわ。普段は何をなさっているの?」
――寝ている。
とは、知らないのだろうか。
皇帝陛下はもちろん理解しているだろうが、発言からしてどこまで事情を聞いているのだろうか。
正直に話していいものかと悩むが、そもそも起こした後の行動は知らない。
食事かお風呂に入る意思の確認まではするが、その後のランディは元帥閣下から離れ、寮の家事手伝いをしている。
「…………………………………………どくしょ?」
と憶測で答えてみる――が、
「まあ! どんな本を!?」
手を合わせ即食いつくシャーロット。ランディの長い沈黙と疑問形の返しは全く気にならなかったようだ。
――あわわわわ。だめだ、適当なことを言ったら墓穴を掘ってしまいますね。
手のひらで目を覆い反省をする。ランディは素直に謝ることにした。
「も、申し訳ありません。普段は誰も付けずにお一人で過ごされるので、実はあまり存じ上げないのです」
「あら、そうなの。ではランディは普段、何の仕事をしているの?」
「朝、起こした後は、家事手伝いをしてます」
「そうなのね。ますます神秘的なエピソードが増えるわぁ」
シャーロットの背景がパアァァァと照り輝いている。
――皇女殿下……プラス補正が強くないでしょうか?
近くで控えているシャーロットの侍女もそわそわと聞き耳を立てている。
大した情報でもないのに元帥閣下のカリスマ性にはドン引くばかりだ。
「他にランディが知っていることはないの?」
キラキラとした表情で続きを促すシャーロットに、とりあえず出せそうな話をしてみる。
たまに抱き枕を持っていること、寝相に統一性がなく激しく動き回っていること。
口にすればするほど、元帥閣下の品格を落としているのではないかと心配になるが、何を言っても「可愛い」「親近感を持ちますわね」とポジティブな感想を抱いてしまった。
幻滅は全くしていない。恋は盲目、と似たようなものだろうか。
しばらく話が弾み、気がつけばあっという間に時間が過ぎていた。
そのうち部屋の扉をノックする音が響く。
「シャーロット様、そろそろダンスレッスンのお時間です」
「わかりました」
シャーロットの声がしぼんだ。心なしか元気もない。
「ではわたしはこれにて」
ランディは持ってきた荷物をすばやく片付け、椅子から立ち上がった。
頭を下げるとシャーロットは眉根を下げ、
「ランディ、また呼んでも構わないかしら」
まるで捨てられた子犬のような表情だ。
それが不覚にもきゅんとしてしまい、つい二つ返事をしてしまった。
「また騎士団寮宛てに手紙を書くわね」
「はい、お待ちしております」
そう言ってランディはシャーロットの部屋を後にした。
――宮廷の廊下で自身を覗いていた人物に気づかずに。




