第24話 宮廷、帰りにて
今後の連絡手段について簡単に話をした後、皇女殿下は自室へと戻っていった。
シャーロットが庭園に駆け付けたのは、自室で聞こえてきたカミラの言い争いが気になったからだそうだ。
――はぁ、思いがけず皇女様とお近づきになってしまいましたね。
普通、友達を断ったら落ち込むか、激怒するところだろうに、そうすることもなく更なる提案を重ねてきた。
しかも自身の無礼を咎めることもなく。
友達になろうと言ってくれた心遣いはありがたいが、どうして自分なのだろうとも思う。
あまりひねくれた考えはいけない。前向きに捉えよう。
そもそも花の妖精の姿であんな嬉しそうな顔をされて断れる人間などいない。
それに――
“同年齢の女の子たちとキャピキャピしていたら、こうも枯れていなかったかもしれない”
兄、ジョシュアの言葉を思い出す。
枯れているつもりはなかったが、同年代の少女とはどういう者なのかも知りたかった。
そのまま薔薇園の景色を楽しんでいると元帥閣下が現れた。
先ほど皇帝陛下とのやり取りしていた時の不機嫌さは消え、いつもの穏やかな調子に戻っていた。
元帥閣下の用件も終わった帰路、馬車内にて。
ランディがシートに腰掛けると疲れがどっと押し寄せてきた。
「元帥閣下……もしかしてわたしを連れてきたのは、嫌がらせですか?」
つい頭に浮かんだ言葉が口に出てしまった。
しまったと口を押さえたが、元帥閣下は気に留めていなかった。
「ううん。いつも通り僕一人で行くのもつまんないかと思って。もしかして宮廷は楽しくなかった?」
「いいえ、そんなことはありません。豪華な調度品には心躍りましたし、庭園に咲く薔薇は見事でした。ああいう場所でお茶など出来たら贅沢だと思いました」
嘘はつきたくないので、宮廷――建物自体は問題ないという意味にして返事をする。
善意で連れてきたのであれば、わざわざ嫌な気分にはさせたくない。
「でも浮かない顔だよね。そういえばマティアスちょっと怖かったよねぇー」
「滅相も無いことですっ!」
ランディは目をカッと開き、力強く否定した。
不敬にも程があるだろう。もし皇帝陛下の耳に入れば罰を受けてしまいかねない。
「ランディは平民出だって聞いたから、珍しいものが見られたら喜んでくれるのかなって思った」
元帥閣下は少し拗ねた口調で外を見つめる。
――褒められたい子供ですか。
ランディは思わず吹き出しそうになった。
まるで観光地につれてきたような気軽さ。確かに宮廷に来られたのは貴重な経験だ。
ありがたいと思うべきであるが、それならもう少し心構えをさせてほしかった。
元帥閣下といい、皇女殿下といい、高貴な方はなぜこうも自身に親しみを持ってくれるのだろう。
通常、貴族は上になる立場なので威厳のある態度は必要だ。
度が過ぎるとカミラのような行き過ぎた行動を取る者もいるが、さすがにそこまでは求めていない。
ランディも元帥閣下と同じく外を眺めた。
「楽しいというよりは刺激が強かったですね」
「そっかぁ。楽しめなかったんだね」
しゅんと俯く元帥閣下。
その姿に少しだけ胸が締め付けられた。
同時に元帥閣下が宮廷に連れてきた理由もわかって頬が緩む。
「ふふ。でも元帥閣下のお心遣いはとても嬉しかったですよ」
素直な気持ちを口にすると、元帥閣下はきょとんとした。
その後、手の甲を口に当てて、窓から覗く風景を眺めた。
「君って……やっぱり変だね」
「それってどういう意味ですか。朝も同じ言葉を聞きましたが、改善点があればおっしゃってください」
自身の言葉を改めて考える。
元帥閣下が気さく過ぎて自分の立ち位置を忘れそうになっている気がする。
無礼だと注意をされれば直しようもあるが、咎めてくる気配も無い。
逆に変なのは元帥閣下の方ではないかと、ランディは目を据わらせた。
しかし元帥閣下は我関せずと、窓の外を見つめている。
景色を楽しんでいるのならとランディも追求を止め、反対側の窓の景色を眺めた。
馬車の一定リズムの刻みは、やがてランディの眠気を誘った。
――ああ、いけない。仕事中なのに眠っては。
両頬をペチペチと叩く。
主を前に寝る従者がどこにいると言うのだ。
釣られて元帥閣下も寝てしまったら、それこそ部屋で寝ていない分、起こすに苦労すること間違えなし。
「ランディ、もうすぐ着くけど眠いんなら枕を使えば?」
どこからともなく枕がランディの手の中に落とされた。
おそらく転送の魔法を使ったのだろう。詠唱も呪文もなく発動させたのは流石といえよう。
「申し訳ありません、不覚でした。大丈夫です――というか元帥閣下。おはよう係相手に睡眠を勧めるのはいかがなものでしょう?」
「え、いいんじゃない? 君が僕に気を許している証拠でしょ」
「そういうものですか」
「そうだよ。更に付け加えるなら君が暗殺者の類いじゃないって証明にもなる。だからいいの」
――そういうものなのだろうか。
うつらうつらとしている脳のせいでまともに考えられない。
更に元帥閣下は追い打ちをかける。
「さ、その手にした枕。どう思います?」
「えっと、ふかふかでとても眠りやすそうですね」
ランディは枕をもふもふっと触り心地を確かめた。
「その通りです。僕もよく使っているんですよ。見てください、この高級感。王室にも採用されており、実は表と裏の素材も異なっているんです。頭、肩、首の三点のフィット感を追求しておりますので心地よい眠りをサポートしてくれるんです」
「そうなんですね。だけどお高そう……ではなく、わたしは寝ませんので、枕はしまっていただけませんか?」
というよりも、あんなふかふかの枕は目の毒すぎる。
「でも、お眠いのでしょう?」
何の追撃だ。
まるで露天商が、商品説明の後によく使うフレーズを聞かされているようで、心が揺らぐ。
だが――
「大丈夫です」
ランディはきりっと目を最大限に開き、全身に力を込める。
それでも元帥閣下は納得しなかった。
「うーん、じゃあさ。寝ないで三十秒ぐらい目を閉じてみよう。君の目は充血している。目が疲れているから眠そうに見えるのかな。少し休ませれば回復するかも。さ、頭の中で数字をカウントして」
――そうかもしれない。
言われるままに目を閉じた。
一、二、三、四、五……と数えた後、ランディはついに意識を飛ばしてしまった。
元帥閣下が「ランディ?」と呼びかける。
しかし返事はない。それが分かると口角を上げた。
「君が眠りのプロに勝てるわけないでしょ」
いたずらに勝ったように笑い、正面にいるランディの横に座った。
不意の振動でぶつかって起こさないよう壁にはふわふわのクッションもたくさん添える。
しかしランディの頭は枕に倒れず、アイヴァーの肩にもたれた。
「おっと、これは、ふかこうりょく」
元帥閣下はランディの体勢を直すことも無く、馬車の振動ごとそのまま受け止めた。
目前に騎士団寮が近づいたところで、御者に指示を出す。
王都を一周してくれる? ――と。
そしてランディの頭を枕にし、元帥も眠りについた。




