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第23話 宮廷、薔薇園②

「お、おやめなさい」


庭園へ繋がる廊下に、息を切らせながらカミラを睨んでいる少女が立っていた。


ゆるくウェーブを打つ金色の髪、青と水色の二色の瞳、若草色のフリルがついたドレス。

庭園の背景も相まって花の妖精が体現したと言ってもいいほどの可憐さだ。


すぐに魔法の発動を止めたカミラだったが、


「……――これはこれはシャーロット皇女殿下」


少女の姿を視認すると当たり障りのない笑みを浮かべた。

しかし一部始終を見ていたのか、少女は非難する。


「ここはノーウェリア帝国の宮廷。そしてあの方は元帥閣下の従者ですよ。カミラ、あなたが無礼を働いていい権利は無いはずです」


「あら、誤解ですわ。ワタクシはアイヴァー様の従者の方に薔薇の品種を教えて差し上げただけですのに」


両手を胸に当て、誤解を受けて可哀想な自身をアピールする。


ランディに向けて「そうですわよね」と友好的な声色に反して、その目線は射貫こうとばかりにギラついている。

逆らったら痛い目に合いそうだ。

ランディは危機本能に従うまま、ぶんぶんと首を縦に振った。


彼女らの発言から目の前には、公爵令嬢と皇女が揃っていることになる。


皇女殿下と呼ばれたシャーロットは、言葉こそ威厳を持っているが、腰は引けて顔は地面を向いている。

逆に下手(したて)を装っているカミラの方が高圧的な振る舞いだ。


「そ、それならいいのだけど……」


ちらっとランディを見た皇女の視線にもぶんぶんと頷く。

おそらくこれが一番丸く収まる方法だ。

ランディの様子を見て皇女もこれ以上追求はしなかった。


「では、失礼いたしますわ。今度からご忠告はきちんと状況を把握してからお願いしますわ」


――あああ~っ! 余計な嫌味を~~~っ!!!


カミラは鼻で笑うとドレスを翻し、庭園を後にする。

侍女も早足でカミラの後を追う。すれ違いざま――


「ふん、魔法も使えない落ちこぼれの癖に」


と、捨て台詞と吐いた。ランディでさえはっきり聞こえたのだ。

シャーロットに聞こえないわけがない。


堂々とした無礼に唖然としたランディに、鈴の音のような声が呼びかけた。


「あなた、大丈夫?」


先ほどシャーロット皇女殿下と呼ばれていた少女だ。


「わたしは問題ありません。ご配慮厚く御礼を申し上げます。そして皇女殿下への無礼をどうかお許しください」


ランディは片膝をつき、頭を下げた。

助けてくれようとしたのに、カミラ側の意見に同調したランディを咎められてもおかしくはない。

それなのに先にランディの身を案じた。心根が優しい人のようだ。


「楽にしていいわ。えっと、ランディだったわね。彼女はいつもあんな感じなの。それよりも問題はあるでしょう? 足を――」


「いいえ」


すくっと立ち上がると、ランディは気さくな笑みを浮かべた。


「皇女殿下が心配されるようなことは何も起きておりません」


何かあったと言えば皇女は動かざるを得ない。

二度と会う相手でもない。運悪く足をひっかけた程度に思えばいい。

そんな負担をかけるくらいなら何もないと言った方が賢明だ。


「わたくしはノーウェリア帝国、第四皇女シャーロット・エアン・フォールトベルグレムよ」

「恐れ多くもお名前を拝聴させていただきお礼申し上げます」

「それをご理解なさったら、足を見せてください」

「え?」


シャーロットは自身の侍女を呼びつけ、ランディを取り押さえた。

足をつかまれ、靴下を脱がされる。

皮膚を擦る感触にうめき声を上げそうになるが何とか耐える。

空気にさらされた足は赤く腫れていた。

シャーロットは眉尻を下げ、


「……そのままじっとしてくださいね」


と言うと、侍女に向かって目配せをした。

侍女がランディの足に触れると、手から白い光がこぼれる。

じわじわと痛みがやわらいでいく感覚がする。


どうやら回復魔法をかけたようだ。


「カミラ……彼女も悪い人では無いの。いつも孤高でいらっしゃる憧れのアイヴァー様が、珍しく従者を連れていたから少し嫉妬をしたようね」


――嫉妬……!? 男で通しているのに!?


元帥という存在が、従者くらい連れたくらいで嫉妬も何もない。


あれは完全にお近づきになりたい女性のなり振り構わない態度だ。

更に平民であることを知って、より態度が辛辣になってしまったのだろう。


それでも、気に入らないと言って攻撃に出るとは相当沸点が低い。


「ランディってよく見ると可愛らしいもの。寵愛を受けているのかと思ってしまったのね」

「――へ? わたし、男っぽく見えませんか?」


ランディ個人としてはあまり嬉しくない言葉だった。

がっくりと項垂れる。

その様子にシャーロットは口に手を当て、くすくすと笑った。


男で通している身としては、女だとバレるのは避けたい。

カミラやシャーロットに疑惑を持たれる前に、対処策を考えよう。


そう考え込んでいると、庭園に入る前の廊下から皇女を呼ぶ声が聞こえた。


「どこにおられますか、シャーロット様ー! 語学の先生がお怒りですよー!」

「それはいけないわ。行かなくちゃ。でも……でも……」


慌ただしくランディと使用人の声がする方向を交互に見つめた。

そしてシャーロットは頬を赤く染め、がしっとランディの両手を掴んだ。


「あの、ランディ、よ、よければわたくしとお友達にならない?」


唐突であった――が。


「恐れ多いことでございます。私は平民。商家生まれです。お申し出はどうぞご容赦を」


ランディは淡々と首を振った。


同情からくる発言であろうか。


貴族と触れる機会が無い平民であればとても光栄な話だ。断る理由はどこにもない。


皇女自身も善意で尋ねているのだろうが、さすがに「はい、わかりました」では済まされない。

そもそも女性であるシャーロットと、立場上は男で通しているランディの友人関係は成り立たない。


それに彼女に()えている侍女も貴族出のはずだ。

上流貴族の侍女の大半は、爵位のある令嬢が行儀見習いの一環として来ている。

皇女と対等である友人が“平民”で、その使用人が“貴族”などありえない。


立場、性別からして周囲は認めない――というのは建前で、

その実、幼少期から商売中心の生活だったため、友達のなり方に不安があったのだ。


シャーロットがしゅんとうなだれる姿を見ると良心が痛む。

せめて理由を説明するべきかと口を開きかけた時、彼女は両手を軽く叩いた。


「ランディは商家出身と言ったわね。では、こういうのはどうかしら?」


更にずずいと顔を寄せる。


「あなたがわたくしに商品を売りに来て、わたくしが購入するっていうのは……えっとつまり利害関係ね」


皇女は汗をかきながら、顔を真っ赤にしてランディの説得を試みている。


表向きは元帥閣下の従者をしているのになぜ商売をする話が出てくるのだろう、と疑問に思うが、皇女の立場なら申し出を断ったことに憤慨してもおかしくはない。

それなのにさらに歩み寄ろうとしている。


――友達……か。


必死に自身と繋がろうとする様は、かつて立ち寄った村の子供たちを思い出した。


たった数時間、一緒に鬼ごっこをした仲なのに「行かないで」と涙を流しながら引き留められた。

心苦しくとも、きっとまた会いに来ると説得し、その村を離れた。

確かあの村は、子供自体が少なく遊び相手がいなかった。

寂しいのだろう。

わざわざ平民相手に友人になろうと言い出しているのは、シャーロットも友人が少ないのかもしれない。


少なくとも身近にいるカミラという女性はシャーロットに好意的ではない。

そう思うと胸の奥がもやもやしだした。

売り物は持ってはいないが、やりようはいくらでもある。


「そう、おっしゃるなら……」


ランディが根負けするとシャーロットの顔がパァっと輝いた。


この場にはまごうことなき花の妖精がいた。


自身もこのような笑顔が出来たら、兄のジョシュアから枯れているとは言われなかっただろうか。

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