第2話 前職は行商人①
時は数十日前、デンガーン王国。
現在十五歳のランディは、元々この国で商人として毎日を過ごしていた。
物心つく頃から学校へは行かず、父親が経営するスバエ商会の仕事を手伝っていたのだ。
仕事内容は主に人が寄りつかないような辺境地への行商。
一人で荷馬車を扱い、辺境の村を転々と巡回していた。
それゆえ道中では女子供と気付かれると盗賊に襲われる可能性があるため、
常日頃から男性ものの衣服を身につけていた。
今日も住民が五十人ほどしかいない過疎村を訪れていた。
設営が完了すると、早速、第一村人が商品を求めに訪れた。
「おはよう、ランディくん。頼んだ薬はあるかしら」
「コニーさん、おはようございます。腰痛用の塗り薬に湿布ですよね。もちろん持ってきましたよ」
特段、女であることを秘密にはしていないが、
肩にも届かない短髪と服装から顔馴染みのお客さんでも少年と見間違えられることは多い。
商人として働き始めた頃は、男だと言われた場合は否定もしてきた。
しかし何度も同じセリフが繰り返されると答えるのもだんだん面倒くさくなり、
具体的に性別を聞かれた時だけ返答することにしている。
だから勘違いしたままの人は多い。
いそいそと頼まれた商品を用意しながら、笑顔で答えた。
ランディの赴く村には商店がなく、村人達は自給自足や物々交換で生活をしている。
その生活に足りない品物を彼女は売りに来ていた。
前回、販売に来た際に受けた注文分の他にも、
需要がありそうな薬や服、日常用品を並べ、中古品の買い取りも行っている。
現地調達で商品の補給も行っており、売買もしている。
最初のお客さんが買い終わると、次のお客さんが声を掛けてきた。
「ランディ……いやスバエ商会がこんな辺鄙な村に来てまで格安で売ってくれるのはありがたいよ」
「そうだよなぁ。一昨日に来た業者から買ったタバコ、ランディが売る値段の三倍もしたんだぜ」
皆、顔なじみであるため、会話の途中からの乱入はしょっちゅうだ。
「まあ、儲けも大事ですけど、お互い信頼関係があっての売買ですから。で、いくらで買ったのです?」
「小銅貨六十枚だよ」
庶民の平均的な外食一食で小銅貨五枚程度。
嗜好品は確かに値段が高い。十二食分も我慢して購入したに近い。
「なるほど。もしかして値引きを要求せずにそのまま買ってしまわれました?」
「おお。ランディが来るまで待てなかったから、ついそのまま買っちまったんだよな」
「素直に高いとおっしゃればもう少しお安くしたかもしれませんよ。反発込みの値段設定に思われます」
「マジかよ、そういうもんかと思ったぜ。チクショー」
ぶつぶつと嘆く村人に、ランディは机の下からブドウを漬けこんだ果実酒を取り出した。
「お可哀想に。そんなお得意様にはこちらのお酒をじゃじゃーんと。三つ購入いただければ一本サービスいたしましょう。小銅貨三十枚で結構です」
「買った!!」
村人は現金にも素早く挙手し、お金を置いた。
おそらくこの後、奥さんに怒られるであろうが、ランディは言わないでおいた。
嗜好品はストレス発散にもなる。奥さんに没収されて飲まれてしまうことまで想像がついた。
「はーい、まいどー!」
「ランディの商売人モード、こわっ!」
たくさんの人と他愛の会話をしながら、大量の商品を売り歩くのがランディの日常だ。
もちろん王都のお金持ちや貴族相手に商売をした場合、
キックバックは大きいが、礼儀作法や相手の趣味嗜好や経済についての話題にもついていく必要があり、無知では話にならない。
だから素が出せる平民相手が性に合っている。
そんなこんなで忙しく仕事をしていると、いつの間にか村長も現れた。