第18話 買い出し②
「はぇ……? あ……よっ弱っちぃくせにおれ様に挑むからこんな目に遭うんだぜ……っ!」
と、冒険者はイキってみせたが、内心は怖じ気づいているようだった。
ランディは口元を押さえた。口から出ている血を拭うためでは無い。
ほくそ笑みそうになったのだ。
ランディの狙いは相手から先に手を出させること。
目的は達成。攻撃をしても正当防衛となる。
しかし自ら動くよりも、もっと簡単な反撃もある。
ここは第一商業区、大広場。
大騒ぎすれば、たくさんの人から注目を浴びる。
案の定、その場にいた人々がざわつき始めた。
最初は関わらないように遠くで様子を窺っていたが、明らかな弱い者いじめだ。
やり過ぎだと思ったのだろう。
「ね、あの子、死なないわよね?」
「かなり吹き飛んでいたな」
誰かの呟きを皮切りに、だんだんと非難の言葉が顕著になっていく。
「小さな子供に大人げない」
「おい、あんたら。やりすぎだぞ!」
「誰か警邏隊を呼べ!」
勧善懲悪。集団になると人は強く出られる。
大広場にいた多数の大人達が冒険者の男をじわじわと囲っていく。
「な、なんだよ。そいつが弱っちいだけだろ!?」
言葉通り、ただ小突いただけで倒れたのだ。まるで小枝を折るような軟弱さ。
しかし冒険者の男の力加減など誰も分かるはずがない。
彼の反論は「冒険者より一般人が弱すぎたのが悪い」と誰もが受け取った。
――丸く収まりそうですね。
ほっとしてそのまま立ち上がると、ランディの肩に手が掛かった。
「ニーナさん? イーダさん?」
「あらあら、この程度では許しはしませんわぁ」
「まあまあ、むさ苦しい帝国軍寮に現れた唯一の花を手折った罪は重いわよぉ」
それからの双子の動きは素早いものだった。
彼女たちはランディの前に立つと、恥ずかしがるそぶりも見せず、双子はスカートを膝上までたくし上げた。
その様子に冒険者の男を囲っていた大人達は、すばやく下がった。
「あ、え!?」
色気のあるシーンは一瞬で終わり、
彼女らはシンクロするように大きくスカートを振るった。
すると中から巨大なナイフを思わせる鋭利な凶器がドスっと地面に突き刺さった。
冒険者の男は冷や汗をかいた――が、自身も修羅場をくぐり抜けた冒険者だ。
メイドごときの攻撃に怯むわけにはいかない。
「あらあら、売られた喧嘩はぁー?」
「まあまあ、買うのが礼儀ぃー!」
各々の巨大なナイフを手にすると、そのまま走り出した。
小悪党は身の危険を感じて、腰にある鞘当てを掴むが、間合いを詰められる。
二人に足蹴りを食らうも、咄嗟に前腕を構え凌ぐ。
「こいつら、早いっ!?」
「あらあら、帝国軍寮の使用人ですものぉ、当然よぉ」
「まあまあ、これくらいで驚かないで欲しいわぁ」
イーダが背後に回り、巨大ナイフの平たいところを使って悪党を尻から突き上げ、
空中に飛ばすともう一人が追いかけるように地面を蹴って跳び上がる。
地上に残った一人は自分が持っていたナイフを相方に投げ渡す。
受け取ったニーナは己の持っているナイフをクロスさせ、巨大なはさみの形状にすると
落下してくる悪党に向かって勢いよく両腕で薙ぎ払う。
ニーナの攻撃は風圧となり、冒険者を切りつけた。
――と、いっても着られたのは服の方で皮膚には一切の傷はついていなかった。
「おいぃぃー! この服は魔狼の爪でさえ防ぐ代物なんだぞー! いくらしたと思っているんだ、弁償しろぉー!」
全裸でうずくまる冒険者の男。
「あらあら、か弱い私達に裂かれるなんて、偽物でも掴まされたのではなくてぇ?」
「まあまあ、それを言うならランディを怪我させた治療代を請求しても文句なしってことよぉ」
もはやどちらが悪党なのか、分からない構図となった。
すると警邏隊が現れ、冒険者たちはしょっ引かれていった。
ランディはただただぽかーんと見つめるしか出来なかった。
「あらあら、大丈夫ぅ?」」
「まあまあ、医者に見て貰う?」
双子はランディの側に駆け寄る。
「……ニーナさんとイーダさんって意外に戦闘派だったんですね」
「あらあら、家政婦長から聞いていないのぉ?」
「まあまあ、帝国軍寮の使用人もある程度、戦えないと採用されないのよぉ。ちなみにランディに万が一のことがあった場合、私達がおはよう係の代理を務めることになっているわ」
そう言いながら二人はランディの服の汚れを払い、怪我が無いか、身体中のあちこち見て回る。
「ご心配おかけしました。わたしは大丈夫ですが、服が血糊で汚れました」
と、懐から赤い液体が入ったボトルを取り出した。
これも行商時代の癖で持っている不意打ち用の防犯グッズだ。
「あらあら、洗濯なら私達の仕事だわぁ。無事でなによりよぉ」
「まあまあ、それよりさっきのは演技だったのぉ?」
ランディはあいまいに笑いつつ、小さく頷いた。
驚かせてしまい怒られるだろうかと内心はビクビクしていた。
「あらあら、ランディ、やるわねぇ」
「まあまあ、でも私たちがお姉さんなんだから身体を張らなくても良かったのよぉ?」
双子の表情が少しだけ陰る。
なんとかいつもの調子に戻って欲しくてランディは明るく務めた。
「大丈夫ですよ。暴漢に襲われるのは慣れっこですから」
一人で行商の旅に出ていた頃は、盗賊にはよく出くわした。
荷物に売上金。格好のカモであった。
それゆえ、代替魔法の使い方も覚えたし、体力も自信がある。
前職の内容を話していくうちに、双子は安心するどころか神妙な顔つきになった。
「……あらあら、今日はランディにチョコレートケーキを買ってあげるわね」
「え、なんでですか」
「……まあまあ、助けてくれたお礼よ」
そしてニーナはランディをよしよしと抱き寄せ、イーダはぽんぽんと背中を叩いた。