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第12話 おはよう係、……成功?

ランディは焦る。


しかし目は涙が溢れ、鼻もぐじゅぐじゅで、言葉も上手く発音も出来ない。

すべての機能がタマネギの刺激でやられている。

人生においてここまで醜い姿を誰かに晒した記憶は無い。

こんな状況では魔法陣紙と魔石がまともに使えない。どうしたら、どうしたらいいのだろう。


しかも“起こしきれなければ罪に問われる”の文字もちらつく。


そうこう考えているうちに、元帥閣下は再び眠りにつこうと背を倒した。


その行動はランディにとって耐えがたい何かがあった。


「あ゛ぁぁあ~っ! お゛や゛め゛ぐだざい゛! お゛客゛様、おぎゃぐざば~! ぞのばば眠られでば困りまずぅ゛ぅ゛う゛ううう~~!!」


ランディは藁を掴む気持ちで元帥閣下に手を伸ばした――その瞬間。


「……………………お客様?」


穏やかで柔らかい低音が凛と通る。

今まで騒がしかった部屋は一瞬にして無音になった。



放心しているランディとは裏腹に元帥閣下は、首をこてんと傾げながらランディを視界に捉える。

視線がぶつかった瞬間、咄嗟に腕で顔を隠した。

目から鼻から皮膚から色々と出ている状態だ。

人様にはお見せできるはずがない。


「……もしかして、ここって僕の部屋じゃない?」


ぼんやり目を開けて、元帥が緩慢に周囲を見回す。

ド天然をかますあたりのんきな人のようだ。

お客様と言ってしまったのは、今まで商売人としてつい口にした職業病だった。

現時点で人間としての体裁を失っているが元帥を起こすのには成功したようだ。


腑に落ちないのは寝ぼけてても危機的状況には対処が出来るのに、

些細な疑問で起きるとは。


勝負に勝って試合に負けたという何とも複雑感。


「申し訳ありません。失言です」


片手で顔を隠しながら、もう一方の手でポケットに忍ばせていたハンカチを取りだした。

遅いと反省しつつも顔を綺麗に拭う。


「ああ、じゃ僕の部屋でいいんだね?」


こくこくと頭を縦に振った。

それにしても何という色気だろうか。

一つ一つの仕草が放つ大人のオーラが半端ない。

垂れ目に泣きぼくろ、ゆったりとした所作。

ドレッシングガウンの中に寝間着は身につけておらず、

はだけた胸元に目が行きそうだ。


しかしランディの正気をつなぎ止めているもの。

それはお金で雇われている事実。

公私混同という不誠実は働けない。


「……えっと、僕はいつぶりの起床なのかな」


「五日ぶり……と聞いています」


「今回は君が僕の“おはよう係”なんだね」


「申し遅れました、お初にお目に掛かります。わたしはランディと申します」


片膝をつき、頭を垂れた。

冷静さを装いつつも、頭の中は羞恥心でいっぱいいっぱいだ。


「この度は大変お見苦しいものを――」


「そんなにかしこまらなくていいよ。楽にして」


元帥閣下は何事も無かったように緩やかな笑みを浮かべ続けている。

そこではたと気づいた。


この仕事って起こすだけでいいのだろうか、と。

何か着替えや食事の用意が必要では無いのか。

急にこれから何をしたらいいのかと手持ち無沙汰になった。


「えっと、私はこれから家政婦長に報告に行きますが、何かご入り用な物はありますか?」


「特には無いよ」


ランディは頭を下げ、扉に手を掛けた。

廊下に出て行こうとする寸前、足を止めた。

ちらっと横目で元帥の様子を窺う。

彼はランディの視線に気づくとひらひらと手を振った。

人畜無害の微笑みに何となく不安を覚えた。


だから立ち去る前に念押しをする。


「不躾で申し訳ないのですが……二度寝は無しでお願いします」


そう半目で告げると、元帥はぷっと吹き出した。


「大丈夫。君との会話できっちり目は覚めたよ」


声高く笑ったところを見ると大丈夫そうだ。

元帥を起こすまでは大変だが、その後の問題は特段無さそうだ。

起こし方がどうであれ、使用人としては礼儀がなっていなくても咎めることも無い。

性格も攻撃的ではない。


少し明るい任務遂行を期待する。

初めての仕事成功に心が浮かれていた。


こうしてランディの前途多難な戦いが幕を切ったのだ。

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