城からの使者
木々の葉が、赤や黄に彩られ、木枯らしがかすかにそよぎ始めた頃だった。昼過ぎ、エルハールは、建ったばかりの馬小屋のそばで、落ち葉をかいていた。母マリーに縫い物を言いつけられたが、まだ馬小屋を離れたくなかったので、掃き掃除を申し出たのだ。たった四頭の馬は、特別豊かでないクローア家が、四年かけて貯めたお金で買った財産でもある。動物が大好きなエルハールは、馬を一目見た瞬間から、頭から馬たちのことが離れなくなっていた。山羊たちは、これほどたくましく、優しい目をしていないからだ。父ロマスが建ててくれた真新しい小屋に一日中いることも珍しくなかった。
エルハールは先週14になったばかりだった。昔から明るく、誰に対してもにこやかに振る舞っていたので、近所の人々は時々、「あの子はひょうきんだねえ」とささやきあっていた。しかし、正義感が強いのも彼女の一面で、悪いことをしていれば、大人でも子供でも止めに入るのがエルハールだった。
「エルー!」
遠くから女の子の叫ぶ声が聞こえた。エルハールはハッと顔をあげ、声の主の方を見た。
「リィナ?」
一番近所の家のリィナ・ミーハはエルハールの大親友だ。物心ついたときから仲良しで、二人の間に秘密はなかった。
「大変よ!」
息をきらしてエルハールの目の前まで来たリィナは、顔を輝かせて言った。
「城からの知らせがあるの」
「どういうこと?」
「先刻、お城からの使者が来たのーーーここにももうくるはずよ」
リィナはこげ茶の髪の、母親に似た美人で、とき色ーーー淡紅色の瞳は常に煌めいていた。黒髪で翠の瞳のエルハールは、それが女の子らしく見え、羨ましかった。
「あ、ほら」
リィナが指差した先に、馬の影が見えた。それはだんだん大きくなり、ついには二人の前で止まった。立派な馬の上から二人に声をかけたのは、思いがけず若い青年だった。だが、身長は高めで姿勢が良かったので、彼はそれらしく見えた。
「先程のミーハ家の娘さんとーーーここの家のお嬢さんだね」
エルハールは唖然としながらも頷いた。
「ロマス・クローア、マリー・クローア夫婦のお宅で正しいかい?」
これにも頷くと、彼は安心したように息をつき、馬を降りた。馬小屋を見ると、借りるよと言って馬を中へ引いて行った。その隙にエルハールはリィナと一緒に家へ駆け込んだ。ロマスは見当たらないが、マリーは縫い物をやっている最中だった。
「母さん!お城からの使者が来たの!どうすればいい?」
マリーはハッとして二人に目を向けた。
「本当?何か大事かしら。こんなこと、王のご即位以来よ。あなた?」
奥で何かをしていたらしいロマスはすぐに出てきた。
「何だ何だ?…お、リィナちゃん、こんにちは」
「こんにちは。ね、ロマスさん、お城からの使者が来ているの」
「何だって。それは、早く家に上げてもてなさなければ。今どこにいらっしゃる?」
「馬小屋よ、父さん」
「わかった。二人とも上がって、服装を直しておいで。マリー、お茶の準備を」
ロマスはテキパキと指示をして、靴をつっかけ出ていった。
マリーは立ち上がり、急いで準備をしながらリィナに聞いた。
「もうリィナちゃんちには来たの?」
「はい。結構、エルが興奮しそうなことでしたよ。もう一回、わたしも聞いていっていいですか?」
「もちろんよ。じゃあ二人ともおいで。ミルクティーかジュース、どっちがいい?」
「ジュースで」
「わたしも」
ギリギリ、コーヒーと奇跡的に昨日作っておいた木の実のケーキをおいたところで、彼らは入ってきた。
「ご足労ありがとうございます。どうぞこちらへ」
マリーは三つ編みをのけて席を勧めた。