第6話:戦闘代行屋<赤翼>
戦闘都市ジンド中央区、中央広場。
「うっし、看板も出来たな」
「素晴らしい看板かと」
スカーレットがあの空き屋の前で、レクスと共に入口の上を眩しそうに見上げた。
そこには達筆で、〝戦闘代行屋:赤翼〟と書かれた看板が掲げてあった。
「お嬢様、掃除および生活用品の搬入と設置を終えました」
店内から出てきた、汗一つかかずにそう報告するジゼを見て、スカーレットが驚く。
「早えな。重くなかったか? キースの奴に手伝わせても良かったのに」
「良い訓練になりますから」
そう言って、ジゼが年相応の笑みを浮かべた。その様子は大変可愛らしいが、ベッドやら収納棚やらを自力で二階や三階まで階段で運んだことを思えば、素直にそうは思えないスカーレットだった。
「うーん。ちと教育の仕方間違えたな。せめてメイド服以外も着てくれたらいいんだが……着せ替えの楽しみがない」
スカーレットがそう言って、ため息をついた。今日も彼女は砂漠の民の踊り子のような服を着ており、その美貌とプロポーションを存分に周囲へと見せ付けていたが、本当はジゼにも色々と着せたい服があった。
「スカーレット様のメイドであることがジゼにとっては何よりの喜びですからな。あの子は恐れているのです。メイド服を脱いだら、自分が自分で無くなってしまいそうだと。彼女の異常な強さとスカーレット様への執着に対する代償でしょうな」
「……反省はしてるから、遠回しにあたしをチクチク責めるなよ、レクス」
嫌そうな顔をするスカーレットを見て、レクスが微笑んだ。
「責めるだなんてとんでもない。さ、いよいよ戦闘代行業も今日から始まります。気を引き締めていきましょう。初日が大変だと、キース様も仰ってましたからね」
「かはは、そりゃあ楽しみだ」
猫のように大きく伸びをすると、スカーレットが店の中へと入っていく。
中はほとんど元の飲食店のままだが、全てジゼによってピカピカに磨かれていた。
更に壁際には執務用のデスクと椅子が置いてあり、そこがレクスの定位置となっている。ジゼは雑用家事その他諸々を担当し、今もドアに嵌め込まれたガラスを丁寧に拭いていた。
天井のファンが静かに回り、ひんやりとした風を店内へと運んでいる。
スカーレットはというとカウンター席に座り、ジゼの入れた冷たい紅茶を楽しんでいた。
「賭けをしようぜ、レクス、ジゼ。あのドアを最初に開けるのは――クソ野郎だってのにあたしは五万ガル賭ける」
「ふっ、それでは賭けになりませんな」
レクスが笑いながら、パイプをくゆらせた。
「私はキースさんが最初だと、五万ガルとお嬢様の寝顔スケッチ集を賭けます」
「……おい、なんだそれ。あたしはそんなん知らんぞ!」
スカーレットが立ち上がった瞬間、空気がピリつく。
殺気を放ったのはジゼであり、彼女は素早くドアを開けると外へと飛び出した。
「……始まりましたな、洗礼が」
「ジゼ、やり過ぎんなよ……ってもう聞いてねえな」
ぼやくスカーレットをよそに、外へと飛び出たジゼを待っていたのは、三人の荒くれ男だった。
彼等の一人がボーガンを携えており、それを店へと向けていたのをガラス越しに見てしまったがゆえにジゼは外へと飛び出したのだ。
お嬢様の店に矢を向けることは、お嬢様に向けているのと同義。
それはつまり、殲滅すべき敵であると――そうジゼは判断した。
「おい女、誰の許可を得てこんなところで店始める気だ?」
「ちゃんと〝九ツ首〟に報告したかあ!?」
「さっさと、主人を出しな」
男達が脅すような声と共にジゼを睨み付けた。
しかし、それがどうしたとばかりにジゼはスカートの裾を摘まむと、優雅にお辞儀をする。
それは何とも珍妙な光景であるが、その後のセリフは更にその場違い感を加速させた。
「――ようこそ、戦闘代行屋〝赤翼〟へ。御用がありましたら武器を仕舞った上で行儀良く、せめて人間らしくご来店いただけば幸いです」
それは紛れもなく――ジゼによる挑発だった。
ジゼはスカーレットによって特殊な訓練を受けているので、やべえ奴になっています