プロローグ
笑うというのは、動物のなかでも人間しかできないことらしい。
楽しいときに笑う、
嬉しいときに笑う、
人を欺くために笑う、
人を見下すときに嗤う。
気付けば、愛想笑いばかりが上手になって、
純粋な笑い声が羨ましくて、
沢山の嗤顔に騙されて、
誰かのわらいごえが怖くなっていた。
自分のことを考えるたびに自分が嫌になって、
自分のことを見るほどに自分のことが分からなくなった。
ベッドに転がっても驚くくらい寝付けなくて、
冴えた目をこすりながら頭に浮かぶのは怒号と嘲笑で。
それを放っておいたら常に眠くて怠い身体になった。
数分前のことと何年も前のことを同時に思い浮かべながら、
無気力に身体を預けていた。
涙を使い切ったように泣けなくて、
漠然とただ息をしていた。
誰かの存在を求めながら、
ずっと自分以外のみんなが怖くて、
誰かが現れるのを願いながら、
もう人と関わること自体が億劫だった。
間違った選択肢を選んでその人に嫌われてしまうかもしれない、
そう思いながら立ち回るのも、
求めながら他人の行動に不満を感じる自分も、
本当に嫌だった。
色々考えていくうちに、
自分と話すなら嫌なことも言わないし嫌われない、
そう思って自分自身と会話するようになった。
そして自分の中に姿のない兄妹をつくった。
ある程度の救いを見出しつつも、
時間が経てば経つほど心身ともに疲れてきて、
夜の空気に少し居場所を見出すようになって、
何となく、家のなかでじっとしてられなくて、
ときどき夜の公園に散歩するようになった。
夜の道路は殆ど誰もいなくて、
ときどきトラックとタクシーが通っていた。
道路の真ん中を歩きながら、
数十メートル後ろにいる車の音を聞きながら、
このままここにいたらどうなるんだろう、なんてことを考えていた。