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95.魔幻白蝶

 12月の野営はさすがに寒いが、隊員たちは皆平気そうだ。雪さえ降らなければ大したことないらしい。

 さすが騎士。鍛え方が違う。


 フィリアは焚き火に一番近い寝袋に入って丸まりながら、温々石を抱き締め直した。温々石は常にほんわか温かい魔石なので、間違って魔消ししないように気を付けなければならない。


「フィリア、眠れそう?」

「うん。今回は大丈夫だと思う」

「良かった……けど複雑」

「またそれか」

「俺だけの特権だったのに」


 実のところそうでもない。ミオーナが突撃してくるパジャマパーティーは、開催2回目で寝落ちしている。


「えっ、違うの?」

「…………さあ」

「嘘だろ? 誰?」

「……ミオーナ」

「あいつ……!」

「まったく。あんたたち、さっさと寝なさいよ」


 黙っていたのに目敏い男だ。隠しきれないとフィリアはすぐに白状したが、アルグレックは恐ろしく苦いお茶を飲んだような顔をしている。

 反対隣からミオーナの呆れた声が聞こえ、フィリアはそちらに顔を向けた。


「眠れないならいつもみたいにくっついて寝てもいいのよ? いつもみたいに」

「いつもって……一回もないけど」

「あら。一緒のベッドで寝た仲なのに」

「ベッドで話しててそのまま寝ただけだろ」

「やっぱりミオーナはライバルだ……っ!」

「ああもうめんどくさ」


 どちらに身体を倒すことなく、フィリアは寝袋に潜り込んだ。


 その様子にアルグレックは作戦通りだと安堵した。他の誰にも、彼女の寝顔は見られたくない。


 その彼女の向こうから、ミオーナがわざわざ頭を上げて物言いたげな視線を寄越してきたが、彼は無視を決め込んだ。



 予想通り、フィリアは眠ることができた。何度も起きてしまったが、前回のことを考えるとかなり前進したと言える。


 欠伸をしながら伸びをすると、副隊長と目があった。慌てて口を閉じて会釈をしたが、笑って頷かれた。なぜか妙に満足そうだ。


 ほとんどの隊員はまだ寝ているようで、時折誰かの寝息が聞こえる。



「おはよう。寝れた?」

「うん。おはよう」


 既にアルグレックは起きていたらしく、スッキリと晴れやかな顔だ。野営したとは思えないほどの爽やかさに、なぜか負けたような悔しい気分になる。


 ぐっすり眠れた訳ではないし、寝起きの顔はきっと酷い。恥ずかしさに目を逸らした。そんなフィリアをアルグレックは嬉しそうに目を細めた。


「フィリア、寝ぐせついてる」

「え、どこ……これ?」

「もうちょっと上。あ、そうそれ」

「ふああ……ちょっと、朝からいちゃいちゃしないでよ」

「これのどこがいちゃいちゃだって? 勤務中だからって抑えて抑えて死にそうなくらい抑えてるのに!」

「当然でしょう?」


 少し寝ぼけ顔のミオーナに食って掛かるアルグレック。フィリアは溜息ひとつ零して寝ぐせを直しに川へ向かった。


 冬の川の水は冷たい。いつの間にか甘やかされてしまった身体にはとても堪える温度で、なかなか水を顔にかけられない。



「水、冷たいなら僕がお湯にしてやってもいいけど?」



 ふふんと自慢気な声でやってきたのはベニートンだ。その顔を見た瞬間、不思議と決心がつき、勢いよく川に頭ごと突っ込んだ。


 妙に馴れ馴れしいこの男に頼むのは嫌だし、恵まれるのも癪だ。



「は!? ちょ、何してんの!」



 何って、洗顔と寝癖直しを一度に終わらせただけなのに。


 落ちそうなほど目を見開いているベニートン――だけでなく近くにいた隊員たちも大いに驚いていたが、フィリアはお構いなしに持ってきたタオルでガシガシと顔や頭を拭いた。


「そーんなに警戒しなくてもいいだろ~?」

「胸がダメなら頭に手を当てて考えれば」

「……」

「……」

「………………もし、ちゃんと謝ったら、僕とも友達になってくれる?」

「は?」


 聞き逃しそうなほど小さな声。いつもの可愛気のないものとは違って、とても頼りなくて自信のない声だった。



「ベニートン……やっぱり帰ってからじっくり話し合おうな。拳で」

「カンベンシテクダサイ」



 ベニートンの肩に置かれたアルグレックの指は、メキメキと音が聞こえそうなほど食い込んでいる。

 ふとタオルが取り上げられてそのまま髪を拭かれた。手付きでミオーナだとすぐに分かる。


「風邪引くわよ」

「ありがと」

「俺がしようと思ってたのに……!」

「早い者勝ちよ」



 フィリアは大人しく髪を拭かれながら、ベニートンの先程の言葉を思い返していた。

 あんなに魔消しを嫌っていたのに、友達になりたいなんてどういう風の吹き回しだろう。それに何度もアルグレックの地雷を踏み抜いているようだ。


 フィリアはふと、納得する答えを閃いた。


 もしかしたら、彼はああ見えて実はマゾなのではないか。


 なんだか妙にスッキリしたフィリアに対し、ベニートンは嫌な予感がしたとかしなかったとか。




 今回の遠征目的は、森の中にいる魔幻黒蝶の王虫(キング)女王虫(クイーン)の討伐だ。大まかな場所しか判明しておらず、いつ遭遇できるかは分からない。

 そのため、遠征予定としては4日間だが、討伐できなければ伸びる可能性もあるという。


 特隊員たちのお荷物になるのは申し訳ないが、元両親たちの再突撃に怯えてひとり家にいたくなかったフィリアは、前回同様真面目に魔消しに勤しんだ。


 薄暗い森の中を進む。


 副隊長が手を挙げて隊が止まった。今までと違うハンドサインに首を傾げていると、ベニートンが何度も振り返っては赤い顔でこちらを見ている。


「これは……魔幻白蝶だ。フィリア君、どうだ? あそこらへんには何がいるように見える?」

「……巨大トカゲが5頭見えます」

「君はすごいな……私には孫が手を振ってるように見える……はあ……」


 隊長が真後ろに立ったことを確認してから指を差すと、一部の隊員から小さな悲鳴があがった。


 魔幻白蝶は魔幻黒蝶の何倍も強い幻覚作用を持ち、当人の願望が強く現れるという。自分の願望の具現化されたものは倒したくないのだろう。隊長も顔を歪めている。


 幻覚を見ている時間と同じだけ、直前の記憶から順に消えてしまうという恐ろしい副作用もあるため、討伐は驚くほどスピーディーに行われた。

 アルグレックの魔法により魔幻白蝶も氷漬けで確保し、一旦森から出ることになった。幻覚作用が抜けるまでの待機だ。



「アルグレック、よくやった! 捕らえたのは魔幻白蝶の王虫(キング)女王虫(クイーン)だった。これでかなり捗るぞ」


 おお、と隊全体に歓喜のどよめきが走る。

 フィリアもおめでとうとアルグレックに声を掛けたが、彼は目を合わせずにギギギと明後日の方向へ首を動かした。


「ありがとう。でも、ごめん。ちょっと待って。今フィリアの顔見れない……ああ、フィリアが悪いんじゃなくて、その、幻覚が残ってて」

「ふうん」


 それなら仕方ないかと思う反面、少し寂しい。言わないけれど。


 いつもならすかさず揶揄うであろうセルシオもミオーナもだんまりで、それどころか隊全員の顔が赤いか青いかのどちらかだ。願望が見えて恥ずかしいのか興奮しているのか、はたまた倒す羽目になって気を悪くしているの分からないが、皆誰とも目を合わせようとしなかった。



「嘘だろ……あれが僕の願望……!?」



 ベニートンに至っては信じたくないらしい。同情の目を向けたのに、こちらでもまた思いっ切り顔を背けられた。真っ赤な顔で。


「ベニートン……?」

「僕は別に何も! 満面の笑みなんて何かの間違いです絶対!」

「ほ~う?」

「△#〇%◇&※!?……ちちち違いますっ! 誤解ですっ!!」


 急に腹黒が降臨したアルグレックががっしりとベニートンの肩を掴んだ。

 その様子を横目で呆れたように見ていたミオーナが、それにしても、と呟いた。


「フィリアはすごいわね。魔幻白蝶まで効かないなんて」

「そうそう。流石あれだけデカい落雷石持っても平気なだけある」

「落雷石か。懐かしい」


 皆が皆、話題を逸らすかのように落雷石の話で盛り上がる。


 もし幻覚が見えたら、自分は何を見るのだろう。金? 魔法? それとも――


 フィリアはただひとり、少しの感傷を胸にそんなことを考えていた。



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