93.ルオンサのお守り
翌日魔消しのあとに団長に呼ばれ、フィリアはひとり執務室に向かった。
部屋に通されて驚く。そこには元兄であるルオンサもいたからだ。先程転移魔法で来たという。便利なもんだ。
団長は副隊長から話を聞いて、すぐにルオンサに連絡してくれたらしい。
「エスカランテ卿から聞いたよ。すまなかった。旅行に行くと言っていたのに、まさかフィリアを拐うつもりだったとは……あの人たちにはすぐに帰らせるよう手配しているから」
「それは助かるんですが……その、なんで今更?」
フィリアの質問に、ルオンサと団長は顔を見合わせてから小さく頷いた。
2人の真剣な顔に、嫌な予感がする。
「まだ話せないこともいくつかあるが……端的に言うと、フィリア。お前は王家に目を付けられている」
「……は? はい? 王……え? 何ですか?」
「聞き間違いじゃない。王家、と言った。だが安心しろ。決して悪い意味じゃない」
それのどこに安心できる要素があるというのか。縋るようにルオンサを見ても頷かれるだけ。
「シュメラル伯爵“現”当主はまだ詳しいことは分かっていないようだが、フィリアを戻すことで利がありそうだと嗅ぎ付けたらしい」
現当主と強調した団長に、フィリアはまたルオンサを見た。手紙にあった、ルオンサが当主を継ぐというのは案外すぐなのかもしれない。
「利、とはなんですか?」
「王家はお前の魔消しの強さに関心を寄せている。王族は魔力が強く、祝福も強い傾向にある。それが王族にとって好ましいかはさておき」
「つまり、好ましくない祝福が出たと?」
団長は眉を上げ、答えなかった。明言が憚られるようなことなのだろうとフィリアも追究を止めた。
「そういう訳で、もしかしたら王家からフィリアに何らかの協力が求められるかもしれない。本来ならきちんと協力要請があってから話すつもりだったが」
「今すぐに協力することは難しいんですか」
「無理だ。まだ……検査が受けられない」
つまりその好ましくない祝福持ちは5歳以下なのだろう。この国では5歳にならないと基本的には魔力検査が受けられない。魔力の総量が減る可能性があるし、魔力も祝福も5歳にならないと確定しない。
「いつ確定するんですか」
「1月中旬頃だな」
「これからまだ約1ヶ月ある。せめてそれまでの間、シュメラル家がフィリアに警護を雇おうと思うんだ」
「ありがたいですが、そこまで必要なんですか?」
そこからはあまり知りたくなかった元両親の話を聞くことになった。
ルオンサ曰く、彼らは平民がイメージする嫌な貴族そのものらしい。上の者には媚びへつらい、下の者はとことん見下す。金と権力を使って、自分たちの利益の為ならどんなことでも平気で行い、最後は簡単に切ってしまう。家に突撃していた時の様子を思い出して、悲しいほどに納得した。
だからフィリアは簡単に捨てられたのだな、と目を伏せた。それに気付いたルオンサは慌てて、それが嫌でさっさと世代交代させるよう手を回していると言葉早に続けた。
世の中知らないままの方が幸せなこともあるのだな、とフィリアは思った。
「あの2人を放し飼いにするつもりはないが、腐っても現当主には変わりない。用心しておくに越したことはないよ」
「はあ……」
「私もなるべく早く爵位を引き継げるように動く。そうすれば領地に引き籠らせることくらい容易いから」
きっぱりと言い切ったルオンサは、いつもの線の細い印象とは違ってとても頼もしく見えた。
団長の視線に気付くと、彼はニヤリと笑った。背中がぞわぞわして思わず頬が引き攣る。
「というわけで、シュメラル伯爵次期当主からうちにフィリアの護衛の依頼が入った。お前にはとびきりの護衛を付けてやろう」
「……まさか」
「おう。特隊だ」
職権乱用して楽しんでいないかと胡乱な視線を返したが、「特隊の遠征に参加すれば一石二鳥だろう」と、まさか自分が任務に加えられる側だとは思わなかった。
フィリアは昨日3人に言われた通り、騎士棟の食堂で一緒に昼食をとった。夜もこの4人で食べに行く予定だ。
午後からは副隊長に執務室で書類整理を手伝ってくれないかと言われている。気を遣ってくれていると分かっているので、フィリアはもちろん快諾した。
特隊の鍛練には隊長が付き、フィリアは副隊長に指示されながら書類を分けた。「これでまたアルグレック君に睨まれますね」と言われれば苦笑するしかない。
そのアルグレックは、約束の時間ピッタリに汗だくでやってきた。解散になった瞬間にダッシュで来たらしい。
「副隊長お疲れ様です! フィリア! 帰ろう!」
「お疲れ。これで終わるからちょっと待って」
「うわ……なんかこのやり取り良い……」
「アルグレック君、顔が崩壊していますよ」
頼まれた仕事をすべて終えてから副隊長に挨拶をする。「また明日」と声を掛けられるとアルグレックは大いに驚いていた。
「明日からの遠征、同行させてもらうことになった」
「ほんと!? 嬉し……いけど、フィリアまた寝不足にならないか心配」
「うーん、なんとなくもう大丈夫な気がする」
「そう? それはそれで嬉しいような、勿体ないような」
「なんで」
「男心も複雑なんだよ」
「意味不明」
今朝の出来事は追々話すとして、今はどこに食べに行くか決めよう。2人で思いつくままに料理を言い合い、結局行ったことのないポルトー料理はどうだろうという話になった。
コロッケが人気らしいとか、グラタンが看板メニューらしいとか、聞けば聞くほど心が弾む。ひとりでは食べられない量も、4人なら色々試せて楽しい。
足取り軽く待ち合わせ場所へ向かう2人は、どこにでもいる普通の恋人に見えた。
「へえ、ルオンサさん来てたんだ」
「うん。それで団長に私の護衛を依頼して、団長は特隊の仕事に放り込むことにしたみたい」
「あー……団長ならちょうどいいとか思ってそう」
「一石二鳥って言われた」
「やっぱり。だから急に明日遠征になったんだな」
ミオーナたちを待ちながら、団長の執務室での話をする。苦笑していたアルグレックだがすぐに、でも、と呟いた。
「フィーと毎日会えるのは、結構嬉しい」
「……ああそう」
つい可愛くない言葉になってしまう。この男はあの時言った通り、確かに2人の時しかそう呼ばない。
ちなみにフィリアがアルと呼んだのはあの1回だけだ。むしろよくあの時言えたなと思う。
「でも中々2人っきりにはなれないから、それは残念だな」
「はいはい」
「本心なのにー」
「はいはい」
唇を尖らせて拗ねたアルグレックに、フィリアは小さく笑った。下手な演技なのに少し可愛いと思ってしまうのだから、我ながら重症だなと思う。
のんびりと歩いてきたミオーナとセルシオにポルトー料理を提案すれば、すぐに了承された。
「遠征が終わったあとは何か言ってた? さすがに1ヶ月も遠征は難しいし」
「団長が遠征中に考えとくとは言ってたけど……」
グラタンをつつきながらフィリアはそこで言葉を切り、午前中の会話を思い浮かべた。
『アルグレックに泊まり込んでもらうのが一番手っ取り早いがな。曲がりなりにも騎士だ』
『……エスカランテ卿。それはもちろん冗談ですよね?』
『恋人なんだから問題はないだろう? あいつのこともどうやらバレていないようだし』
『大アリです!! 未婚の男女が同じ家で泊まるなど! そういうことでしたらこちらで雇った者をここに派遣します!』
『あ〜分かった分かった。真面目で頑固なのはそっくりだな。隔世遺伝か?』
今までからは想像できないほどのルオンサの剣幕に、団長もお手上げと言わんばかりにきちんと警護させることを約束した。
そうしてフィリアには護身用だと強力な結界の魔法陣と、お守りだという不思議な色の石の入った袋までくれた。
『急に兄面されてフィリアは嫌かもしれない。でも、僕は君を唯一の妹だと思っているし、今までできなかった分なんだってすると約束する。だから困ったことがあればすぐに僕に言ってほしい』
もう今更何をと思うこともなく、むしろ少しくすぐったいような気持ちでフィリアは頷いた。
そういえば、とフィリアはそのお守り石を取り出し、彼らに見せた。
「これルオンサさんからもらったんだけど何の……え、ほんとに何」
アルグレックとミオーナは目をこれでもかというほど見開き、セルシオに至っては身体を仰け反らせた。どの表情も驚愕というよりドン引きだ。
「フィリアはそんな大きいの持っても平気なんだな……」
「何が?」
「石よ! その色は絶対間違いないわ! 通称、落雷石――触れた瞬間雷が落ちたみたいな衝撃が走る石よ!」
「ああ、魔石」
「ただの魔石じゃないわ! そんな大きさのもの、普通は少し触っただけで気を失うわよ!」
そんなに? とフィリアは首を傾げる。黄色と黒色のマーブル模様の石は掌に納まるほどで、さほど大きいとも思わない。
3人曰く、自分の魔力量を知るために、幼い頃に誰でも触ってみるものらしい。自分の魔力量以下なら普通の石と変わらない。けれど少しでもそれを超えた瞬間、泣くほどの痛みが襲ってくるそうだ。中でもやんちゃな男の子は大きな石を触りがちで、トラウマになることも少なくない。セルシオもそのタイプだった。そのため、多くの人が自分の触れる大きさを知っている。
「何かあったらこれを投げつければいいんだな」
「見せただけで効果てきめんよ……」
「へえ。ああ、魔法陣ももらったから、ミオーナ今日設置してくれる?」
これがいくつも入った袋をもらったとは言えない。そそくさとしまい込み、もうひとつもらったものを出す。
その魔法陣も強力すぎてドン引きされることになんて、露ほども思わなかったフィリアだった。




