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83.どいつもこいつも

 フィリアはブレスレットを見て、内頬を噛んだ。

 今日だけで何度こうしただろう。浮かれているのが自分でもよく分かる。


 けれどそれはフィリアだけではないと、恒例になってきたミオーナの突撃パジャマパーティーで知らされた。曰く、鍛練中はいつも通り真面目なのに、いざ終わると途端に顔が緩むらしい。


 ……同じだと認めたくない。



「そのブレスレット、あいつからかしら」

「……まあ、うん」

「今度こそ、言ったのよね?」

「それは、まあ」

「ふふ、おめでとう」

「……ありがと」


 どんな顔をすればいいか分からず、ついしかめっ面になってしまう。


 まさか自分がそういう好きになる人ができて、そのうえ同じ気持ちになるなんて想像もつかなかったのだ。

 ひとりで生きてひとりで死んでいく。ずっとそう思っていた。

 友達が、ましてや恋人ができるなんて。本当のところ、やっぱり今でも信じられない。



「あいつの様子で特隊全員がやっと信じたわ。貴女たちがちゃんと付き合ってるって」



 やっぱり一部にはバレていたらしい。

 よく分かるものだなと思う。だってフィリアは……


「ちゃんと付き合ってるって言われても、正直よく分かってない」

「どういうこと?」

「だって、別に何も変わらないし」

「ほんとの恋人になったのに?」


 素直に頷く。

 何かが変わってしまうと思っていたけれど、そうでもない。好きと言っただけ。それだけだ。


「キスはした?」

「っ、はあ!?」

「えーしてないのー」


 危うく噴き出すところだった。

 どうしてどいつもこいつもそんな不埒な単語ばかりすぐ口にするのだろう。あの時の髪に触れた感触が蘇って、フィリアは奥歯に力を入れた。


「何思い出したのよ」

「別に」

「もしかして髪にはキスされた?」

「なんっ、分か、はあっ!?」

「やだもう分かりやすすぎ! ほんと可愛いんだから!」


 フィリアは降参してクッションを引っ掴んで顔を埋めた。ああ、今すぐ仮面が欲しい。


 ミオーナはまだ笑っている。その笑い声が納まるまで、フィリアは顔を上げるもんかと心に決めた。


「その調子なら、一緒にいてドキドキはするんでしょ?」

「それは…………まあ」

「最初はそんなもんよ。ふわふわして現実味がないけど、段々慣れてくるわ。手を繋ぐのも、抱擁も、キスだって普通になるわ」

「ああそう……」


 果たして、そんな日が来るのだろうか。





 月曜日、いつものようにアルグレックが城門前で待っているのが見えた瞬間、フィリアは顔に熱が瞬間的に集まったことに慌てた。


 壊れそうなくらいに心臓が早鐘を打っている。

 どうしてこんなに恥ずかしいのか分からないが、とにかく顔を見られる気がしない。


「おはよう、フィリア。……フィリア?」

「お、おはよう」

「大丈夫? どうした?」

「待って何でもないから動くな。いいから、待て! もしくは伏せ!」

「また犬扱い!」


 アルグレックに背を向けて、フィリアは数回深呼吸した。


 仕事なのだから、()()()()を考えるな。この男だっていつも通りそうだ。自分だけ変に意識するなんて可笑しい。

 これは仕事、仕事仕事仕事!


 バチンと両頬を叩くととても痛かった。けれど、気分は落ち着いた。


「よし」

「いや、めちゃくちゃ痛そうな音したけど」

「何でもない。行こう」


 なるべく男の顔を見ないように。見たら元に戻りそうな予感がする。

 それなのに。



「照れた顔、もう少し見てたかったのに」



 わざわざ顔を覗き込んだその瞳は、完全に熱を帯びていて。


 ああもう。元に戻ったどころか確実に酷くなった。ギッと睨み付けても、どこ吹く風どころか嬉しそうで腹立たしい。


 フィリアはアルグレックを無視して歩き出した。


「あ、待って」

「待たない」

「ごめん。怒った?」

「知らない」

「仕事で来る時はもうしないから、許して」

「……それなら、許す」



 全然反省した声色ではなかったが、そこからは以前通りに接してくれて安心した。

 フリの間もそうであったように、公私は分けていたい。魔消しのくせに浮かれてるなんて思われるのも嫌だ。絶対にアルグレックに迷惑がかかる。



「今日の夜、メシ行かない? コルデーロさんから安くて美味い店教えてもらったんだ」

「行く」

「じゃあ終わったら家に迎えに行くよ」

「夜の鐘の頃にギルド前は?」

「分かった。暗くなるの早くなったから、森も気を付けて」

「うん」



 まだまだこのくらいの雰囲気が気楽だ。あんな熱の籠った目でずっと見られるとのぼせてしまう。



 フィリアは週の半分くらいは冒険者ギルドで依頼を受けていた。


 お金に困っていないどころか、フィリアにとっては潤沢と言えるほどある。魔虫事件での報酬は目が飛び出そうなほど出て、サインする手が震えたのは記憶に新しい。


 それでもギルドに来るのは、単純にすることが他に思い付かないからだ。


 単価の安い危なくない薬草ばかり採取しているので、半日いても特隊の魔消しひとつ分ほどにしか稼げない。それでも暇を潰せてお小遣いももらえると思えば、そこまで苦ではなかった。



 大方今日の予定数は採り終えたので、フィリアは少し早いが切り上げることにした。ギルド前の階段に腰掛けてアルグレックを待つ。



「あらぁ? フィリアちゃんじゃな〜い」

「やだほんと〜元気ぃ?」

「げっ」

「そんな喜んじゃって、今日も可愛い〜」


 鼻にかかる甘ったるい声ときつい香水を撒き散らしながら、寒そうな格好の若い娼婦2人組が嬉しそうに寄ってきた。

 人攫いの時の被害者であり、フィリアを見かけるたびにやたら絡んでくる娼婦の筆頭でもあった。魔虫事件でも結石を魔消しに来ていた。


「この前はありがと〜おかげで仕事も超できちゃう」

「お客さんがいたらだけどぉ」

「それ~!」


 今日もいつも通り訳の分からないことでケラケラと楽しそうに笑っている。

 フィリアもいつも通り鼻を抓んだ。


「やだ、あからさま〜」

「フィリアちゃんにも分けてあげる♡」

「いらない臭い寄るな」

「素直すぎてウケる〜!」


 何が面白いのか。そして寒くないのか。

 じわじわと迫ってくる2人から逃げようと腰を上げた。


「で、今日は何の用」

「なんかソワソワしてたから今日はデートかなって〜」

「なっ、はあ!?」

「「ビンゴ〜!」」


 ああもういやだ。今後はローブのフードを被って俯いて過ごそう。仮面も付けて。


「てことはぁ、麗しの菫騎士ここに来るカンジ?」

「やだラッキー、目の保養〜!」

「何そのさっむいあだ名」

「知らないのフィリアちゃんだけじゃなぁい? 2人とも超有名なのに〜」

「はあ? って何しようとしてんの」

「デートなのにボサボサじゃん〜結ってあげる♡」

「いらない臭い寄るな」

「ダメ〜」


 勝手に髪を結われる。確実におもちゃ扱いだ。なるべく鼻で息を吸わないように気を付けながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待った。


「んもう。デートなんだから、お洒落しなきゃ」

「放っといて」

「ダーリンが喜んでくれたらフィリアちゃんだって嬉しいでしょ〜?」

「でもぉ、麗しの菫騎士と付き合うなんて、もっとやっかまれて大変そって思ってたのに~結構みんな納得してない?」

「だってフィリアちゃんと一緒にいる時は超笑顔じゃない? 今まで誰とも目を合わせなかったしぃ。まあ魅了持ちって聞いて納得したけど~」

「確かに~! 2人セットだと菫騎士の麗し感アップしてる~!」

「フィリアちゃんのこと超好きなの伝わってくるのがいいのよね~♡」

「……」


 この会話をどんな顔して聞けばいいのか。フィリアは口元にぐっと力を入れて目を閉じていた。

 超強力な防音魔法陣が欲しい。今すぐ。


「やだ照れてる〜♡」

「可愛い〜♡」

「こら抱き着くな! ちょっ、どこ触ってんの!」

「……えっと、何してるの、フィリア」

「遅い!」

「ごめん……?」



 つい八つ当たりをしてしまったが、アルグレックが来たことによりようやく2人から解放された。


 2人の甘ったるい残り香がすごい。香水をつけたことのないフィリアにとっては強烈な香りだ。よくこれをつけていて鼻がおかしくならないなとさえ思う。


「ところで、あの人たちは新しい友達?」

「顔見知り。名前も知らない」

「さすが無自覚人たらし……」

「どいつもこいつもほんっと意味不明」


 自分だって寒いあだ名がついている癖に。


 不貞腐れたフィリアだったが、大きな手が繋がれた瞬間、もうどうでもいいことになった。



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