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80.事件の真相

 翌日1週間振りの特隊専属魔消師として城館へ行ったが、なんだか城館全体が暗く感じた。


 それも仕方ないことだろう。仲間だと思っていた騎士が数人逮捕されたのだから。


 城門で待っていたアルグレックも立会人の隊長も、またフィリアも言葉少なく仕事に勤しみ、そそくさと帰路についた。


 多くの騎士がそうであるように、フィリアも同じように心に小さく穴が開き、そこに虚しさが居座っている。


 スパイだったとかクーデターだったとか噂ばかりが広がって、真相は分からないままだ。


 フィリアもアルグレックたちも、お互いがお互いを気遣って食事に誘うことも躊躇った。真相が分かるまで、日常が戻るまで。



 じわじわと日常が戻ってきた頃、フィリアは魔消しのあとで団長に呼び出された。

 通されたのは団長の執務室で、窶れた姿はすっかり消え去っている。記憶通りの団長の姿に安堵した。


「おう。来たか。そこに座ってくれ」

「はい」

「怪我は治ったか?」

「はい」


 医者のイデルがわざわざ調合してくれた薬のおかげで今ではすっかり跡も分からなくなった。殴られた頬の変色はすごく、最初の3日は口を開けるのも痛かったけれど。


 恐ろしく高そうな革張りのソファに恐々腰を下ろす。フィリアは団長が話し出す前に言いたいことがあった。

 書類にサインを終えた団長がソファに着くところを見計らって、フィリアはおずおずと口を開いた。


「あの、団長。すみません、先にいいですか?」

「なんだ。礼や詫びは言うなとかだったら却下だぞ」

「……」


 先手必敗なんてあるのか。ああ、今日もいい予感がしない。

 苦笑する団長から視線を外し、隠しもせずに小さく溜息を吐いた。


「言うに決まってるだろう。今回の魔虫の功労者はお前なのに、俺たち――いや、俺はそんなお前を囮にするような扱いをした。礼を言うのも詫びるのも当然のことだ」

「……アルグレックにも言われましたけど、囮のことなんて言わなきゃ気付きませんでした」

「隠せと? それを後でお前が知ったらどうなる。今でも俺への信頼は薄そうなのに、マイナスになるだろうが」

「……」

「いやそこは否定しろよ」


 否定しないフィリアに、団長は「まあいい」と今回の事件について話し出した。



 結論から言えば、過激派と呼ばれる組織が起こしたものだった。


 今回の魔虫事件と前回の人攫い事件は繋がっており、冬来虫の実験台のための人攫いだった。


 過激派というのはフィリアでも聞いたことがあった。


 この国はタルヴェール教を主教としている。唯一神タルヴェールがこの国を創り、人々に魔力を与えた。その中でも特別に愛された者には、特別に祝福を贈られた。



『魔力は神や人、国のために正しく使いなさい』



 タルヴェール教の最初に書かれた教えだ。


 長い歴史の中で解釈は多岐にわたり、現在も大小様々な派閥はあるが、その中でも過激派は祝福を持つ者は神の愛に応えるべく励まなければならない、と強く考えている集団だ。


 祝福を持つ者が、人々を正しく導かなければならない。そのためには祝福を持つ者が上に立つ必要がある。逆に言えば、祝福を持つ者以外が上に立つことは認めない、ということだ。


 今回と前回の事件は、団長をトップの座から引きずり落とすために練られた計画だったという。


 領主でもある団長は祝福持ちなのになぜ、と聞くフィリアに、団長はただ淡々と感情を乗せずに言った。


 彼らは『魔消しを堂々と使うなんて、正しく導ける祝福持ち(トップ)ではない』と言った、と。


 フィリアの心がずしんと重くなる。結局は『魔消しは神に嫌われた悪』から始まっていることなのだ。

 視線を下に落としたフィリアに構わず団長は続けた。



「人攫いと魔虫事件の犯人を魔消し(フィリア)に仕立て上げ、城館で働く者や市民に魔消しへの不信感を煽り、雇った責任者である俺を失脚させる予定だった。途中までは上手くいっていたようだな。だが、最後の最後で焦って失敗した。なぜだと思う?」

「さあ……」

「お前だよ。魔消しのお前が、自分で不信感を跳ねのけたからだよ」

「はい?」



 何もしたつもりのないフィリアは、団長はなぜ笑うのかも分からなかった。


 過激派の当初の計画では、団長が臥せったあと、仲間があの魔虫の結石を消す魔虫を放つ予定だったという。同時に魔消しが「魔力持ちを恨んで、あの冬来虫を作った」という噂を流し、団長と魔消しを追い出す予定だった。


 それがいち早く団長が魔消しでも結石を取り出せると気付き、また魔消し(フィリア)もすぐに協力した。そう信仰深くない者がどんどん魔消しに絆されていくのを見て焦った過激派は、魔消しの自作自演だという噂に軌道修正した。


 けれど噂は最初に魔虫のことを街中にリークした時とは違い、まったく広がらなかったらしい。


 特隊を始め、フィリアを知る街の人々がその噂を否定した。

 そしてその他の騎士や術師、街の人々の半分も、その噂を信じなかった。彼女が葛藤しながら、そして副作用に耐えながらもきちんと仕事をしたと、その目で見たからだ。


 改心した者も少数だがいる。今まで自らが魔消しに対して言ったこと、思ったことを思い出して、自分が逆の立場なら同じことができるかと。


 前の噂――人攫い事件の貢献者は魔消しだという団長たちが流したもの――もあったからこそだろう。



「それなのに、結果的にフィリアを囮にした。すまなかった」

「いえ、あの、ほんとに気にしてないんで……謝られるより報酬に上乗せの方がありがたいです」

「はは。お前はブレんな……ヘラルドは、後悔しているようだった。憑物が落ちたように、捜査に協力している」

「そう、ですか……」



 彼の後悔は、遠征で魔法陣を作ってくれた時から始まっていたのだろう。きっとアルグレックやミオーナが気付くと踏んでのことだ。


 分かっていても、やっぱり虚しさは消えない。


 魔消しがいなければ、私がいなければこんなことは起こらなかったのではないか。不意にそう考えてしまうのだ。



「言っておくが、お前のせいではないからな。彼らの計画は前任者のゴードンの時から始まっていたものだ」



 フィリアは苦笑した。

 今までどうせ嫌われているからと隠す気もなかったが、こうも自分が分かりやすいとは思わなかった。



「報酬は来週にでも出せるだろう。お前の貢献を讃える表彰式やパーティーをしてもいいし……おー、嫌そうだな」

「心の底から嫌です」

「そんなのに使うなら報酬金上げろってか? まあ、そう言うと思ったがな」



 物知り顔でにやりと笑う団長。揶揄われていると分かっているので返事はしなかった。

 それでも気を悪くした様子はなくて、団長はこうやって部下たちの心に入っていくのだなと感心した。



「それで、ブルーノ・オルティスのことだが」

「?」

「お前もう忘れたのか? 魔消しの研究をしている男だよ。助手ひとり連れて、来週にでもここに来るそうだ」

「はあ」



 なんだかまた、面倒くさいことが起こりそうな予感がする。



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