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8.お礼は

 暫くブツブツ言っていたアルグレックだが、ひとつ溜息をついてからフィリアを見た。ちなみに名前の思い出せない男はまだ笑っている。


「フィリア、受けるかどうかの返事は急がなくてもいいから」

「いや、受ける」

「えっ! もう決めるの!?」

「ダメなの」

「いやダメじゃないけど! 助かるけど……! 俺の時は散々渋ったのに……」

「面倒くさい奴」


 再びブツブツ言い出したアルグレックと、更に大きな声で笑う大柄の男。

 フィリアはまるっと無視して、持ってきたペンでサインをした。事前にアルグレックから預かっていた個人情報用紙と報酬金庫受取用紙を一緒に渡す。


 副隊長と話した結果、とりあえずは月曜日と木曜日の朝に来ることになった。あとで制服まで支給されるらしい。靴まで支給されるというから驚きだった。


「そうと決まれば、我が特隊隊員に紹介したいのですが、これからまだ時間はありますか?」

「はい」


 小声で聞く隊長に合わせて小さく返事をすると、副隊長は音もなく続き間のドアを開けた。その瞬間に十数人が雪崩込んできた。


「紹介します。この盗み見してたのがうちの隊員たちです。皆、新しく我が隊専属の魔消師になってくれたフィリア嬢だ」

「よろしくお願いします」


 フィリアが会釈すると、副隊長の「直立!」の号令に合わせて立ち上がり、「礼!」でびしっと敬礼をした。一糸乱れぬ動きにフィリアは感心した。まさに腐っても鯛、と密かに思った。


「皆なんでここに!?」

「門番が慌てて教えてくれたんだよ。あのアルグレックが女連れて特隊のツートップに挨拶に来たって」

「例の魔消師だとは思ったけど、俺たちもひと目みたくて盗み見の機会を狙ってた」

「開き直って言わないで下さい! ごめん、フィリア。気付いてた?」

「隣の部屋が賑やかなことくらいは」

「防音魔術も効かないんだね……」


 それから色んな隊員に代わる代わる挨拶されたが、全く覚えられなかった。女騎士が2人いたことしか覚えていない。

 何人にもアルグレックとはどんな仲なのか聞かれ、一応友人ですと何度も答える羽目になり、説明しておけよと心の中で悪態をついた。表面上は誰も侮蔑した様子がないことにはほっとした。

 早速届けられた制服と靴を受け取り、人の輪から離れて仕舞っていると、アルグレックと大柄の男が声をかけてきた。


「フィリアちゃんも敬語使えるんだな!」

「必要があれば」

「俺らにはなかったってか! あっはっはっ! 隊長も副隊長も、フィリアちゃんのこと気に入ったみたいだぜ」

「はあ」


 さすがこの2人の上司。意味が分からない。気に入られる要素がひとつも思い付かない。

 談笑している隊長たちに視線をやると、にこりと微笑まれてしまった。フィリアも慌てて会釈を返す。


「それにしても良かったな、アルグレック」

「うん。ありがとう、フィリア。引き受けてくれて」

「いや……こちらこそ、ありがとう」


 お礼を言うのはこちらの方だ。こんなに好条件の仕事は自分では中々見つけられない。口先だけのお礼では全く足りないくらい、これは結構な()()になる。

 しかしフィリアにはどうしていいか分からなかった。


「フィリア? 何か気になることでも?」

「お礼をどう返していったらいいか……ずっと友達がいなかったから分からない」

「お礼なんて別に……!」

「そういう訳にはいかない」


 腕を組んで考える。

 お礼と言ったらプレゼントか? アルグレックの好きなものがさっぱり分からない。

 酒か? 肉? 何度かご飯を奢る? 本人が教えてくれた店で?


 考え込んでしまったフィリアを見て、大柄の男が笑いながら言った。


「そういう時はハグするもんだ」

「は? ハグ?」

「そうだ。友人なら、それで喜びを分かち合える。それで充分だ」

「ふうん、分かった。……ん」


 少し手を広げて一歩前に出てアルグレックの顔を見れば、見事に顔を真っ赤にして固まっている。何か間違ったかと首を傾げていると、大柄の男の大爆笑が起こった。

 アルグレックは口をパクパクさせて、ようやく絞り出した声は言葉になっていなかった。


「え……っ、えっ!? ええっ!?」

「死ぬ……笑い死ぬ……! ごめん、フィリアちゃん……お、俺が、わ、悪かった……! くっくく……っ!」

「フィ、フィリア、セルシオの話は信じなくていいから……!」

「はあ? あんたたちほんと面倒くさい」


 そうだった。セルシオという名前だった。

 ようやく思い出したフィリアだったが、からかわれた意味が分からない。

 そういやいつ帰ればいいんだろうか。フィリアは2人を放置して、昼ご飯は何にしようか考えることにした。



「あのアルグレックが照れてる……! あの女泣かせが……!!」

「それ見ても全く動じてないぞ、あの子……!」

「嘘だろ、あのアルグレックの一方通行!?」

「彼女にとって彼は、“美味しい店を知ってる便利な奴”らしいですよ。ふふ」

「「えええ!!?」」

「“面倒くさい奴”とも言ってたな」

「「えええええ!!?」」

「あの魔消師なんかすげぇ……!」




 昼前にようやく解放されたフィリアは、行きと同じようにアルグレックにギルド前まで送ってもらった。

 彼はとても上機嫌でフィリアの制服の入った包みを持っている。自分で持つと主張したが、結局折れた。二度拒否されるともうフィリアは諦めることにしていた。この男はどうせあの手この手で貫き通すと学習したからだ。


「昼飯、良かったら一緒に食べよう。隊長の許可は得てるんだ」

「分かった」

「食べたいものある?」

「和国料理の麺」

「よし行こう!」


 ずんずん進むアルグレックについていく。すれ違いざまに大きなプレゼントを抱えた男が見えた。

 そうだ。まだお礼は何がいいか聞いていなかった。

 店に入り注文を終えてから、フィリアは改めて聞くことにした。


「お礼、何がいい」

「いや本当にいいよ、気にしなくて」

「させてほしい」


 顔をうっすら染め、アルグレックは長い指を顎の下につけて考えた。

 返事を待つ間、フィリアもぼんやりと考え事をした。

 友達がいたことはあるにはあるが、修道院に入る前という遠い記憶すぎてほとんど覚えていない。


 友達ってなんだろう。



「うーん、浮かばない」

「欲しいもの、とか」

「ちょっと考えさせて。いいかな?」


 頷くのと同時に料理が運ばれてきた。煮干しの出汁がよく利いたあっさりめのスープが胃を満たしていく。よくこんなにたくさん美味しい店を知ってるもんだと感心する。


 食べ終わって水を飲んでいると、アルグレックがふと微笑んだ。


「美味しかったみたいで安心した」

「うん、美味しかった」

「フィリア、美味しい時はすぐに顔に出るから」

「あんただって」


 恥ずかしさと悔しさで反撃する。自分だって美味しい時は目を細めて食べる癖に。


「お礼思い付いた。お願いひとつ聞いてくれる?」

「いいよ。何」

「名前を呼んでほしい。……あ、いや、あの、アルグレックが呼びにくかったらアルでもアルグでも何でもいいから……! その、ダメ、かな……?」


 早口で言ったかと思えば、段々尻すぼみになっていくアルグレックの声に、そういえば呼んだことがないのに気が付いた。


「そんなんでいいの」

「え、いいの!?」

「どれで呼んだらいい?」

「ど、どれでもいいよ! フィリアが呼びやすいやつで!」


 その瞬間、フィリアはボールを取ってきて褒められるのを待つ犬を思い浮かべた。犬を飼ったことはないのだが。



「アルグレック」



 改めて名前を口に出すと、少しくすぐったい気持ちになった。当の本人はというと、思った以上に恥ずかしかったのか、勢いよく立ち上がって「走ってくる!」といつぞやと同じように店を飛び出していった。今日は眼鏡をかけたままだから問題ないだろう。


 フィリアは伝票を手に取って、とりあえずまとめて会計を済ませることにした。



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