77.バレていた
客室に戻ってからも、アルグレックは出て行く様子はなかった。
「夕食はここに持ってきてくれるって隊長が言ってたから、それまでは一緒にいてもいい?」
「戻っていい」
「……フィリア、どうかした?」
「何でもない。いいから、行って」
「嫌。なんか変なこと考えてそうだから、言ってくれるまで戻らない」
そっと両肩を掴まれて顔を覗き込まれれば、目を合わす他ない。
冗談めかして言っているが、彼の目は真剣で。
フィリアはしばらく言いあぐねていたが、諦めそうにない男に観念して口を開いた。
「……だって、軽蔑しただろ」
「何が?」
「あんなこと考えて、魔消ししてたなんて」
彼らの前で言うつもりはなかったのに。あんな醜い感情、知られたくなかったのに。
再び目を逸らして唇を噛むと、アルグレックは優しい顔で小さく笑った。
「軽蔑なんかする訳ないだろ。むしろ当然の気持ちだと思う」
「……あんたの友達だっていただろうに」
「ああ思ってたのは、失礼な目で見てた奴らにだけだってことくらい分かってるよ。それに、俺がフィリアだったらしてやらない。大金払わせるか土下座したら考えてやってもいいかな」
「まさか」
「ほんとだって言ったら、フィリアは俺を軽蔑する?」
フィリアはゆるゆると首を横に振った。万が一この男がそんなことを要求することがあれば、それはきっとよっぽど酷いことをされた時だろう。
アルグレックは嬉しそうにフィリアを抱き締めた。
「ずっと後ろめたく感じてたんだろ? 皆気付いてたよ。フィリアが葛藤しながらも魔消ししてくれてたこと。もちろん俺も。だから、余計にフィリアが好きになった」
「……は?」
「優しくて、真面目で。それに、ちゃんと葛藤してたことも話してくれて。余計に好きにならないなんて、無理だよ」
「意味分かんない」
そう言いつつも、フィリアは心底ほっとした。
良かった。軽蔑されなくて。醜い感情も受け入れてくれて。
まだ、好きだと言ってくれて。
安心すれば、肩の力が抜けていく。フィリアはアルグレックに凭れかかるようにして目を閉じた。
「すごく、眠くなってきた」
「安心して?」
「…………うん」
「夕食来たら起こすから、それまで寝てたらいいよ」
抱き上げられてベッドへ運ばれることを、フィリアはすんなり受け入れた。安心しきった顔で、今にも眠ってしまいそうになりながら。
ベッドに置かれると、案の定フィリアはすぐに寝入ってしまった。アルグレックは彼女の亜麻色の髪をそっと撫でる。
日に日に悪くなる顔色と、軽くなっていく身体。心配で仕方なくて、代われるものなら代わってあげたい。
軽蔑されたんじゃないかと不安になるなんて、なんて愛おしいのだろう。
「ゆっくり休んで」
そう呟いたアルグレックの声色は、とても優しいものだった。
結局フィリアは翌日の昼までぐっすり眠ってしまった。それもミオーナに少々強引に起こされるまで、寝返りすら打つことなく死んだように眠っていた。
「疲れてるのにごめんね。ごはん、食べられそう? 少しは食べないと」
「少しなら、食べる」
「用意しておくから、その間にシャワー行ってらっしゃい」
「うん」
重たい身体を引き摺って浴室に向かう。あと丸二日くらいなら余裕で眠れそうだ。
熱いシャワーでも冷たい水でもシャキッとしない身体と頭。吐き気と頭痛がないだけマシか。
またしてもミオーナに濡れた髪を拭いてもらいながら、フィリアは出されたスープを口に運んだ。
「……うま」
滑らかな舌触りの冷製スープ。昨日まで食べていたサンドイッチとは全然違う、とても上品で手のかかってそうな味だった。
「フィリアは騎士団の食堂で食べたことあったかしら?」
「ついこの前、1回だけ」
「そこの料理長が、貴女にとても感謝して作ったスープなの。風邪ひとつ知らない健康体だったから、今回の冬来虫で数日間でも身体が鈍ったことがよっぽどショックだったみたい。私たちは全然わからなかったけど、いつもと味が違ったんですって。それが、フィリアの魔消しで治ったから」
「へえ」
フィリアは空返事でスープを掬っている。染み渡るような美味さに手が止まらない。食欲は全くなかったはずなのに。
「貴女に感謝している人間は、思っている以上に多いのよ。騎士も術師も、身体が資本だから」
「ふうん」
くすぐったさに、すっかり食べ終えてしまったスープ皿に目を落とす。
ミオーナはふふと笑みを零すと、髪を拭いていた手を止め、フィリアに視線を合わせた。
「貴女が複雑な気持ちでもちゃんと魔消しをしてたこと、みんな分かってて、感謝してるわ。素直に言えない人も多いけれどね」
「……は?」
アルグレックやミオーナだけでなく、みんな?
フィリアの眉間の皺の深さに、ミオーナは笑った。
「だってフィリア、全部顔に出るんだもの」
フィリアは目を瞠って頭を抱えた。
嘘だろう。「ざまあみろ」と思っていたことも、そのあとの後ろめたさも、全部バレていたなんて。
ああ。鎮魂祭の仮面、常に付けていられたらいいのに。
不貞腐れたフィリアに、ミオーナは優しい目をして頭を撫でた。
「ねえ、フィリア。貴女は私の誇りよ。貴女がこの街に来てくれて、友達になってくれて、本当に嬉しい」
「……」
「もしこれからも魔消しを悪く言う騎士が現れたら言ってやりなさい。魔消しの世話になったくせに! って!」
悪戯っぽくウインクするミオーナ。ツンとする喉の奥を誤魔化すように、フィリアはゆっくり立ち上がった。
「ミオーナ…………その、ハグ、してもいい?」
「! そんなの、いつでも大歓迎よ!」
一歩近付いたのはフィリアだったが、どちらが先に抱き着いたかは分からなかった。
やっぱりアルグレックとは違う。言う前が一番緊張した。
フィリアは目を閉じる。彼女はまるで。
……姉のような。母のような。
意識的に考えないようにしていた、家族を思い起こさせる言葉。
元家族のことはほとんど覚えていないから、なんとなくでしかないけれど。優しさや愛情をくれて、心配してくれて、時には叱ってくれて。
「私こそ……ありがと。ミオーナと、友達になれて良かった」
「ああもう! 大好きよ!!」
「うん、私も…………す……すき」
勇気を出した言葉に、ミオーナは腕の力を強めた。少し苦しい。
でも、嬉しかった。喜んでくれていることが、行動から、体温から伝わってくるから。
「ふふ。あいつにも、言ってあげて。誰よりも貴女を想って、誰よりもその言葉を待ってるわ」
「……頑張る」
ハードルが高すぎる。でも、いつか言えるといいと初めて思った。
言われるのも嬉しいけれど、言って受け入れられるのは、もっと嬉しいことに気が付いたから。




