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74.回復薬

 まるで身体が鉛になってしまったかのように重い。誰かの声が聞こえるが、反応できない。



「……て……リア」



 肩を叩かれている感覚。

 うう、もう少しこのまま。あわよくば諦めて。二度寝するから。


「フィリア。起きて」

「う……ん」

「疲れてるのにごめんね」

「ううん……大丈夫」


 ぴったりとくっついていた瞼をどうにかこじ開けると、昨日と同じようにミオーナが朝食を持って立っていた。


「今日は部屋が変わってて良かったわ。でも、入浴はまだそうね」

「うん……」

「起きられる?」

「うん……」


 支えてもらいながらなんとか起き上がる。既に布団の中に戻りたい。


 目を擦るのすら億劫で、フラフラとバスルームに向かう。朝食よりも寝たい。それはシャワーを浴びても変わらず、怠い身体を引き摺ってミオーナのところへ戻った。


「もうすぐ団長が来るって」

「ああそう。起こしてくれてありがとう」

「ううん……今日は街の人たちでしょ? そう多くないらしいから、今日こそ帰れるといいわね」

「うん」


 二口食べて手が止まる。ミオーナにはもっと食べるように言われたが、ちょうど団長が来たのでこれ幸いと片付けた。


「おう。疲れてるとは思うが、今日は市民をメインに頼む」

「はい」

「そう大きくはないはずだ。防錆油を使う職業は限られてるからな。特隊の新入りの観察は正しかった。正確には防錆油に含まれる香料に寄ってくるらしく、今は使用禁止を通達してある」


 そうして騎士団の管理する場所だけにその香料を置き、魔虫になった冬来虫をおびき寄せて駆除するらしい。

 けれど結石になってしまったものを取り除く方法は、まだ他には見つかっていないそうだ。


「回復薬効いたらしいな」

「はい」

「あいつの言う通りだな……一昨日2本、昨日3本だったか」

「はい」

「恐らく今日は1本目から副作用が出るだろう。数時間寝たくらいじゃ全快はしないからな」


 昨日よりも怠さが酷いのは、まったく回復が追い付いていないからだろう。それでもすると決めたのは自分だから、もう文句は言うまい。

 フィリアは両頬をピシャンと叩くと、「大丈夫です」と答えた。


「昨日も言ったが、無理はするな。市民の結石は大きくない。少しくらいのんびりしても罰は当たらんさ」

「大切な領民じゃないんですか」

「お前もその大切な領民のひとりだろうが」

「……そうですか」

「照れるな照れるな」


 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回される。抵抗する気力も残っていないフィリアは、ただ黙ってそれを受け入れた。




 部屋を出て、昨日と同じ簡易テントへ向かう。長蛇の列は見ないことにする。中には既にアルグレックと特隊のバイロン隊長がおり、フィリアが顔を覗かせた瞬間、隊長は顔を綻ばせた。


「ああ、まずはお礼を言わせてほしい。フィリア君。身体が全快するということがこんなに素晴らしいことだと、今更ながら思い知らされた。本当にありがとう」

「いえ」

「俺も。ありがとう、フィリア。多くの騎士や魔術師も同じようなこと言ってたよ。あの怠さが、嘘みたいに消えたって」


 そう、とだけ答えたフィリアには、それも一瞬のことだろうと分かっていた。多くの人がすぐに忘れ、残りの魔消しを嫌う人々は、忌々しい気分と共にいつまでも覚えているだろう。


 それでいい。そうやって、ずるずるとずっと覚えていれば。



「フィリア?」

「……なんでもない」



 後ろ暗いことを考えているのが顔に出ていたのだろう。

 心配そうなアルグレックの声に小さく首を振る。何か言いたそうな男を無視して、フィリアはさっさと始めようと椅子に座ろうとした。


 俄かに外が騒がしくなり、全員の視線が入り口に向かった。


「魔消しの女とは知り合いだって言ってるだろう!? いいから通せ!」

「おいっ! 順番くらい守れ!!」

「うるさい! 俺が先だ!!」


 そう言いながらテントに入ってきた小太りの男は、確かに見たことがあるような気がする顔だった。どこでかは思い出せないが。

 男はテント内に騎士が2人もいることに気付くと、憤怒で溢れた顔を引き攣らせた。


「ひ、久しぶりだな。俺のこと、覚えてるだろう?」

「ええっと…………?」

「はぁ!? あれだけ値引いて(めぐんで)やったのに、もうその恩も忘れやがったのか!? 魔消しの分際で!」

「静かにしなさい。それに、知り合いだろうと順番は守ってもらうよ」

「ですが……!」

「……あ。住宅案内所の店主だよ、確か」


 アルグレックの小声でようやく思い出した。

 隊長に追い出されている男は、振り返りながらまだフィリアを睨み付けている。

 フィリアは溜息をひとつ零すと、今度こそ魔消しを始めた。



「本当に魔消しをして害はないのか?」

「魔消し以外に治す方法はないのか?」

「魔法が使えなくなったりしないだろうね」

「頼むから呪わないでくれ……!」



 ほとんどの第一声がどれかだ。フィリアはどれにも「はあ」と気の抜けた返事をするだけで、後ろに立つ隊長が「騎士や術師のほとんどが受け、何の問題も起きていない」と真面目な顔で答えていく。その隣のアルグレックも頷いたのを見て、多くの人が渋々腫れた箇所を出すのが流れになっていた。


 街の人たちの腫瘍はほとんどが小さくて、数もそう多くない。それでも情報が漏れ、動揺が広がったせいか「昨日一昨日はもっと小さかったのに!」と訴える人は多かった。


 アルグレックが言っていた通り、気持ちの乱れも影響を及ぼすようだ。魔消しの最中に叫ばれると、掌への反発が如実に分かった。


 魔消しが終わると、「本当にこれで終わったのか」と訝しげな顔で隣のテントへ向かう。結石を取り出すためにメスを入れるが、麻酔も治癒魔法もかけてくれるらしく、皆抵抗はないようだ。フィリアは話を聞くだけで顔を歪めたが。


 昼前に、本日1本目の回復薬に手を伸ばすと、隊長が待ったをかけた。


「これを持っていなさい。この壺になら吐いても瞬時に土に変わるからね」

「ありがとうございます」


 壺というには少々大きかったが、覗き込むと中には何やら魔法陣が描かれていた。

 フィリアは壺を抱え込むと、アルグレックには見えない角度に背を向け、一気に回復薬を煽った。

 飲み込んで我慢できたのは3秒だけ。すぐに壺に顔を突っ込む羽目になった。


「大丈夫か、フィリア」

「……見るな」

「見てない。何も見えてないから」


 背中を擦るアルグレックに、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。壺の中は確かに土に変わっているが、口の中は気持ち悪いままだし、臭うかもしれない。


 だからといって手を払い除ける気にはならなくて、葛藤しながらもされるがまま受け入れた。



「お嬢さん、悪阻かい……?」



 戸惑いがちにテントに入ってきたのは、あの肉屋の号泣店主だった。フィリアとアルグレックの顔を交互に見つつ、心配そうな表情を浮かべている。

 そういえば、想い人のナントカさんの所へはまだ通っているのだろうか、なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。


「? いえ、回復薬の副作用で」

「えっ、ああ、てっきり……す、すまない。そんなに酷くなるほど飲んだのかい? 何本飲んだの?」

「この3日で6本です。たぶん」

「そんなに……! 私たちのために、本当にありがとう……!」

「い、いえ。あの、刺されたところを出してもらえますか?」


 こうも真っ直ぐな感謝を向けられるといたたまれなくなってしまう。そんな高尚な考えではないのに。


 魔消しが終わると、肉屋の店主は何度もお礼を言いながら隣のテントへ移動した。


「アルグレック、暑いのか?」

「え? なんで?」

「顔真っ赤だから」

「えっ!?」

「ブフッ」


 噴き出した隊長に、フィリアは首を傾げた。


「健全なお付き合いのようで、結構結構」

「たっ、隊長!!」

「?」


 より赤くなった顔で大慌てするアルグレックに、ますます首を傾げたフィリアだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] >こうも真っ直ぐな感謝を向けられるといたたまれなくなってしまう。 少数でも労わってくれる人がいるのは救いになるはず、なのに。 そろそろもう少しだけでも前を向けるようになるといいですね。
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