7.面接
特隊に行く約束の日、フィリアは少し緊張した面持ちでギルドの前にいた。集合時間の10分前だったが、アルグレックはすぐに馬車でやって来た。
「おはよう! 待った?」
「おはよ……別に」
「緊張してる?」
「まあ、少し」
フィリアが素直に認めると、アルグレックは目を細めて「大丈夫だよ」と励ました。
ここからこの馬車に乗り城館に行くらしいのだが、そんな場所に縁もゆかりもないフィリアは何を着ていくべきかも分からず、結局いつもの冒険者の格好――黒いチュニックシャツにカーキ色のフード付きローブ、黒のズボンに編み上げ革ブーツで来てしまった。
アルグレックは騎士の制服らしく、紺色の詰め襟に黒のズボン、紺色のロープに身を包んでいた。よく見ると首元や袖等に黒の刺繍が施されており、何だか自分の格好が薄汚れている気がして、今更ながら気が重くなった。しかしもうどうすることもできないので諦めることにする。どうせこれと同じものしか持っていない。
「城壁の向こうに大きな湖があるんだけど、フィリアは行ったことある?」
「ない」
「なら今度行こう。美味しい店があるんだ」
アルグレックの提案に頷きながら窓の外を眺める。
城壁が見えてきた。ここは国境にある街のため、小高い丘にある城館は城塞になっており、街のシンボルのように街を見下ろしている。その麓に騎士団の本部や練習場などがあるらしく、それもまた城壁で囲まれているため一般人は中を窺い知ることはできない。
「大丈夫?」
「どう振る舞っていいかさっぱり分からない」
「無骨なのばっかりだから大丈夫だよ。何も辺境伯に正式に挨拶する訳でもないから」
そんな機会は一生ないだろうとぼんやり考えた。高貴な貴族であればあるほど魔消しを忌み嫌うと聞く。
城門に着いたところで暫く停まっていた馬車が、再びゆっくりと動き出した。今まで乗った馬車とは全く違い、派手ではないが上質なものであることくらいは分かった。揺れは少ないし、座り心地もいい。
眼鏡を外したアルグレックは、目が合う度に微笑みを寄越す。そこらの人間がきゃあきゃあ言うのも頷けるほど、美しく整っている。これが女だったらきっと傾国の美女と呼ばれていただろう。あんな面倒な祝福なんかなくても充分だろうに。
あれだ、『過ぎたるは及ばざるが如し』。
「な、何か俺の顔に付いてる?」
「別に」
「ちょっと照れるんだけど……」
慣れていそうなのにそうでもないものなのか、とアルグレックから視線を外した。
窓の外には綺麗に舗装された歩道と芝生、その向こうには練習場らしき広場が見える。まるで違う世界に入り込んでしまった気分だ。歴史のありそうな立派な建物の前で馬車は停まった。
アルグレックはいつの間にか眼鏡をかけている。
「着いたよ」
「……何かおかしかったら教えて」
「大丈夫だよ。強いて言えば、馬車の乗り降りする時は俺の手を取ってくれた方がいいかな?」
馬車から降りる時にアルグレックに手を差し伸べられ、一瞬迷ったが頭を下げて教えられた通り手を置いた。マナーはさっぱり分からないし、アルグレックの流れるような動きに釣られてしまったというのもある。そんな姿にアルグレックが驚きながらも照れていたことをフィリアは知らない。
入口に立って警備をしている騎士2人が、ギョッとした顔をしてこちらを凝視している。やっぱりここには似つかわしくない服装だったかと、フィリアは小さく溜息をついた。
重厚感溢れる石造りの建物は、どことなく冷たい空気に包まれている。歩けばカツカツと音が響き、話せば声が響く。恐らくわざとそういう造りにしているのだろう。
3階のある部屋の前でアルグレックが止まると、フィリアは手にじんわりと汗をかくのを感じた。
「何かあったら俺がフォローする。大丈夫だよ」
アルグレックはフィリアがしっかりと頷いたのを見届けると、先に部屋に入った。その後に続くと、だだっ広い部屋の中にはアルグレックと同じような格好をした3人だけが立っていた。
「お連れしました」
「ご苦労だったな、アルグレック。ようこそ来てくださいました」
「はじめまして。フィリアです。お邪魔します」
頭を下げ、できる限り丁寧な言葉を並べる。相手は騎士団だ。変に不評を買って、この街に居辛くなるのは避けたい。
3人の内1人は、この前会った男だった。名前が思い出せないが、目が合うと「よぉ!」と言わんばかりに笑顔で片手を上げてきた。他の2人はアルグレックたちと違って、服飾に銀色の刺繍が施されている。
「そう畏まらなくて大丈夫ですよ。私はこの騎士団特殊部隊隊長のバイロン・ホッブス。あなたが込めてくださったこの眼鏡、とても調子がよくて助かってます。ありがとう」
2人に聞いた通り、隊長はサイドが鼈甲の眼鏡をかけていた。フィリアより少し背が高いくらいの恰幅のいい、茶髪に白髪混じりの壮年の男だった。
その隣に並んでいる男は、30代後半くらいに見える。ひょろりと背が高く、癖の強い亜麻色の髪を後ろで束ねている。貴族と思わせるような優雅な微笑と礼を披露しなが口を開いた。
「はじめまして、フィリア嬢。私はエドモンド・マドックス。副隊長です。うちの隊の専属魔消師について、条件などを説明しますね。どうぞこちらに」
勧められるままに席に着くと、そこには既に条件の記載された書類が2通置いてあった。1つは控えと書かれている。副隊長と向かい合って座るが、残りの3人は立ったまま話をしていた。
「前任者が少し前に辞めたのは聞きましたか?」
「はい」
「その方とほぼ同条件です。うちの希望は大まかに3つです。1つ目は決まった曜日に来て魔消しを施すこと。金額は1つにつき銀貨2枚です。小物ばかりなので一律です。2つ目は急な魔消し対応を求めることがあること。3つ目は長期の遠征時についてきて頂く可能性があること。勿論2つ目と3つ目には特別手当が付きます」
「はい」
「前任者は週2回来ていましたが、何回でも構いません。それ以外の日は自由にしてくださって結構です。何か質問はありますか?」
「いえ、ありません」
条件が怖すぎるくらいに良い。今ギルドでの依頼報酬の2倍だ。何か裏でもあるのかと疑いたくなるほど良い。
「我々が言うのも何ですが、好条件だと思います。ただ我々にとっては専属の魔消師がいないのは死活問題なんです。けれど魔消師の方はそう多くはおられないでしょう?」
「はい」
この国では、魔消しは1年に1人いるかどうかというくらいに少ない。その上、隠して生きていく者も多いと聞く。幽閉されたり殺された者もいるらしい。
フィリアは条件の書類を見て、ほぼ受ける気でいた。表立って魔消師として働くことは確かに少し怖い。だからといってこれを断れば、なんとなく後悔する気がする。
「お話したいことは以上です。質問はありませんか?」
「はい」
「ではこちらから質問しても?」
「はい」
副隊長は貼り付けたような微笑を深くすると、真っ直ぐにこちらを見据えた。その緑色の瞳は本心を見透かそうと鋭く光っている。
「アルグレック君とはご友人で?」
「……はい」
「魔消しなのに?」
「副隊長!!」
アルグレックの声は怒りの色を隠していなかった。しかしフィリアにはそれがなぜか分からなかった。
フィリアは全く気にしていないというのに。
「私もそう思います」
「ほう」
「ただ、友人になってからは、自分が魔消しだと気にしたことはありません」
「!!」
「すみません。答えになってなくて……」
副隊長は満足げに頷くと、鋭かった視線を優しいものに変えた。アルグレックは頬を崩してフィリアを見た。
自分で友人と言ったも同然のあの日から、フィリアはもう気にすることを止めた。切られたらもうそれまでだ、と諦めた。
考えても仕方のないことなのだ。自分にとって彼は……
「では、アルグレックはどういう友人ですか?」
「……美味しい店を知ってる便利な奴、です」
「おぉいっ! 俺の感動を返せ!」
いつかのように男の大きな笑い声が聞こえ、それに掻き消されそうになりながらも、隊長と副隊長の笑い声もしっかりと耳に届いた。