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68.三度目の正直

 フィリアを腕の中に閉じ込めながら、アルグレックは熱を帯びた溜息をついた。


 愛おしいという気持ちを知ってから、止め処なく溢れてしまう気持ちに怖くなって、意識的に2人で会わないようにしていたのに。


 会えば会うほど、知れば知るほど、好きになってしまう。


 初めてその気持ちを知ったのは、あの日。

 熱が出たフィリアに冗談で手を握ろうかと言った時、ゆっくり手を出し、ねだるような瞳を見た瞬間だった。


 きゅうっと切なく締め付けられた心臓が、じわじわと熱を持つ。


 可愛いという言葉じゃ足りない。好きと何度言っても足りない。


 愛おしい。ああ、そうだ。愛おしいんだ。


 ぴったりな言葉が浮かんでくれば、余計に愛おしさが溢れるようだった。


 いつも弱さなんか見せない彼女の、初めての甘えに心が突き動かされたような。そうじゃなくても、それまでの色々で何度も心を鷲掴みされていたというのに。


 例えばそう、あの時だって。



『アルグレック、大丈夫か……?』



 監禁された場所に駆けつけた時に、自分の顔を見て安心したことも。先に自分の心配をしてくれたことも。



『自分で取り返したい。あれは、私のだから』



 プレゼントした髪飾りを大切にして、自分のものだからとはっきり言ってくれたこと。



『あんたがよくても、魅了してしまったアルグレックの気持ちはどうなる。気に病んで、傷付いても良いって言うのか?』



 自分のことのように怒ってくれたこと。気遣ってくれたことも。加害者(こっち)側なんて、ほとんど誰も気に掛けないのに。



『お願いだから、まだ、ひとりにしないで。まだ…………()()、ひとりは嫌だ』



 初めて吐いた弱音も。彼女も、ずっと一緒にいたいと思ってくれたこと。



 全部、全部、何度も好きだと再確認した。


 布団からそっと差し出された手と、こちらを見る瞳を見た瞬間、もう駄目だった。今までの言葉じゃ足りないと、まざまざと痛感した。



 どうして彼女はこうも好きにさせるのだろうと思っていた矢先に、二度目の告白をしてしまった。


 最初の告白よりも反応があったことに喜んだのは一瞬だった。完全に友達の好きと捉えられたものよりかは、動揺というか、少しは伝わったような手応えがあったのに。


 本当の恋人になってと言う返事が「都合がいいなら、別に」だなんて。


 どうやったら伝わるのだろう。どうしたら、信じてもらえるのだろう。本当に好きで、ずっと離れたくないと思っていると。


 もういっそのこと、「都合がいいなら」に頷いてしまえば良かったのか。彼女の気持ちを無視して強硬手段に出て(キスでもして)しまおうか。


 そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。


 焦らず慎重にいこうと思っているけれど、彼女と会えばそんな自分勝手で不埒なことを考えてしまうのは明白だった。

 だから自分の中で気持ちの整理がつくまでは、魔消しの時以外は2人きりでは会わないようにしていたのに。


 けれど、それが功を奏したらしい。


 まさかフィリアから、手を繋いでくれるなんて。耳まで真っ赤にしたフィリアはとても可愛くて。


 正直に「俺も繋ぎたかった」と言えば、照れながらも嬉しそうにはにかむ彼女を見て、何かが弾けた。



「フィリアが好き。女性として好きなんだ。俺のこと、男として好きになって」



 頼むから。今度こそ、三度目の正直であって。


 赤い顔で真っ直ぐこちらを見上げるフィリアは、確実に今までと違う反応で。そんな顔で見られたら、どうやっても期待してしまう。


 拒否なんか全く見えない。それどころか瞳が少し熱っぽく見えるのは、願望なのだろうか。



「我慢してたのに。手を繋ぐのも、好きな気持ちも。でももう、拒否されないって、思っていい? 期待、していい?」



 額までくっつきそうなほど密着しても、フィリアから拒絶する様子は見られない。だから余計に期待してしまう。


 拒否しないで。駄目だなんて言わないで。

 それを、どうか言葉にして。



「………………いや、じゃ、ない」



 頭まで蕩けてしまいそうなままぎゅっと抱き締めても、フィリアはやっぱり拒否しないでくれている。


 同じくらいに早い心臓の音。


 抑えないと言っても。覚悟してと言っても。

 受け入れられることがこんなに嬉しいことだなんて。叫び出したい、駆け出したい衝動を必死で飲み込んだ。



「……同じかどうかなんて、どうやったら分かるの」

「え? 今少しくらい同じ気持ちだと思ってたんだけど」

「私とあんたのは違うって言ってただろ」


 胸に顔を押し付けたままのフィリアが、ぽつりと不満気な声を出した。

 気にしてたのか。アルグレックは気付かれないように小さく笑った。


「好きだし、一緒にいたいと思う。合ってる?」

「……それは、まあ」

「うん、か、はい、で!」

「それ選択肢になってない」

「いいからどっち?」

「…………うん」


 恥ずかしそうで悔しそうな。それでもちゃんと頷いてくれるフィリアに愛おしさが増す。

 アルグレックはニヤけた顔を隠すことなく続けた。


「手を繋ぎたいと思う」

「……うん」

「抱き締められるのは嫌じゃない」

「……うん」

「キスだってし」

「はあ!?」


 身体をびくりと震わせて、フィリアは顔を真っ赤にしてアルグレックを見上げた。


 凄い。どこまで赤くできるのだろう。なんて。


 フィリアは顔を隠すようにまた下を向いた。それがなんだか自分の胸に顔を埋めてように思えて、またきゅんとした。


「いや、それは、その……」

「考えたことなかった?」

「……ない」

「ちなみに、誰かとキスしたいと思ったことは?」

「あるわけないだろ!」

「好きな人がいたことも?」

「……そんなの、友達すら、できると思ってなかったのに」


 さり気なく過去を探って安堵した。

 赤く染めている耳や首に触れたい衝動になんとか抗っているなんて、きっと知らないだろうな。


「ま、フィリアと俺じゃ、好きの程度が違うから、今は仕方ない」

「種類の次は程度……」


 少しうんざりしたような声に笑ってしまう。やっぱり彼女は真面目だ。そこがまた好き。


「ちゃんと待つから。キスだって、本当はしたいけど我慢する。したいけど」

「いちいちそういうこと言うな!」

「ごめんごめん。あ、我慢できなくなってキスしちゃってもごめんな」

「だから……っ、ああもううるさい……!」


 彼女は好きだとかキスだとか、そういう言葉を口にするのに抵抗があるらしい。

 好きな子を苛めたくなる心理が、初めて少し分かったアルグレックだった。



「植物園、行かないの」

「折角だから、行く?」

「うん」

「また抱き締めたくなったら抱き締めてもいい?」

「うるさい知らない聞くな!」


 これ以上にないほど紅潮した顔を見て、苛めすぎたかなと反省したのは一瞬だった。


 絡めた指が僅かに握り返された途端、忘れてしまったから。



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