67.鎮魂祭2
2人で歩いているのに、なぜ手を繋がないのだろう。
モヤモヤの原因は、どうやらこれらしい。自分でも驚くことに。
原因が分かったからといってスッキリする訳でもなく。むしろモヤモヤは増えた気がする。
いつの間にか偽装は終わっていたのだろうか。仮面を付けているから、偽装は不要ということなのだろうか。
そう言われてしまえばそうなのだろうが、モヤモヤする。そしてモヤモヤすること自体にまでモヤモヤする。
ただ与えられた役割を全うしたいから、だけが理由ではないと自分でも分かっている。
単に、手を繋ぎたい。
安心するから。だから、反対に今の状況は不安。嫌になったんじゃないか、不要になったんじゃないかと不安になって、それなら言ってくれればいいのにとモヤモヤするのだ。
繋ぎたいと言えば、彼はどんな反応をするのだろう。
「お待たせ。どうした?」
「……あ、いや。ありがと」
「燈火祭は幻想的で綺麗だったけど、鎮魂祭の派手さも良いね」
アルグレックの視線を追うと、そこにはいろんな形と色のランタンがあった。大きいもの小さいもの、丸いもの長細いもの、赤に白に黄に緑に――
道行く人も時々立ち止まってランタンを眺めていた。指を指し、顔を寄せ合い、笑っている。楽しそうな雰囲気に、フィリアも頷きながら微笑んだ。
祭り限定のアイスはとても美味しかった。いつものように分けながら、2人はすぐに完食した。
「そういえば、カミラさんからチケット貰った」
「何のチケット?」
「植物園の。アルグレックへのご褒美らしいけど」
「へえ、それなら行ってみようか」
あれ? 特別好きな訳でもないのか?
折角だから行ってみよう程度の返事に拍子抜けしつつ、アルグレックに倣って立ち上がる。
つい男の手がどう動くか見てしまい、慌てて首ごと動かした。
「フィリア? どうかした?」
「なんでもない」
自分自身に溜息をつきたい気分だ。ひとりモヤモヤして、馬鹿らしいとさえ思う。
フィリアはもう一度出そうになる溜息を、ぐっと飲み込んだ。
不意にわあっと歓声が上がり、大きな拍手が聞こえてきた。驚いたフィリアは、声の方へ顔を向けた。
簡易の特設ステージの上で、仮面を付けた大柄の男が何かを叫んでいる。観客もかなりの人数が集まっていて、結構な盛況ぶりだ。
「あれは暴露大会だね」
「暴露大会?」
「日頃言えないことを、仮面で顔を隠したまま暴露するイベントだよ。告白したり、秘密をぶちまけたり、懺悔したり……」
「へえ」
「顔を隠してたら、言いにくいことも言えたりするからね。フィリアも何かあったら、この際に言ってみてよ」
アルグレックは冗談めかしてそう言ったが、フィリアには先程まで考えていたモヤモヤの原因が思い浮かんで、つい足を止めてしまった。
「え、何かあるんだ」
「……いや、別に」
「思いっ切りありますって顔してるけど」
「見えてないだろ」
「見えなくてもそれくらい分かるよ。……それとも俺には言えないこと、かな」
少し悲しそうな声が聞こえてきて、ぐっと押し黙る。
その言い方はずるい。どう答えるのが正解か分からなくなる。
「ごめん、意地悪だった」
「聞いたこと、後悔するなよ」
「え?」
「ところでフリって継続中なの」
「え、あ、うん。そのつもりだけど……もしかして嫌になった?」
「いや。それなら……」
荒っぽくアルグレックの手を掴むと、そのままそっぽを向いた。
顔が熱い。
フィリアは仮面で隠れていると思っているが、真っ赤な耳は露わになったまま。
「……間違ってたらごめん。その、手を繋ぎたかったってこと?」
「別に嫌なら――!」
「違う。まさか、嫌な訳ない」
言葉で確認されると急に恥ずかしくなって、手を引こうにも、素早く握り返されて叶わなかった。それどころか、そこから指の間に指が入ってきて、より密着するように握られた。
「ほんとは俺も、繋ぎたかったから」
「……そ」
良かった。小さな安堵の溜息が出た。
ドキドキと心臓が痛いほどなのに、拒否されなかったことに、同じだったと言われたことに、勝手に顔が緩んでしまう。
はにかんだフィリアに、アルグレックは息を飲んだ。
「――っ。ごめん、行き先変更」
「え?」
手を引かれるままについていけば、道の先に火のついた門が見えた。どうやら祭りのメインストリートからは出るようだ。
よく見るとここは冒険者ギルドへの抜け道だ。まさかこれからギルドに用でもあるのだろうか。
火の門を潜って少し歩けば、人通りはほとんどなくなる。少し寂しい路地裏で、アルグレックの足が止まった。
「ちゃんと火の門も潜ったから、フィリアの仮面も外してもいい?」
「? いいけど」
繋いでいた手が離される。そしてすぐ仮面が外されて、目が合った瞬間フィリアは後悔した。
あの時見たのと同じ、真剣で、とても綺麗な瞳がこちらを捉えている。
その熱っぽい視線に、胸がきゅっと掴まれる。
「ゆっくり焦らず行こうと思ってたけど無理だ。もし嫌なら、今拒んで欲しい。じゃないと、もう歯止め効かない……」
そっと腰に手が回される。少しずつ籠められる力は、拒否されないか試しているようで。
ぐっと近くなった顔に、目を逸らすことも、動くこともできない。
「フィリアが好き。女性として好きなんだ。俺のこと、男として好きになって」
バクバクと心臓が煩い。何て言えばいいのか、言葉が見つからなくて、ただ菫色の瞳を見つめた。
フィリアは自分で気付いてしまった。仮面が外れてあの瞳を見た瞬間から期待していたことを、はっきりと自覚してしまった。
また「好き」と言ってくれないかと。
そしてそれが叶えられた今、心がぎゅーっと締め付けられている。
「我慢してたのに。手を繋ぐのも、好きな気持ちも。でももう、拒否されないって、思っていい? 期待、していい?」
腰に巻き付いた腕の力が強くなって、すっかり2人の間にあった距離はなくなった。背を反らしても、アルグレックは逃さないと言わんばかりに近付いて、今にも額がくっつきそうだ。
フィリアは喉が焼き付いたように言葉が出ない。何も言ってないのに、アルグレックは確信している顔で。
少しの悔しさを覚えながら、自分と同じように顔の赤い男を見た。
「そんなドキドキされたら、どうしても期待しちゃうけど」
「う、うるさい。あんただって……!」
「うん。めちゃくちゃドキドキしてる。でも死にそうなくらい嬉しい。フィリアは? どう?」
「どうって……」
「じゃあ、嫌?」
どう考えても嫌だと言われないと分かっている顔で返事を待っている男に、効果はないと知っていても睨みつけた。
フィリアがきちんと言葉にするまで追及するつもりなのも、目を見れば分かる。
「………………いや、じゃ、ない」
「うん」
蕩けそうで嬉しそうな顔がなんだな悔しくて、顔をフイと横に逸らすと、腰にあった手が背中へ移り、そのまま腕の中へ閉じ込められた。
アルグレックの心臓の音が直に伝わってくる。歯を食い縛らないと溶けそうな気分に、フィリアは奥歯に力を込めた。
「フィリアが俺と同じ好きになってもらえるように、もう抑えるの止める」
「……何を」
「俺の気持ち。もう隠さないから、覚悟して」
「…………あっそ」
「いいんだ?」
「駄目って言った方がいいの」
「ううん。もう無理」
「なんだそれ。ふふ」
お互いに恥ずかしさを誤魔化すように笑う。
口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしているのに、逃げ出したいほど身体中が熱いのに。
まだ、このままで、なんて。
こんなところ、ミオーナたちに見つかったらどうなるのだろう。あの時、ミオーナが言われた言葉が頭に浮かぶ。
『それが恋愛の好きになると、ドキドキが加わって、楽しませるのも喜ばせるのも助けるのも、全部自分がしてあげたいって思うの』
恥ずかしくて、嬉しくて、どこか少し切なくて。
ああそうか。これはそういう気持ちなのだなと、フィリアはすんなりと理解した。




