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66.鎮魂祭1

 結局2人でごはんに行くことなく、鎮魂祭当日を迎えた。


 今日も昼過ぎからミオーナが来ており、当人よりも楽しそうに支度をしてくれている。フィリアはいつものようにされるがままだ。それが一番効率がいい。


 髪を編み込まれればうとうとしてしまう。ミオーナにもらった香油のおかげで髪質はだいぶマシになっており、指通りも良いと褒められた。香油をきちんと使っていてよかった。でなければきっと今頃小言の嵐だっただろう。



「よし! 我ながら今日も可愛くできたわ! ほら」

「うん。すごく結えてる」

「もっと他にないの! 私じゃないみたい~! とか!」

「いやそこはどうやっても変わらないだろ」


 ブーイングを無視しながら手鏡を返す。あとは仮面と白いローブを着れば完成だ。この日の為だけに白いローブを買う気になれなかったフィリアに、ミオーナがお古を貸してくれた。汚してしまうのが心配で断ったが、もう使っていないからと半ば押し付けるように渡してくれたのだ。


 部屋に鐘の音が届いた。扉を開けると、仮面を付けた大男が2人。もう付けてくるなんて気が早い。


「どうだ? 俺の仮面。似合ってるだろ?」

「らしい感じ」

「らしい? どんな?」

「煩い感じ」


 明け透けに言うフィリアにセルシオは大笑いした。だってカラフルでピカピカギラギラで、それでいてセルシオによく似合っている。

 フィリアはもうひとり感想を今か今かと待っている男に視線を移した。



「……犬?」

「猫!!」



 ミオーナのセルシオの笑い声が響き渡る。納得いかないフィリアは、じっとアルグレックを見つめた。


 白地に濃紺で模様付けされた仮面は、確かに猫の特徴である釣り目とヒゲがあるのに、なんとなく犬に見えてしまって首を傾げる。目の部分にはレンズが入っているが、あれにもきっと魔消しがされているのだろう。冒険者ギルドでも依頼があったことを思い出した。


 アルグレックは口元を片手で覆うと、ふいと顔を逸した。


「もう犬でいい……」

「なんだそれ」

「そ、それよりフィリアの仮面はどんなの?」


 フィリアは仮面を見せた。黒地のシンプルな仮面は、目の周りだけ金色で花模様が描かれている。


「シンプルだけど可愛いね。フィリアに似合いそう」

「……それはどうも」


 心の奥が羽で撫でられたようにムズムズする。いたたまれなくなったフィリアは、ローブを取りに行くフリをして、その場を離れた。


 家を出る直前にミオーナに仮面を付けてもらう。視野が狭くなったのに、妙にわくわくするのはどうしてだろう。



 街は大賑わいだった。いたるところに屋台が出て、白いローブに仮面を付けた人で溢れかえっている。街の中心には簡易の舞台が出来ており、陽気な音楽に合わせて踊ったり歌ったりと、想像以上の活気だった。


「まずは腹ごしらえだな」

「あの店にしない? いい匂いだし」

「フィリアはあの店でもいい?」

「うん」


 ハイテーブルを陣取ると、すぐに給仕係がメニューを持ってきてくれた。小さな縦長の紙の裏表に、それぞれ飲み物と食べ物が書かれている。


 セルシオが代表していくつか注文し、ビールが来る前にフィリアは周りを見渡した。

 猫も杓子も仮面に白ローブ。フルタイプの仮面を付けている人もいるが、確かに食事はしにくそうだ。


「そんなに探さなくても、死者は混じってないわよ。まだ」

「別に探してない」

「暗くなってからが本番だからな。特にパレードにはたくさん参加してるぜ~?」

「へーそれは楽しみ」


 棒読みで言うフィリアに、ミオーナとセルシオは唇を尖らせた。隣のアルグレックは苦笑している。仮面があってもなくても、3人の表情は手に取るように分かった。

 ビールが運ばれてくると、4人は慣れた手付きでそれを掲げた。



「死者を偲んで、乾杯!」



 セルシオの声に合わせてグラスを合わせる。家か外かの違いなだけで、いつも通りの賑やかな食事になる。

 2回店を変えて飲み食いすれば、辺りはすっかり暗くなってきた。色とりどりの灯りが増え、それにあわせるように人も増えていく。


「そういえばフィリア。貴女ベニートンと何かあったの?」

「いや? 最後に話したのは……多分1ヶ月前だと思う」

「あの言い返した時が最後?」

「多分」

「言い返したの? 何て?」

「「しつこい」」

「それ話したって言うの!?」


 アルグレックと同時に言えば、ミオーナとセルシオは周りが振り返るほど大きな声で笑った。もう酒が回ってきたらしい。

 メインのパレードまでまだ時間はあるというのに。きっとそれまでに酔った人たちが人数を数えられなくなって、あんな怪談のような話になったのだろう。


 ちらりと屋台を見る。今日の祭りにもゲームの露店はたくさんある。ベニートンの話はもうすっかり流れ、2人は今日も何のゲームから始めるかと盛り上がっている。


「さあ今日も俺が勝つぞ〜!」

「あら、いつも勝ってるのは私よ?」

「あ〜あ、始まった」


 同じように苦笑するアルグレックと顔を合わせる。前回の燈火祭を思い出して、今回も1回くらいなら付き合うと伝えた。


「ほんと!? 嬉しい! じゃあどれにしようかな」


 楽しそうに屋台を探すアルグレックに、フィリアも小さく笑った。


 ミオーナたちが競ってゲームの屋台へ消えると同時に、フィリアたちも店を出た。ひとつひとつ屋台を覗きながら並んで歩くと、フィリアはなぜかモヤモヤとしていくのを感じた。


「おっ、あれいいね。今日はゲームじゃなくて、あの屋台に付き合ってくれる?」

「何あれ」

「仮面にワンポイント足してくれる店だよ。もし嫌じゃなかったら……仮面にワインレッドの何か入れてもらわない? その、記念に」

「別にいいけど」


 なるほど。そうやって気軽に付け足せるものだから、セルシオの仮面はあんなに派手になったのかもしれない。


 順番を待っているのはほとんど男女のカップルだ。ここだけではないが、仮面で顔が隠れているのをいいことに、やたらと密着しながら顔を寄せ合っている。


 また。

 靄が心に纏わりつく。



「はい、次の人〜。お互いの瞳の色でいいよね? ハート? 花? リップマーク?」

「花で!」

「お嬢さんもそれで?」

「え、あ、はい」


 模様なんて何も考えていなかったため、流されるまま頷いた。職人らしい中年の男は、慣れた手付きでぱぱっと仮面に筆を付けると、暫くは触らないようにとだけ言って、すぐに「はい、次の人〜」と間延びした声を出した。


 外して見たいが、今日は仮面を付けた後は燃えた門を潜らなければいけない習わしらしい。今は我慢しよう。


 アルグレックはとても満足気で、今にも鼻唄でも歌いそうな雰囲気だ。その様子にフィリアも嬉しくなったが、またすぐにモヤモヤしだした。


 どうしてこんな気持ちになるのか、自分でもよく分からない。祭りの雰囲気に呑まれて悪酔いでもしたのだろうか。



「疲れてない? 大丈夫? アイスでも食べる?」

「食べる」

「あはは! 急に元気になった」

「バリーおばさん今日屋台出すって言ってたから、そこがいい」

「え、それってあの隊長に教えて貰った老舗のアイス屋だよな? いつの間にそんな仲良くなったの?」


 最南で暖かい土地とはいえ、10月にもなると日が落ちてしまえば肌寒くなる。きっと空いているだろうと踏んでいたアイスの屋台は、想像よりも人がいた。


「いらっしゃい。おや、あんたフィリアちゃんかい」

「……なんで分かったんですか」

「その髪色にその髪飾りで、おまけに真っ先にチョコレートがあるか確認する客はあんたくらいだよ」

「……」

「すごいね。全部バレてる」


 なんだか悔しいので今日はチョコレート以外にしようか。


「あんたたち、酒は得意か?」

「はい」

「なら、温めたアルコールをかけたアイスなんてのはどうだい? 祭りの時だけの特別メニューなんだ」

「「それにします」」

「はは! 仲が良いことで」


 フィリアはアルグレックと顔を見合わせたあと、気恥ずかしさを誤魔化すようにアイスへ視線を移した。

 それが隣の男と同じ行動だと気付きもしないで。


 アイスとそれにかけるアルコールを選ぶと、フィリアは先に席を確保に向かった。ハイテーブルひとつ陣取ると、ぼんやり街の様子を眺めた。


 不意にアルグレックの隣の女性客が、彼の手を握った。驚くアルグレックは横を見て、慌てたように手を引くと、手を握った女は訝しみながらアルグレックの顔と反対側の男の顔を見て、アルグレックに勢いよく頭を下げた。


 どうやら、反対隣の男と間違えたらしい。



 なんなんだ。


 まったく、なんて紛らわしいことを。モヤモヤを返せ。イライラを返せ。

 こっちは今日まだ一度も――……



 フィリアは目を瞠った。


 モヤモヤの理由が、分かってしまった。



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