64.お泊り会
あけましておめでとうございます。
本年もお付き合いいただけると幸いです。
「苦しい……」
「よく食べたもんね、フィリア」
「あれは反則だ。美味すぎるのが悪い」
「そんなに気に入ってくれたなら良かった。また来よう」
「うん」
念願の巨大鹿の店を出て、はち切れそうなお腹を擦りながら、フィリアはアルグレックと歩いていた。
煮ても焼いても揚げてもいいなんてズルい。そう思うほど大満足だった。いつも行くような店より少し値段は高いけれど、そんなことは気にならないくらいに良かった。できれば月イチくらいで来たい。値段さえもう少し安かったら週イチで来たかった。
いや、巨大鹿の肉は手に入るのだから、作るのも悪くない。アルグレックと唐揚げを作ったのだって、もう1ヶ月も前だ。
フィリアは自分と比べものにならないほど食べていた横の男を見た。
「今日の料理、あんたはどれが一番気に入った?」
「どれも美味かったけど、あの煮込んであるやつかなぁ」
「じゃあ、今度それ、一緒に作ってみたい」
アルグレックは目を見開いてフィリアを見つめた。変なことでも言ったのだろうかと首を傾げていると、彼は「ん゛ん゛」と変な咳をひとつ零して、笑顔を作った。まるでにやけてしまうのを抑えるような笑顔を。
「じゃあ次はそれと、フィリアが気に入ってた香草焼きを作ろう」
「……うん」
フィリアも同じような顔で頷いた。
じわりと胸に嬉しさとくすぐったさが広がっていく。にやけないように、こっそりと唇の内側を噛んだ。
少し前を歩いていたミオーナはセルシオと顔を見合わせると――ここ最近こうすることが増えた気がする――フィリアに詰め寄った。
「ねえ、フィリア。今日泊まっていい?」
「酔っ払いの絡みをしないなら」
「酔いならたった今醒めたわ! だから安心して!」
「? ならいいけど」
そう言う割には先程よりもテンションが高くなったミオーナを見て、フィリアは既に少し後悔した。
助けを求めるように隣の男を見上げたが、アルグレックは口元に手を当てて全然聞いていないようだった。
ミオーナの酔いは本当に醒めたらしく、家に着くまでの足取りもしっかりしていたし、フィリアがシャワーを浴びている間に身まで魔法で清めていた。目は爛々としているのが怖いが。
彼女にリクエストされたホットミルクを手渡すと、横に座るようにとソファを叩かれた。
「寝なくていいの。明日も訓練あるんだろ」
「いいの。それより女同士のパジャマパーティーの方が大切だもの! ……でも明日の朝、起こしてくれたら助かるわ」
「……」
急に家に泊まりたいと言い出すなんて、寄宿舎に帰るのが面倒なほど眠いのかと思っていたのに。フィリアは不思議な顔をしながらも従った。
「パジャマパーティーって?」
「仲のいい女友達と秘密の本音トークをする会よ!」
「それ、夜にパジャマでする必要あるの?」
「あるわよ。……そんな目で見ても、あるったらあるの!」
深く追究する必要性も感じないので、フィリアはホットミルクに口を付けた。胡坐を掻いても怒られないのだから、まあいいか。
「フィリアに聞きたいことがあるの。直球で聞くわ。フィリアはアルグレックのこと、どう思ってるの?」
「どうって、友達だろ」
「好きなの」
「そりゃあ、うん」
何を確認されているのか分からないが、素直に答えた。どうせ隠そうとしてもすぐばれるようだし。
その答えが不満なのか、ミオーナはしばし考え込んだ。
「……私への好きと一緒?」
「一緒だろ。種類がある訳でもあるまいし」
ミオーナは急に目を輝かせ、鼻息を荒くした。これはきっと返事を間違えたのだ、とフィリアは悟ったが、時すでに遅し。
「あるわよ。特に友達の好きと、恋愛での好きは違うもの。友達の好きは一緒にいて楽しいし、喜んでもらいたいし、困ってたら助けてあげたくなるの。それが恋愛の好きになると、ドキドキが加わって、楽しませるのも喜ばせるのも助けるのも、全部自分がしてあげたいって思うの」
「へ、へえ」
水を得た魚のような怒涛の説明に、思わず顔が引き攣る。そんなフィリアにはお構いなしに、ミオーナは、真剣な表情でフィリアに顔を近付けた。
「友達は幸せになってほしい。でも好きな人には、自分が幸せにしたい」
「はあ」
「会えなくて寂しいのが友達。会えないと辛くてその人ばっかり考えるのが好きな人」
「へえ」
「……相手に触れたい、でも他の人には触れるのも触れられるのも嫌だと思うのは好きな人」
「ふわぁ……そう」
「もう少し! 興味! 持って!」
「えー……」
一体何の講義を聞いているのか。フィリアはもう一度出そうになった欠伸を必死で噛み殺した。
「……で? アルグレックが当て嵌まるかどうか聞きたいの」
「そんなドストレートに聞かないで」
「なんだ、違うの」
「まっっったく違わないわ! で? どうなの? どんな好き? 前者だけ? 後者も当て嵌まる!?」
飲み終えたカップをテーブルに置いて、フィリアは腕を組んだ。
どんな好きと聞かれても、好きは好きとしか考えたことがない。強いて言うなら、ミオーナと同じような『特別』な好き。それは種類と言わないのだろうか。
先程のミオーナの講義をぼんやり思い出す。
「当て嵌まるところもあるような、ないような」
「え、当て嵌まるところがあるって認めるの!」
「? 今はそういう会なんだろ?」
「それはそうなんだけど……あんた、よく分からないところで素直ね」
「なんだそれ」
「でも、なんか思ってたのと違うわ。ちょっとは大慌てするか、盛大に照れて欲しかったんだけど」
「そんなの知るか」
そんな明らかに面白くなさそうな顔をされても。ミオーナは仕切り直すように息を吐くと、真っ直ぐフィリアを見つめた。
「まあいいわ。貴女のそういうところも、私は好きよ」
「……ありがと」
「だーいすきよ!?」
「だから、ありがと」
「そこは私も好きって返しなさいよ! 素直に! ほら!」
やっぱり酔いは醒め切ってなかったようだ。けれど彼女はこうなったら聞かない。フィリアは意を決して口を開いた。
「……私も、す………………無理」
「そこで照れるの!? やだもう可愛い!!」
勢いよく抱き着いたミオーナがホットミルクをぶちまけ、フィリアはもう一度シャワーを浴びる羽目になった。
シャワーを浴びながら、フィリアは気付いてしまった。
ミオーナに言われた言葉と同じなのに、アルグレックに言われた時とは、気持ちが全然違うということに。




