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63.ああもう

 フィリアは椅子に座って固まっていた。


 あの新入り、ベニートンからの口撃もジトっとした視線もなくなったどころか、アルグレックに付き纏わなくなり、さらにはとうとう魔消しの手袋――やっぱり冒険者ギルドのものと同じ――が騎士棟で提出された。


 立会人のカミラ女騎士は不思議そうにしていたが、フィリアは思わず雹や槍が降っていないか確認した。


 彼が特隊に入ってから早1ヶ月ちょっと。

 戸惑いと驚きに、「勝った」という気持ちが混ざる。何にかは分からないが。

 その妙な達成感を胸に、フィリアは今日も魔消しに勤しんだ。



「鎮魂祭にはまた4人で行くの?」

「はい」

「2人じゃなくて?」


 にやりと笑うカミラ女騎士に肩を竦めて見せる。彼女は絶対に分かって聞いている。フィリアとアルグレックが付き合っているフリをしていることに。

 あの男は特隊内でとても可愛がられているようで、自分はそれに巻き込まれている気がする。


「まあ冗談はさておき、アルグレックは貴女に出会ってからかなり強くなったのよ。張り切りだしたというか」

「はあ」

「信じてないわね? ま、いいわ。そういうわけだから、たまにはあの子にもご褒美をあげようかと思って」

「何ですか、これ」


 渡された2枚の紙は、よく見ると植物園の入園チケットと書かれている。日付は鎮魂祭当日。何か催し物でもあるのだろう。


「大したものじゃないの。()()()、ミオーナたちと逸れて2人になったら使って。2人分しかないから」

「はあ……ありがとうございます?」

「どういたしまして?」


 植物園が好きなのだろうか。知らなかった。

 まあ、貰えるものは何でも貰っておこう。フィリアは深く考えることなく受け取った。


「仮面はもう準備した?」

「今日見に行きます」


 今日の訓練は昼までらしく、ミオーナと秋冬物の服と仮面を買いに行こうと誘われている。

 鎮魂祭では仮面を付けるのが一般的なのだそうだ。何でも死者が紛れて戻って来やすいようにということらしい。パレード中、演者の数が数えるたびに違うなんて噂まであるという。


「当日は、くれぐれもアルグレックとだけは逸れないようにね。死者に連れてかれるわよ」

「はあ」

「あら。死者とか幽霊とか怖くないのね。残念」

「人間の方がよっぽど怖いです」

「ふふ。それは確かに」




 そうか。アルグレックは植物園が好きなのか。


 ふふと小さな笑みが零れそうになって、フィリアは頬の内側を噛んだ。まるでおまけにお菓子をもらったような気分。自分でも何が楽しいか分からない。それなのに妙に足取りが軽かった。


 魔消しを終え、家に戻って着替えや昼食を済ませる。約束通りにミオーナは昼過ぎにやってきた。


「さ! 買うわよ!!」

「2着でいい」

「えー」


 アデルの店に着くと、ここでも鎮魂祭用の仮面が売られていた。10月に入った途端、どの店でも見られるようになった。あの肉屋の軒先にも吊るしてあって、流石に驚いた。


 仮面は模様によって意味合いが違い、毎年買い替える人もいるという。昨今の流行はハーフマスクらしく、飲み食いしやすいように口元が開いているものが多い。それだと死者は紛れにくいのではないか、と心の中でこっそり突っ込んだ。


「ねえ、フィリアはどれがいいと思う!?」

「1番安いやつ」

「私が選んでいいのね? さーて、どれにしようかしら」

「……」


 嬉々として仮面を選び出したミオーナに向かって諦めの溜息をつくと、フィリアは今のうちに服を見ようと店の奥へ足を向けた。


「あ。服も勝手に決めないでね。アデル、よろしく」

「うふふ。こっちは私に任せてね」

「……」


 フィリアは諦めた。大人しく着せ替え人形になろう。

 どさりと椅子に腰を下ろすと、2人は「よろしい」と言わんばかりに頷いた。


 早々に白旗を上げたことが功を奏したのか、想像よりも早く仮面も服も購入するものが決まった。試着はやっぱり大変だったが。


 長袖のワンピースは黒とアイボリーの2色。黒い服には色とりどりの小花が散りばめられていおり、アイボリーの方にはワインレッド色のレース模様が刺繍されている。どちらも派手でなく、素朴な可愛さがあった。

 青紫色の刺繍の服もあったが、フィリアは何となく避けてしまった。


 これを着れば、アルグレックもあんな視線は寄越さないだろう。いまだに手首に残る傷跡を見るたびに少しだけ顔を歪めるのだ。


 仮面は正直なところ全部同じに見えたので、候補の中で一番安いものを選んだ。もちろん横からの何か言いたげな視線は無視だ。


 アデルの店を出て、2人であの老舗のアイス屋に向かった。しかもフィリアから誘って。


「ああ、フィリアちゃん。いらっしゃい」

「どうも」

「友達と一緒かい? 珍しいね」

「はい。……ミオーナ、この前と今日のお礼に好きなの選んで」

「え、いいの?」

「あんたは今日もチョコレートかい?」

「はい」


 強面の老婆とフィリアの親しげな会話に驚いたミオーナだったが、すぐにいつもの弾けるような笑顔に戻った。

 チョコレートアイスを2つ受け取ると、表のベンチに並んで腰掛ける。いつも以上に嬉しそうなミオーナを見て、フィリアも嬉しくなった。


「お礼なんて良かったのに。でもすごく嬉しいわ! ありがとう!」

「いや、こちらこそ。特にあの日は、2人がいてくれて……その、嬉しかったから」


 フィリアは恥ずかしかったが素直に気持ちを口にした。

 ミオーナはいつものようにフィリアを抱き締めようとして、寸でのところで踏み止まった。


「アルグレックにも何かお礼したの?」

「いや、まだ」


 あれから城館以外で2人では会っていない。どこかに食べに行くことも、料理教室も、並んで出掛けることだって。


 避けられている訳ではないと思う。今も毎回城門で待っててくれ、会えばいつも通り楽しそうに色んな話をしてくれる。

 4人では、この前も家でセルシオの料理を食べたし、今日だってこのあと巨大鹿の店に行く。延期していたことが実現するのに、心のどこかで何かが引っ掛かったままだ。


 だから、毎日考えてしまうのだろう。あの男のことを。




 アイスを食べ終え、何軒かミオーナの買い物に付き合ってから待ち合わせ場所に移動する。アルグレックたちはまだ来ていないようだった。



「ちょっとあんた!! 魔消しのくせに、何してくれたのよ!!」



 自分に向けられたものだと信じたくなかったが、魔消しと言われたら顔を上げざるを得なかった。


 鬼気迫る顔をした女がひとり。首を傾げたフィリアに、ミオーナが小さな声で「あのアイス屋さんの前で喚いてくれた3人組のひとりよ」と教えてくれた。


 誰の顔も覚えていないのだから、3人セットじゃないと分からない。それに、こんな風に身なりがどことなく薄汚れているような人はいなかった気がする。


「マチルダ様をどこへやったのよ!!」

「どこって……牢屋か、更生施設に向かってる途中じゃないの」

「ふざけないで!!」


 心底聞きたくない名前に、フィリアは嫌な顔を隠しもせずに言い捨てた。ミオーナはいつでも割って入れるようにと半歩前に進み出た。


「マチルダ様がアルグレック様と結婚か愛人契約でもすれば全て上手くいったのに!!」

「愛人って! 貴女アルグレックのことが好きじゃなかったの!?」

「好きだったわよ! 目の保養(ファン)としてね!! 私には婚約者だっていたんだからマチルダ様とは違うわよ!」

「知るか、そんなこと」


 つい心の声が漏れた。血走った目でキッと睨まれても何も怖くない。ミオーナがいてくれるからと安心しきった、虎の威を借りる狐状態だ。

 いい加減にしてほしい。フィリアは大きな溜息をついた。


「あんたのせいで……っ! マチルダ様が捕まったせいで得意先だったうちの店は大損害よ! 婚約だってパア! どうしてくれるのよ!!」

「フィリアにはひとつも関係ないことだろ」


 庇うようにフィリアの前に立ったアルグレックと、その横に並ぶセルシオ。ミオーナは「遅い!」と怒っている。

 走ってきてくれたのか、少し息が乱れていた。


「どうしてアルグレック様はマチルダ様を選んで下さらなかったのですか! 魔消しなんかより、貴族の愛人の方がよっぽど良いに……」


 ああもう、面倒くさい。

 フィリアの中で何かの音がした。


「なあ、あんた。ちょうど知り合いの貴族様が平民の愛人を探してたから、あんたに紹介するよ」

「はあ!? 一体何の話を」

「その貴族様なら騎士でもあるし、顔だってそこそこ良い。物腰だって柔らかい。あんた今は婚約者がいないんだから、いい話だろ?」


 とんでもないことを言い出したフィリアに、アルグレックたちはぎょっとした視線を送った。

 フィリアが知っている人で、思い当たるのはひとりだけだ。


「勝手に決めないでよ!! なんで私が愛人なんかに……!」

「あんたがアルグレックに言ってることと、何が違うの」

「――っ」

「あんたも、マチルダとかいう令嬢も、大っ嫌い。二度と話しかけてくるな」


 魔消しにいわれたところで何も思わないだろうが、それでも言いたかった。金輪際顔を見たくも話したくもない。

 固まったままの女を無視して、さっさと移動するべく背を向けた。




「フィリア、ありがとう。いつも、俺ばっかり助けて貰ってる気がする」

「別に。あんたの為に言った訳じゃないし」

「でも、嬉しかった」

「ああそう」


 お礼を言われるようなことを言ったつもりはなくて、なんだか面映い。



「……ところで」



 急に声のトーンを落としたアルグレックに、ミオーナたちも反応した。アルグレックはぐっと口元に力を入れると、言いにくそうに口を開いた。



「副隊長の顔、タイプ……?」

「いやそこかよ」



 セルシオのツッコミとともに、3人からじっとりとした視線を送られても、アルグレックの表情は変わらず真剣そのもの。


 ああもう、お腹空いた。



本年は拙い作品に目を通していただき、ありがとうございました。

来年もお付き合いくださると嬉しいです。


来年は糖分をマシマシしていきます!

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[一言] 来年からも楽しみにしています。 良い年をお迎えください。
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