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62.考えること

 手足の傷は残るものの、体調はすっかりよくなり、月曜日の魔消しにはきちんと行くことができた。

 驚くことに、最近は毎度来ていたベニートンが今日はいなかったのだ。アルグレックも理由は分からないらしい。まあ飽きたのだろう。


 魔消しの前にまた執務室へ向かう。最近よくここに来ている気がする。


「もう体調はいいのかな?」

「はい。ご迷惑をおかけしました」

「いやいや、大変だったな。けれどおかげで、違法薬物のルートがひとつ潰せそうだ」

「いえ、私は何も……」


 副隊長にもお礼とお詫びを言う。彼の祝福にかなり助けられたと聞いた。それなのに、逆に副隊長夫人から預かったというクッキーを貰ってしまった。


「フィリア美味しそうに食べてたもんな」

「本当に。釣られてつい手が伸びたものだ」

「ええ、私もです」

「……」


 そのクッキーが貰えるかもと勝手に期待して、ノコノコついていった結果誘拐されたなんて、口が裂けても言えない。恥ずかしすぎる。

 フィリアはそっと3人から視線を外した。


「それで、ここに呼んだ理由だが、今日は魔消しの後に何か用事はあるかな? なければ誘拐事件についての聴き取りに協力してほしい」

「大丈夫です」

「アルグレックに付き添わせるから安心していい。まあ、そう構えなくても大丈夫だ。話をする相手は団長だから」

「「は?」」


 あんぐりと口を開けたアルグレックを見て、フィリアは自分も同じ顔をしているのだろうと悟った。





「本当にすまなかった」


 頭を下げた団長を見て、フィリアは思いっ切り顔を引き攣らせた。それどころか、身体が勝手に半歩後退までした。


「なんだその反応は」

「貴族様に頭を下げられるなんて、少しも良い予感がしなくて」

「すごい偏見だな。そう言うなら、アルグレックだってもう貴族だぞ」

「え、ちょっと、俺までそんな目で見ないで」


 そうだった。この男も男爵子息になったのだった。まだ何も言っていないのに「これからもそのまま忘れてて!」と凄まれ、フィリアは思わず頷いた。言われた通り忘れることにしよう。


「とにかく、だ。俺が提案した恋人のフリが原因で、フィリアが誘拐される羽目になったことは間違いない。悪かった」

「いえ」

「相手が貴族だろうが、フィリアを誘拐した罪もしっかり償わせるから安心してほしい」

「はあ」

「早速あの日のことを話してもらえるか」


 団長の執務室で、まずフィリアがあの日のことを話した。いくつか質問されたあとは、昨日3人に聞いたようなことを団長からも説明された。やっぱりアルグレックがあの令嬢に魅了をかけていたら、色々と不利になっていた可能性はあったようだ。


 それ以外は、正直どうでもよかった。あの2人が今後どうなろうと知ったことではない。ただフィリアに、アルグレックに関わってこなければもうそれで。

 それが顔に出ていたのか、団長は胡乱な目でフィリアを見た。


「一応聞いておこう。お前はあの2人をどうしてほしい」

「二度と会わなければ何でもいいです」

「何でも? どうでもじゃなく?」

「……」

「とは言え、恐らく北の更生施設に幽閉になるだろうから、まあ二度と会うことはないだろうな」

「はあ」


 アルグレックは明らかにほっとした息を吐いた。それを見てもう満足だった。

 その様子を見ていた団長は、面白いものでも見つけたように片眉を上げた。


「ところでフィリア。あの令嬢の目を魔消ししてやると()()したそうだな」

「はあ」

「できるのか?」

「いえ、無理でした」

「無理だとは知っているんだな」


 アルグレックに話したようなことをもう一度話すと、団長は腕を組んで考え込んだ。


「フィリアに合わせたい男がいる」

「は!? ちょっと団長!?」

「そういう意味じゃない。王都で魔消しの研究をしている奴なんだがな。悪い奴ではない。変なだけで」

「はあ」

「なんだ。言いたいことがあるなら言ってみろ」

「……良い予感がしないのが当たったな、と」


 大笑いした団長に、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。いやそこは否定してほしかった。

 複雑そうな表情のアルグレックにどうにか助け出されるまで、フィリアは団長から手荒い洗礼を受け続ける羽目になったのだった。




 城館を出ると、家へは帰らずそのまま街へ向かった。目指すは『チュラチュラ』という雑貨屋だ。

 時折視線を感じながら、危うい記憶を頼りに歩を進めると、目的の店はすぐに見つかった。

 平日なのにやっぱり混んでいる。意を決して飛び込み、真っ直ぐ店員の元へ急いだ。


「すみません。ここ、修理は受け付けてますか」

「うちの商品でしたらお受けしてますよ」

「これなんですけど」

「ああ、これでしたらすぐに直せます。お預かりしますね」


 フィリアは安堵の溜息をついた。自分でも大袈裟だと思うほどに肩の力が抜けた。


 良かった。


 これで少しは気が晴れる。髪飾りを見る度に気が滅入ったり苛立ったりすることも減るだろう。願わくば、壊したあの令嬢たちのことも忘れたい。


 考えてしまうことはもうひとつある。アルグレックの言った「違う」という言葉の意味だ。


 何度考えても違いが分からない。さすがに口に出せる出せない程度の違いではないだろう。


 好きは好きなのだ。しかも特別。


 けれどそれは彼だけではなく、ミオーナだって特別好きだ。同性だけれど、もし彼女に恋人のフリをして欲しいと言われても了承するだろう。セルシオは……まだぎりぎり違うような気がする。


 それに、アルグレックにとってはフィリアよりあの2人の方が、付き合いだって長いし好きだろう。少し寂しいけれど仕方がない。時間には勝てない。


 やっぱり、何が違うのか分からない。


 そもそも同じじゃないといけないのだろうか。違うと言われて気になっているだけで、別に違ってもいいのではないか。


 そうだ。今のままで何の不満があるというのだ。もう考えるのはよそう。好きは好き。それでいい。



 そう思うのに、それでもやっぱり考えてしまうのは、「違う」と言った時の顔があまりにも寂しそうに見えたから。

「好き」と言われた時のことを思い出せば、心臓がぎゅっとなって苦しいから。

 寂しそうな顔はもう見たくない。でも、もうひとつは――……




「できましたよ」

「ありがとうございます」


 受け取った髪飾りは、もうどこが壊れていたか分からないくらい綺麗に直っていた。フィリアは手早く髪を纏めると、髪飾りを結び目に挿し込んだ。


「大切に使って下さってありがとうございます。とてもお似合いですよ」

「……ありがとうございます」


 自然に弧を描く口元。この髪飾りが大切なことだけは、とてもはっきりしているから。


 これをくれた男は今何をしているのだろう。やっぱり訓練中だろうか。それとも近場に討伐へ行っているのだろうか。


 日に日に、あるひとりのことを考えている時間が長くなっていることに、フィリアはまだ気付いていなかった。



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