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6.お願い

 アルグレックと週に一度はご飯を食べるようになって早1か月。


 毎回約束したわけではなく、いつも夕方にギルド前で女達に囲まれながら待っていて、その女達に睨まれるまでがお決まりの流れだ。フィリアは毎回断ることもなくついていった。アルグレックが連れて行くお店はどれも安くて美味しく、フィリアは密かに感心している。


 今日来た店も初めて入った店だった。いつものようにアルグレックがビールと料理をいくつか頼むと、違うテーブルから男が1人近づいてきた。


「あれ? アルグレック?」

「セ、セルシオ……!」

「目立つ奴がいるなと思ったら……って女連れ! まじか!!」

「いや、その、彼女はあの……」


 珍しくしどろもどろになりながら眼鏡をかけるアルグレックをにやついた顔で見る大柄の男。フィリアは居心地悪げに2人を見ないようにメニューを眺めることにした。


「はっはーん。例の彼女か。あの件はもう話したのか?」

「いや、それはまだこれから……」


 大柄の男は一度自分が座っていた席まで行くと、同席していた女2人に二言三言話してから戻ってくる。アルグレックが小さく溜息をついたのが聞こえた。


「初めましてお嬢さん。俺はセルシオ・マルティネス。アルグレックの友人かつ同僚だ」

「はあ、どうも」


 セルシオと名乗った男は驚いた顔をしてアルグレックを見た。握手を求めた手には手袋がはめられている。握り返すことはしなかったが、見たことのある手袋だった。アルグレックは苦笑しながらつまみに手を伸ばす。


「フィリアはいつもこうだから」

「え、お前にも?」

「むしろ最初はもっとつれなかった」


 なら放っとけと思いながら、運ばれてきたビールを受け取る。大柄の男はすかさずビールを追加で注文した。この男がこのままここにいるなら、今日はひたすら料理を堪能するだけで良さそうだ。


 短く刈り上げた金髪に緑色の瞳、日に焼けた肌にがっしりした筋肉質の大きな身体、きりっと上がった眉が特徴の精悍な顔つきの男は、まさに強そうな騎士といった出で立ちだった。


「フィリアちゃん、こいつの所属先は知ってるか?」

「はあ、まあ」


 アルグレックとは違う馴れ馴れしさに引きながら、同僚ということは()かもしれないと思い、一応返事をする。

 特殊祝福部隊みたいな名前だった気がする。騎士団の中でも特殊な祝福を持つ者たちが所属する部隊と言っていたはずだ。……多分。


「騎士団特殊部隊、通称“特隊”って言われてるって話、確かしたよね?」

「……聞いた」

「絶対覚えてなかっただろ」


 口に出さなくて良かった。

 半目になったアルグレックの視線を無視し、いつものように勝手にグラスを合わせられたのを見てからビールを飲む。セルシオはまた驚いた顔をした。なんだか表情が煩い男だ。


 机の中央に光る防音の魔法陣をちらりと見てから、アルグレックは軽く咳払いした。


「フィリアに頼みがあるんだ」

「嫌」

「まだ何も言ってない!」


 面倒くさそうな予感がしてにべもなく断ると、セルシオは噴き出して大笑いした。汚い。

 類は友を呼ぶとはこのことだ。この男も訳が分からない。


 遅れてやってきたビールを受け取ると、ニッと笑ってグラスを突き出した。


「とりあえず乾杯しようぜ、フィリアちゃん」

「は? はあ」

「ちょっと! 俺もまだちゃんとしてもらったこと……待って、俺もする!」


 セルシオに合わせてフィリアも渋々グラスを上げると、そこにアルグレックが割り込む様にグラスを合わせた。

 それを見てセルシオは豪快に笑った。


「なぁ、アルグレックとはどんな関係?」

「友達だよな、フィリア!」

「まあ、不覚にも」

「おぉい!」


 セルシオの笑い声が一層大きくなる。表情だけでなく声まで煩い。

 この2人のせいで騎士団のお固そうなイメージがガラガラと崩れ去るのを感じた。もちろん良い意味で、ではない。


「で、お願いなんだけどさ」

「……」

「そんな面倒くさそうな顔しないでさ、気軽に聞いてよ」


 ますます嫌な顔をするフィリアを見て、セルシオはいよいよ腹を抱えて笑った。黙って小さな揚げ鶏を数個取り皿に移した。


「今度俺たちの特隊に来てほしいん……うわあ嫌そうな顔」

「わ、笑い死、ぬ……くっくく……っ!!」

「フィリアにもいい話だと思うんだよ。聞くだけでいいから。な、お願い」

「……別に聞いてるだろ」


 嫌々呟けば、アルグレックの顔がぱあっと綻んだ。セルシオはヒーヒー笑い転げている。

 なんなんだこいつら。

 フィリアは気にせず料理を食べることにした。


「うちの部隊は特殊な祝福持ってる奴の集まりだって言っただろ? そのほとんどが私生活では結構不便を強いられてて」

「こいつは眼鏡、俺は手袋をつけてないと生活できない。口当ての奴もいるな」


 どうにか復活したセルシオも加わる。アルグレックを見て、頷いて先を促した。


「最近ギルドで魔消しの依頼増えなかった?」

「増えた」

「うちのお抱え魔消師が結構な高齢で、この前辞めたんだよ。それで、だから……」


 探るように上目遣いで見つめてくるアルグレック。自分の背中の方からきゃあと黄色い声が聞こえた。

 言葉の先はなんとなく予想できるが黙っていた。


「俺たちの隊長がえらくフィリアちゃんの魔消しを気に入ったみたいでな。アルグレックの熱烈な推薦もあるし」

「ちょっ!! えっと、その、フィリア、1か月くらい前に古くて汚れた眼鏡に魔消しした記憶は?」

「サイドが鼈甲のやつなら」

「そう、それが隊長の眼鏡だったんだけど、魔消しは強いし綺麗になってるしで、結構感激してたんだ」

「へぇ」


 褒められたようで落ち着かない。そもそも魔消しに強いも弱いもあるものなのか。

 フィリアは照れを隠すようにビールを飲んだ。


「お前さっさと本題言えよ」

「うるさいな、今から言おうとしてたんだ……それで、できればフィリアにその後任になってほしくて」

「……」

「無理にとは言わない。ただ一度、特隊に来てくれないか?」


 途中から予想した通りだったとは言え、どうしたものかと思案する。


 悪い話ではないのかもしれない。相手は国に属する騎士団だ。騙されるなどの心配はあまりないだろう。

 しかしフィリアには大勢と関わることに良い思い出がなかった。魔消しだと分かると、卑下され、誹謗され、暴力を振るわれたこともある。『神に見放された人間』に話しかけることすら嫌う人間がいるのも事実だ――この2人が変なだけで。



「フィリアに嫌な思いはさせないから」



 少し心配そうな、それでいて暑苦しい程真剣なアルグレックの瞳を見て、気付けば「分かった」と呟いていた。魔消しの自分なんかが役に立つなら、と柄にもないことを思いながら。


「とりあえず、行くだけなら」

「本当に!? やった! ありがとう!!」

「来てくれるの楽しみにしてるぜ」


 そこまで喜ぶようなことなのか。「はあ」と気の抜けた返事をしても、2人は全く気にも止めなかった。


「ていうかいつまでここにいる気だよ、セルシオ」

「はいはい、そろそろお邪魔虫は退散しますよ。フィリアちゃん、またな!」


 返事も禄に聞かずに、男は元いたテーブルへと戻っていった。グラマラスな美女2人が拗ねた様な顔をしながらも男を迎え入れていた。

 それを見届けると、アルグレックは眼鏡を外すや否や、急に肩と声のトーンを落として呟いた。


「フィリア、ごめんな」

「何が」

「特隊の皆に、フィリアがその、魔消しだってこと勝手に話して」


 今頃そんなこと気にするのか、というよりフィリア自身も言われるまで気付いていなかったことに自分で呆れた。


「別に」

「嫌じゃなかった?」

「それで生きてるんだし」


 事実フィリアはあまり隠す気はなかった。

 発覚したばかりの頃は確かに嫌だった。修道院にいながら神をも恨んだ。どうして自分ばかり、と。

 あの神父が亡くなり1人になって、そんなことを考える余裕もなくなった。生きていくだけで精一杯。気が付けばもうそんなことは諦めていた。


 自分で終わらせることが出来ないなら、受け入れて生きていくしかないのだ。



「ありがとう、フィリア」

「そんなことより、これに合うお酒、教えて」

「……ああ!」


 少し切なそうに笑う()()に、フィリアなりの気遣いだった。



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