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56.隊対抗戦

 時折冷たい視線は飛んでくるものの、フィリアは以前と同じように周りを気にしない生活に戻っていた。


 今朝も城門で待つアルグレックにくっついてきたベニートンですら睨むだけで、直接文句を言って来なかった。


 アルグレックがあしらい方を変えたらしい。

 立会人のセルシオ曰く、ベニートンがフィリアの悪口を言えば倍にして良いところを返し、そこにミオーナが私の方が知っていると口を挟む。「いや俺の方が」「私の方が」と、ベニートンが諦めるまで続けるそうだ。たまに他の隊員まで面白がって参加するらしいから恐ろしい。


 フィリアは欠片も想像できないのに、背筋が凍る思いだった。



 今日もベニートンは特隊で魔消しのアイテムを出してこなかった。その代わりなのか、冒険者ギルドでは昨日も新しい手袋が依頼されていた。

 彼は意地になっているのかもしれないが、フィリアにはどうでもいいことだった。報酬さえ貰えれば。



「そうそう、来週末に隊対抗演習があって特隊も出るんだが、フィリアちゃんも見にこないか?」

「公開演習?」

「騎士団は強いですよ〜格好いいですよ〜彼女にならない〜? ってアピールする場」

「それあんただけだろ」


 セルシオは笑った。否定はしなかった。

 今回の賞品は10月の鎮魂祭の休みらしい。もちろん1位には幻牛も出る、とセルシオは嬉しそうに語った。


「鎮魂祭?」

「亡くなった人を偲ぶ祭りなんだ。他の地域だと収穫祭が多いみたいだけどな。ここは国境だから」

「ふうん」


 確かに収穫祭なら他の街でもあった。参加したことは一度もなかったが。

 彼らに誘われたなら、断る理由は特にない。フィリアはただ「分かった」と頷いた。




 隊対抗演習の日。

 差し入れも何も必要ないと確認したため、フィリアは身軽な気分で演習場に来た。対抗戦は朝から昼過ぎまで行われると聞いたので、のんびりとしていたら昼前なった。


 まあちらりと特隊が見られればいいかという軽い気持ちだった。


 けれど、すぐさま来たことを後悔した。人が、特に若い女性が多く、香水の匂いがきつい。そして何より、視線がきつい。


 今まで浴びせられていた蔑む視線とは違う。憤慨、憎悪、怨恨、敵意……とにかく禍々しいものだ。

 来るには来た。挨拶してさっさと帰ろう。フィリアは特隊を探した。



「フィリアー! こっちこっちー!」



 聞き慣れたミオーナの声にほっとしたのも束の間、出血してるんじゃないかと思うほどの視線が背中に刺さる。逃げるように駆け足で彼女の元へ向かった。


「来てくれて嬉しいわ! あっちの席だと特隊の関係者席だからゆっくり見られるわよ」

「いや、すぐに帰……」

「何言ってるの! ダメよ! あんたが帰ったら幻牛肉が遠くなるわ!」

「はあ?」

「フィリア! 今来たの?」

「もう来ないかと思ったぜ。これで幻牛もこっちのもんだな」


 アルグレックとセルシオが駆け寄ってくる。その後ろではベニートンが睨みつけていたが、フィリアはいつものことだと特別何も思わなかった。


 特隊は2戦して今のところ負けなしらしく、このままいけば上位が目指せるということだった。

 他の特隊員たちにも挨拶をすると、引くほどに歓迎してくれた。そして二言目にはこう言った。


「アルグレックと付き合ったんだって? おめでとう!」

「はあ、ありがとうございます……?」


 嘘をついていることへの後ろめたさは特に感じなかった。なんとなく、数人は偽装だと気付いているような気がしたからだ。


「いや~ほんと来てくれて良かった! 今日は本当に幻牛が手に入りそうだ」

「そうそう! フィリアさんのおかげでアルグレックが……」

「あっ!! フィリア! お昼もう食べた!?」

「若いっていいね〜」


 そして次の句には幻牛。恐ろしき、幻牛への執念。


 アルグレックに少々強引に手を引かれながら、フィリアはミオーナたちの所へ戻ってきた。

 改めて昼食は済ませたかと聞かれて否定すると、次の試合が終わるまで待っていて欲しいと言われた。用意があるらしい。


「そろそろ次の対抗戦だ。アルグレック、行くぞ」

「あそこの席で応援してくれたら嬉しい。あ、でも暑いから無理はしないで」

「分かった。その……頑張って」

「ああ!」


 嬉しそうに走っていくアルグレックは、まるでこれから冒険に出かける少年のようだった。


 言われた特隊関係者席には、恐らく隊員たちの家族であろう人たちが座っていた。フィリアは少しいたたまれない気持ちになりながら、一番後ろの席へ行こうとした。



「あの、失礼ですがフィリアさんですか?」

「……はい」


 一番前に座っていた貴族の夫人に声を掛けられ立ち止まる。彼女はにこりと上品な笑みを浮かべ、優雅に立ち上がった。


「わたくし、副隊長のエドモンドの妻のエミリーと申します。夫から貴女の話は聞いております。どうぞお見知りおきを」

「フィリアです。副隊長にはお世話になってます」


 慌てて頭を下げる。

 夫人はよく来ているのか、他の席に座っている人たちも紹介してくれた。やっぱり隊員の家族ばかりで、フィリアは余計に居心地の悪さを感じた。


「フィリアさんは専属の魔消師なのですから、一番の関係者でしょう? どうぞ一番前でご覧になって」

「え、いや、でも」

「フィリアさんにお礼を言いたかったのです。ぜひ隣へ」


 副隊長と同じ、笑顔の圧を感じる。フィリアは大人しく従うことにした。


「あら。アルグレック隊員がこちらを見てますわ。手を振ってみてはいかがかしら?」

「はあ」

「さあ、ほら」


 断り切れずに言われるがままに小さく手を上げると、アルグレックは一瞬固まったもののすぐに大きく振り返した。つられるようにして、多くの特隊員たちが手を振る。その家族たちはクスクスと笑いながら小さく手を振り返していた。



「フィリアさんが特隊専属の魔消師になってから、夫婦喧嘩が減ったのです」

「はい?」

「夫の祝福はご存知でしょう? 前任の方のはどうしてもたまに抜けがありまして……サプライズで喜ばせたい時に限って、よくばれていたのです。夫は乙女心の分からない人ですの」

「はあ」


 副隊長の祝福は、確か触れると過去が見えるものだった。

 乙女心の分からないと言われても、フィリアにもよく分からない。


「わたくしたち夫婦の為にも、これからも特隊をよろしくお願いしますね」

「いえ、その、こちらこそ」


 対抗戦開始の合図らしき音が聞こえる。

 正直助かったと思った。多分そのうちまた「いえ」しか言えなくなる。



 対抗戦は凄かった。

 何がどうなっているか全く分からなかったが、とにかく凄かった。特隊が一方的に攻められていると思えば、今度は一方的に攻めている。ぽかんとしている間に終わっていた。


「フィリア! 見てた? 勝ったよ!」

「ああ……あれ勝ったの。おめでとう」

「あら、フィリアちゃんと見てなかったの?」

「いや見てた。けど圧倒されてる間に終わってた」

「アルグレック、凄かったでしょ?」

「うん」


 少し照れながら喜ぶアルグレックをぼんやり見る。確かにアルグレックは凄かった。一番よく動いていたように思う。

 フィリアの視線がミオーナの後ろへ移る。



「カミラさん、格好良かった」



 もうひとりの女騎士カミラと目が合う。思わず漏れた言葉は、どうやら他の隊員にも聞こえていたらしい。

 ふふっと笑ったカミラにお礼を言われてしまい、フィリアは急に恥ずかしくなった。


 けれど、呟かずにはいられないほどに彼女は格好良かったのだ。

 次々に繰り出す魔法とその正確さ。アルグレックの駆け回る隙間を縫うようにして、正確に、的確に。本当に凄すぎて、凄いと思っている間に終わってしまった。


 なぜだか他の隊員に慰められまくっているアルグレックが立ち上がると、ぎっとカミラを睨んだ。


「次は負けません……!」

「あら。受けて立つわよ、坊や」


 いやあんたら味方だろ。

 特隊員たちの笑い声を聞きながら、フィリアはひとり心の中でつっこんだ。



 副隊長夫人からの豪華な差し入れを昼に食べ、宣言通り2人は大暴れしたが、優勝にはあと一歩及ばなかったらしい。

 肉、肉と悔しがる姿を想像して、フィリアは遠い目をした。



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