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53.新入り

 フィリアはベッドの上で胡座をかいていた。

 いつものように枕の下に短剣を入れてから、サイドテーブルに視線をやる。

 置かれているのはアルグレックに貰った髪飾りと、ミオーナに貰った結紐と瓶。そして足首へと視線を移し、組紐にそっと触れながらぼんやり今朝のことを思い返していた。





 いつものように迎えに来てくれたアルグレックと特隊の執務室へと向かった。


 あの髪飾りが付けられているのを見て、アルグレックは嬉しそうな顔をした。偽装している間は、なるべくこれを付けていた方がいいだろうという話になったのだ。

 そうでなくても付ける気でいたフィリアは、ミオーナに付け方を教えてもらった。もちろん、ミオーナから貰った結い紐の結び方も。


 朝からフィリアの足取りは軽かった。団長の言っていた特別手当が今日貰えると聞いていたからだ。


 これでまた彼らと色んな店に食べに行きたい。彼らがしてくれたように、できれば自分でも彼らの誕生日プレゼントを用意したい。彼らが来てくれた時用の食器を買うのは……それは少しはしゃぎすぎか。


 金銭的に余裕が生まれたことも相まって、してみたいことはどんどん増えている。


 執務室に着くと、初めて見る騎士もいた。アルグレックに視線をやると、若干顔が引き攣っている。

 また親戚か?


「アルグレック先輩! おはようございます!」

「ああ、おはよう。ベニートン」

「やだなあ、ベニーって呼んでくださいって言ってるのにー!」


 少し小柄で幼さの残る甘い顔立ちの男は、アルグレックを見つけるなり、飛びつかんばかりの勢いで駆け寄った。

 フィリアはそれを横目で見ながら、隊長と副隊長に先に挨拶を済ませることにした。


「おはよう。彼が新しく特隊に配属されたベニートン・アレバーロだ。ベニートン、彼女が特隊専属魔消師のフィリアだ」


 紹介された男は少しもフィリアを見ずに、アルグレックに視線を向けたまま「はい」とだけ返事をした。


「フィリアです。よろしくお願いします」

「……」

「ベニートン!」

「……アレバーロです」


 アルグレックに怒られた男は、先ほまでのど声とは打って変わって不貞腐れるように名を告げると、すぐに視線をフィリアから外した。

 さらに怒ろうとしたアルグレックに、フィリアは小さく首を横に振って見せた。

 こんな反応には慣れている。むしろ今まででの特隊メンバーの方が変だと思うくらいなのだ。


「私からもあとみっちり言って聞かせる。さて、特別手当のことだが。遅くなって悪かったね」

「いえ。ありがとうございま……」

「先に言うが、間違いではないからな」


 明細を見てあんぐりと口を開けているフィリアに、新入りの男はなぜかフフンと鼻で笑った。


「よかったな、フィリア」

「ああ……うん」

「よかった? え? それちょっと貸して!」

「あっ! こら!」


 すぐにアルグレックが取り返してくれたが、新入りはしっかり金額を見たらしい。信じられないものを見た、という顔で明細を見つめている。


 まあ、気持ちは分かるけど。


「ベニートン! フィリアにちゃんと謝れ!」

「いやでも先輩! あんなのおかしいですよ!」

「おかしいのはお前だから!」

「だって!」

「文句があるなら団長に言えばいい。決めたのは団長なんだから」

「はあ!?」

「あの。もう行っていいですか?」


 怒ってくれているのに申し訳ないと思いながらも、面倒くさくなったフィリアは2人を無視して隊長に声を掛けた。呆れ顔の隊長と、目が笑っていない副隊長が頷く。


「あ、待ってフィリア! 俺も行く!」

「あんたが立会人?」

「そう! ほんっとにぎりぎりでもぎ取ってきた」

「ああそう」

「先輩が行くなら僕も!」

「ベニートン。君はここに残りなさい」


 そんなぁと情けない声で叫ぶ新入りの声に後ろ髪を引かれることもなく、フィリアはアルグレックと並んで執務室を出た。

 慣れたつもりでいたのに、妙に疲れた。


「新入りがごめん」

「アルグレックは男にもモテるんだな」

「勘弁して」


 顔を顰めるアルグレックに、フィリアは小さく苦笑した。


 いつものように魔消しを施す。一旦集中してしまえば、立ち会う人の視線は気にならなくなる。それはアルグレックに対しても同じで、いつの間にか彼の視線が手元からフィリアの顔に移っていることにも気付かなかった。

 もちろん、その視線に熱が含まれていることにも。



 最後のひとつを終わらせ、書類にサインをしてアルグレックに渡すと、大きな足音が聞こえてきた。


「先輩! まだこんなところにいたんですか!」

「え、いやなんでベニートンがここに?」

「先輩を探しに来たんですよ! 早く訓練に行きましょうよ!」

「先に行ってて。俺はまだ用があるから」


 ベニートンは明らかに不満気な顔だ。アルグレックは気にすることもなく、受け取った書類に名前を書いている。


「用って何があるんですか」

「フィリアを送って書類を提出するんだよ。だから、さっさと――」

「……先輩、ほんとにそいつと付き合ってるんですか。女の趣味悪すぎ」

「ベニートン!」


 男はプイっと拗ねたように顔を背けた。童顔のせいで幼さが強調されている。アルグレックは大袈裟に溜息をつくと、フィリアに部屋を出ようと視線で促した。


「俺がお願いして付き合ってもらってるんだ。だから、お前のせいでフラれたら本気で恨むからな」

「は!? 嘘ですよね!?」


 確かにアルグレックからのお願いで偽装に付き合っている。物は言いようだな、とフィリアは変に感心した。

 納得できないベニートンは、今まで頑なに視界に入れなかったフィリアを睨みつけた。


「あんた。いい気になるなよ。僕がすぐに先輩の目を覚ましてやるんだからな」

「はあ」

「ベニートン! いい加減にしろ!」


 急に巻き込んでくれるな。

 フィリアが思ったことはそれだけだった。



 いつものように城門までアルグレックは送っていくと言ってくれたが、今日は早々に騎士棟の前で別れることにした。


 ベニートンの煩さに辟易したからだ。

 あの時以外フィリアに直接話しかけることはなかったが、鋭い視線は何度も飛ばされたし、嫌味や小言をちょくちょく挟んでくるのだ。


 そのたびにアルグレックは怒って、フィリアに謝っていた。それもなんだか申し訳なくて、フィリアは退散した。気にしないで欲しいが、きっと彼は気にするのだろうなと思いながら。



 ひとりで歩けば、多くの視線が飛んでくる。その視線たちに、フィリアは違和感を持った。

 今までとは違う。刺さるような冷たさが、驚くほどに少ないのだ。

 フィリアはちらりと視線の先を追うと、騎士2人と目が合った。慌てて目を逸らされたが、どう見てもマイナスな視線でも表情でもなかった。

 アルグレックが頑張ったと言っていたが、これがその成果なのだろうか。


 フィリアは無意識に、そっと髪飾りに手を伸ばした。





 いつの間にか止まっていた手を動かして、組紐を撫でた。


 大切なものが増えて、同時に、なんだか自分が弱くなった気がする。

 今日だってそうだ。フィリアは、ベニートンの明らかな拒絶反応に傷付いたことを自分で認めた。


 別に誰彼構わず好かれたい訳ではない。もっと友達が欲しいなんて露ほども思わない。強がりではなく、本当に現状で充分に満足している。

 それでも、どうしても小さなダメージが積み重なっていくように、少しずつ心が重くなってしまうのだ。彼らのおかげで、そんなことも減っていったのに。


 アルグレックたち3人の顔が頭に浮かんで、フィリアは再び手を止めた。



 いや、もしかしたら。


 大切なものが増えたからこそ、自分の弱さに気付けるようになったのかもしれない。


 そう思うと、なんだか今のままでいい気がするから不思議だ。

 うつ伏せ気味に寝転び、羊のぬいぐるみを潰すように抱き着くと、フィリアはゆっくり目を閉じた。



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