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51.偽装デートの裏側

「お~、かなり化けたな」

「でしょう? 朝から張り切って押しかけた甲斐があったわ」


あの2人の偽装デート当日。

フィリアに「ばれないように付け回す」と宣言した通り、変装したミオーナとセルシオは少し離れたところから様子を伺っていた。

こんな楽しいイベントを見ない手はない。


燈火祭の時と同じ、菫色の刺繡が入ったワンピースを着させた。あの時より丁寧に可愛く編み込んだ髪。化粧は彼女が拒否しないギリギリで手を打った。元々大きな目のはっきりとした顔立ちだから、唇に紅をさしただけでも見違えたけれど。


「おっ、もうお邪魔虫が寄ってきた」

「声が聞こえないのが残念だわ」


早速ナンパされているフィリアは、心の底からめんどくさそうな顔をしている。せっかくのお洒落も化粧も台無しなほどあからさまだ。それでも男たちはめげずにしつこく言い寄っている。


「もう! あの馬鹿犬は何やってるの!」

「あ~……きっとナンパされるだろうから、それを撃退させるのもいいかなと思って、靴隠してきた」

「はあ!? 何やってるのよ!」


「フィリア!」


ミオーナがセルシオの肩を叩いたのと同時に、やっともうひとりの主役が来た。フィリアのほっとした表情がよく見えた。



「アルグレック」



仏頂面が一転してふわりと笑ったフィリアに、アルグレックは歩みを止めた。

それは彼だけではなく、ナンパしていた2人組も、こっそり覗いていたミオーナたちも同じく固まった。どの顔も一様にして朱が差している。


「あれはすごい。あいつ生きてるか?」

「あの子は射殺す気なの?」


フィリアは微笑んだままアルグレックに近付き横に並ぶと、大きく息を吐いた。

既にいつもの無愛想な顔に戻っていたフィリアだったが、アルグレックと再度目が合った瞬間に薄く笑った。


「よし、忘れてないわね」

「フィリアちゃんに何か吹き込んだな」

「今日はとにかく目が合えば微笑みなさいって言っただけよ」

「それは面白くなりそうだ」


アルグレックが心臓を抑えて深呼吸を繰り返している。

声はここまで届かないが、顔を赤くして何やら喚きながら手を差し出す姿は、まるで今告白しているかのようだった。

フィリアが何でもないような顔で手を乗せると、2人はようやく歩き出した。


「手を繋ぐなんて、アルグレックもやるじゃない」

「なかなかそれっぽく見えるな」


ばれないようにこっそりついていく。


最初に2人が入った店は、メモにはないコーヒーショップだった。開いている窓の前を陣取って、2人の様子を探る。コーヒーのいい香りと共に、時折声が聞こえてきた。


「今日のお礼に俺が買うよ」

「それはアイスだろ。これは自分で買う」

「でも俺もよく飲ませてもらったし」

「それなら、あんたも買ってうちに置いとけば」


そう言われた時のアルグレックの顔が真っ赤だろうことは、想像に難くなかった。



「半分同棲してるカップルか」



セルシオの呟きに、ミオーナは大きく頷いた。


次に2人が向かったのは、ミオーナたち指定がした『チュラチュラ』という雑貨屋だった。予想通り入店した途端に注目されている。アルグレックは慣れた様子だが、フィリアはそわそわと落ち着かない様子だった。


アルグレックは髪飾りがあるコーナーに行くと、真剣に何かを探している。最初は興味のなさそうなフィリアだったが、隣の男につられて眺めることにしたようだ。


彼女が手に取った髪飾りには、彼の瞳の色と同じ花細工が付いている。恐らく彼女は無意識で選んだのだろうが、アルグレックは蕩けた顔でそれを彼女の髪に付けていた。

フィリアは相変わらず淡々と何かを話していたが、またしても何か射抜く発言をしたらしい。アルグレックは顔から湯気が見えそうなほどに顔を染めた。


結局アルグレックがそれを買い、フィリアはそのまま付けて店を出た。また手が繋がれても、フィリアも何も言わなかった。表情すら変わらない。アルグレックが毎度振り絞っている勇気は、今のところどうにか実っている。


「どう見ても彼女にべた惚れの彼氏って感じだな」

「偽装には見えないわ」


髪飾りの花を見るたびに、アルグレックは目尻を下げていた。


レストランに着くと、セルシオが押さえていた通りの2階テラスへと案内されていた。あそこなら横並びに座れるし、目撃されやすい。何より、こちらが隠れていてもよく見えるのだ。


2人を囲むようにして席が埋まっていく。フィリアは最初こそ振り返ったものの、その後はもう気にした様子はなかった。

料理を一口食べると顔を見合わせ、笑い合った2人を見て、ミオーナとセルシオも顔を合わせた。


「見た? 今の」

「見た。あれはフリの範囲か? もしかして、あいつらいつも()()なんじゃ……」

「有り得るわ……」


甲斐甲斐しく料理を取り分けているアルグレックは、フィリアが小さく笑うたびにとても幸せそうな顔をしている。

周りから見れば、ちゃんと普通の恋人同士に見えるだろう。けれどフィリアをよく知る2人には……


「フィリアちゃん、結構あいつに懐いてきたな」

「なんか悔しい」



食事を終えた2人は、またしても寄り道をしている。マーケットでの催し物でも何やら買い物をして、アルグレックはかなり興奮した様子だ。フィリアもよく笑っている。


「お揃いかしら。あいつもやるわね」

「組紐か? おいおい。利き足に付けるなんて、意味分かってんのか? 普通手首だろうに」

「まあ分かってないでしょうね。というか、あんたが詳しすぎるのよ」


組紐を利き足に付けると、友情や勝負運に効くと言われている。仮にもデート中の2人が揃って付ける場所ではない。

だからといって指摘しにも行けない2人は、まあいいかと口を噤んだ。当人たちがとても嬉しそうだったから。



そのあとも2人は、仲良さげにいくつかの店を回っていた。

フィリアの顔に疲れが見えてきたが、アルグレックの一言に顔を輝かせた。


「アイスか」

「アイスね」


彼女はとても分かりやすい。

行列を見てドン引きした顔をして、違う店に行けば安堵が広がる。店先でアイスを頬張る表情で美味しいと思っていることもよく分かった。

楽しそうにアイスを分け合っている姿は、どう見ても仲睦まじい恋人そのものだ。


「あの2人、偽装デートだって忘れてるわね」

「完全に素だな」

「それでもそう見えるからすごいわ……」



雲行きが怪しくなったのは、アルグレックがゴミを捨てに店内へと戻ってからだった。


ひとりになったフィリアに声を掛ける3人の女性。どの顔も、ミオーナたちには見覚えがあった。公開演習ではいつも一際熱心にアルグレックを応援しているので、嫌でも顔を覚えたのだ。


ミオーナとセルシオは顔を見合わせると、声が聞こえるところまで近付いた。



「あのアルグレック様が誰かと付き合ってるなんて噂があるんだけど、まさかあなたじゃないわよね」

「そうだって言ったら?」

「はあ!? なんでそんな見え透いた嘘を……!」


心底面倒くさそうなフィリアに、3人組は余計に苛立っている。


危害でも加えようものならすぐに割り込もう、そう身構えた2人だったが、そんな場面は来なかった。店内にいたアルグレックも気が付いたようで、慌てて出てくるのが見えた。


「どうやって取り入った訳? しかも辺境伯様にまで!」

「どうせ脅したか同情されてるかなんでしょ! 付きまとうなんて迷惑よ!」

「ちょっと! はっきり答えなさいよ!」

「……だから、こ」


突然フィリアが固まった。

心配になって彼女を見つめると、みるみる顔が赤く染まっていく。



「こ、恋人、だって……言ってる、だろ……」



顔真っ赤にして、かろうじて聞こえるほどの小さくなる声。視線は彷徨い、唇をぎゅっと結んでいる。

それはまるで付き合いたての初々しさのように周りには映った。絡んでいた3人組だけではなく、野次馬までもがその熱にあてられたように赤くなる。


ミオーナは慌ててセルシオの服を掴んだ。


「……危なかったわ。抱き締めに行くところだった」

「もうあいつがしてるぞ。ほら見ろ」

「ああ! ずるい!」

「ああもう。俺がいないとこで、可愛い(そんな)顔しないで」

「……ご、ごめ」


フィリアは明らかに安堵した表情になった。抱き締められていることより、人目に触れなくてほっとしているようだ。

アルグレックの方も、守るというよりは思わず抱き締めたらしい。顔がなんだか幸せそうだ。


「そういうことなんで。彼女、返してもらっていいですか? 行こう、フィリア」

「……あっ! ま、待って下さい!」


「その女! 魔消しなんですよ!?」



よく響く大きな声。その一言に、水を打ったように静まり返った。

みるみるフィリアの顔色が悪くなる。

2人を避けるように開けた道を、アルグレックは彼女の手を引いて歩いて行った。


残るざわめきは、聞くに堪えないものだった。怒鳴り込みに行こうとしたミオーナをセルシオが止めた。


「団長が噛んでるなら、こうなることも想定済なはずだ。今は戻ろう。ミオーナだってフィリアちゃんが心配だろ?」

「でも…………そうね」



言葉少なにフィリアの家へと急ぐ。特にミオーナは、フィリアが心配で仕方なかった。いつかみたいに、全てを拒絶したような冷たい目で、気にしていないフリをするんじゃないかと。


結論から言って、それは杞憂だった。



「これ。あんたらにお土産」



欠伸を零しながら紙袋を渡すフィリアは、いつも通りの様子だった。その隣に立っている美男子は、気持ち悪いほど喜色に溢れている。

ミオーナたちは首を傾げながらも紙袋を覗き込んだ。


「組紐? え、まさか……」

「4人でお揃いなんだ。フィリアが選んだんだよ」


フィリアはアルグレックを睨んでいる。けれど顔が少し赤いせいで迫力がない。彼女の髪に付けられた髪飾りが、小さく揺れている。

驚いたミオーナとセルシオは顔を見合わせたあと、同時にフィリアを見つめた。彼女はバツが悪そうに視線を逸らしている。


2人が足首に付けた意味が分かった。



「あんたらの目の色だったから……つい」



フィリアが気付いた時にはもう、ミオーナの腕の中でセルシオに頭を撫で回されていた。

盛大に照れたフィリアは「もう一回昼寝するから」と強引に3人を追い出したのだった。



「……もう一回昼寝?」

「ああ。フィリアさっき馬車の中で寝てたから」

「え? あんたいるのに?」


顔が蕩けっぱなしの男が頷く。ミオーナたちはまた視線を合わせた。今日だけでもう何度こうしたか分からない。

満足気に歩き出したアルグレックに、2人もついていく。


「それにしてもまぁ、お前にぴったりの髪飾りを贈ったな。パンジーなんて」

「どういう意味だよ」

「紫のパンジーの花言葉はね……」


先程とは違い、にんまりと悪い笑みを浮かべている2人。

アルグレックが「言わなくていい」と言う前に、2人は声を揃えた。



「「あなたのことで頭がいっぱい」」



夕陽より赤い顔のアルグレックに、2人は満足気に笑った。



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