50.偽装デート3
メモに書かれた店を適当に見て回る。
目撃されることが狙いだと頭では理解しているが、興味のない店を回るのは少し疲れる。慣れない注目も、思っていた以上に体力を使うらしい。
「やっと次はアイス屋だ。休憩しよう」
「うん」
それは横を歩く男も同じだったらしい。その提案に少しほっとした。
ちょうどおやつ時だということもあって、指定された店は行列ができていた。可愛らしい外装のせいか若い女性客が多い。
「仕方ないね。並ぶか」
「え、あれに並ぶのか……?」
「美味いらしいけど、他の店にする?」
「アルグレックがよければ」
アルグレックはにこりと頷くと、その列を横目にひとつ隣の通りへと手を引かれた。
足が止まったのは、良く言えば老舗感溢れる店の前だった。客は多くはないが途切れることもない。偏屈そうな、眉間に深い皺の刻まれた老婆ひとりで接客をしている。
「いらっしゃい。決めたら言っとくれ」
人のことは言えないが、愛想はない。種類も多くなく、先程の行列店に比べて華やかさもない。
「どれにする? 2種類と言わず何種類でもいいよ」
「2種類で我慢する」
「ふふ。じゃあ俺も2種類で我慢しよう」
フィリアはチョコとオレンジを、アルグレックはバニラとパイナップルを選んだ。
アルグレックがお金を払うのを横目で見ながら、フィリアは待ちきれずに一口食べ、途端に目を見開いた。
「お嬢さん、いい顔だ」
「……うま、いや、とても美味しいです」
しかめっ面の老婆が口角を上げた。迫力があって、少し怖い笑顔だった。
店内には座れる場所がなかったので、店の前のベンチに腰掛ける。
「気に入ったみたいで良かった」
「うん。今までで1番美味い」
「ここ、隊長が教えてくれたんだ。隊長の子供の頃からあるらしくて」
「へえ」
「ほんとだ、めちゃくちゃ美味い……こっちも、食べてみる?」
おずおずとカップを差し出すアルグレック。フィリアは悪い顔で笑った。
「交換して、また一口で半分食べる気か?」
「あれは忘れて!」
「無理……ふふ」
「思い出し笑いまで!」
「だって……ふふふ」
照れながらわたわたしているアルグレックのカップにアイスを2種類入れてやると、今度は一瞬驚いた顔をしたあとすぐに感動したように顔を輝かせた。
そんな男を、フィリアは少しだけ可愛いなと思った。
「ゴミ捨ててくる。ここで待ってて」
「うん。ありがと」
アルグレックが人混みに消える。急に手持ち無沙汰になったフィリアは、立ち上がって端に寄ると、ぼんやりと組紐を眺めた。
「あなた、どういうつもり?」
真横からの声に顔を上げる。若くて派手な街娘が3人。見たことがあるような気がしないでもないが、正直あまり覚えていない。
首を傾げるフィリアに、3人組は見るからに苛立った。剣吞な空気に、近くの人々からの視線を感じる。
「あのアルグレック様が誰かと付き合ってるなんて噂があるんだけど、まさかあなたじゃないわよね」
「そうだって言ったら?」
「はあ!? なんでそんな見え透いた嘘を……!」
うわ、面倒くさい。そして情報が早い。
どうして直接言いにくるのだろう。陰口を叩かれる方がよっぽど楽だ。
「どうやって取り入った訳? しかも辺境伯様にまで!」
「どうせ脅したか同情されてるかなんでしょ! 付きまとうなんて迷惑よ!」
「ちょっと! はっきり答えなさいよ!」
「……だから、こ」
言葉が詰まる。どうしてここで止めてしまったんだ。
言おうとしていた単語に、全身がみるみる熱くなっていくのが分かった。
「こ、恋人、だって……言ってる、だろ……」
顔真っ赤にして、段々と小さくなる声。視線は彷徨い、勝手に唇をぎゅっと噛でいた。
それはまるで付き合いたての初々しさのように周りには映った。絡んでいた3人組だけではなく、野次馬までもがその熱にあてられたように赤くなる。
フィリアはひとり逃げ出したいほどの羞恥に耐えていると、突然視界が遮られた。
「ああもう。俺がいないとこで、そんな顔しないで」
「……ご、ごめ」
動揺が顔に出ていたらしい。アルグレックに身体ごと隠されたのだと気付いた。
助かった。恥ずかしさで窒息するところだった。
「そういうことなんで。彼女、返してもらっていいですか? 行こう、フィリア」
「……あっ! ま、待って下さい!」
「その女! 魔消しなんですよ!?」
よく響く大きな声。その一言に、水を打ったように静まり返った。
体の芯から冷えていく。
彼は周りからどんな視線を送られているのか。恐ろしくて、フィリアは顔を上げられなかった。
それでもアルグレックの足は止まらない。
フィリアは手を引かれるまま、避けるように開けた道を歩いた。
途中で馬車に乗り込んだ。アルグレックが行き先を告げたので、乗り合い馬車ではないらしい。
「……さっきは、隠してくれてありがと」
「いや隠したというか……あれは、その」
「フリでも、口に出すとあんな恥ずかしいと思わなかった。怪しまれたかもしれない。ごめん」
「いや、ある意味完璧だったよ……」
「でもまさかもう魔消しだってばれると思わなかった。情報早すぎだろ。あの3人組、熱心にあんたを想ってるんだな」
「フィリア?」
横から顔を覗き込まれる。フィリアは何となく視線を逸らしてしまった。
偽装だとさっさとばれてしまった方がよかったのかもしれない。あんなに早く、相手が魔消しだとばれるなんて。
「……だから言ったんだ。魔消しだって分かれば、あんたまでそんな目で見られかねないのに」
鼻で笑うように、今更言い訳のようなことを言う。今日一日、さんざん楽しんだくせに。
自分だけ悪く言われるならいい。もう慣れたから。
だから魔消しだとばれたら、付き纏われたとか困っていたとか言えばいいと思っていた。
それがまさか今日の今日ばれるなんて、完全に想定外だ。
アルグレックが、自分のせいで嫌な思いをするかもしれない。それがこんなに苦しくて、胸が痛いことだと知らなかった。
やっぱり魔消しなんか役立たずだ。借りひとつすら返せない。
「また借りがどうとか考えてないよな」
「え?」
ギクリとして顔を上げてすぐに逸らす。
失敗した。これじゃあ図星ですと言っているのと同じだ。
「……なんて、俺が責められる立場じゃないな。ごめん、フィリア」
「なんであんたが謝るの」
「あんな顔、させるつもりじゃなかったのに」
「どんな顔」
申し訳なさそうな顔をされると心苦しくなる。フィリアは茶化そうとしたが取り入ってもらえなかった。
そんな顔させるつもりがなかったのは、こちらの方なのに。
「別に私は何て言われても平気だから」
「でも、辛そうな顔してた」
何か勘違いしているのか、少しだけ怒っているような視線。
フィリアの直感は当たっていた。
アルグレックは、本当はフィリアは傷付いているのに何でもないフリをしていると思っていた。
『魔消しだから何言われても仕方ない』と、諦めたようにそう思っているのではないかと彼は考えていたから。
「それは……あんたが、嫌な思いするかもって思ったら」
「ああもうごめん、抱き締めていい?」
「……もうしてるように思うけど」
「ごめん我慢できなかった」
少し情けない声色に、フィリアは小さく笑みを溢した。まるでミオーナみたいだなと思ったが、口に出せば否定されそうな気がしてやめた。既に頭の中ではミオーナが全力で否定している姿が浮かんでいる。
フィリアは目を閉じた。
彼女も、最近はこの男も、すぐにこうする。まだ戸惑う気持ちはあるけれど、今では安心する気持ちの方が大きい。温かくて、嫌なことが少しずつ消えていくのだ。
「わがままだと分かってるけど、フィリアが嫌じゃなかったら……」
「私はいいけど、魔消しがあんたの相手なんて、悪口だけじゃ済まないかもしれない。今からでもミオーナにでも頼んで……」
腕に力が込められて、フィリアはなんとなく口を噤んだ。
「フィリアがいい」
「……でも」
「俺自身に何言われても平気。万が一フィリアのことを悪く言われたら、良いところを10倍にして返す」
「そんなないだろ」
「あるよ。たくさん。今言おうか?」
「いやいい」
フィリアは眉間に皺を寄せた。まぁ彼なりの優しさだろうと、それ以上言及するのは止めた。
彼は本当に優しい。こんな魔消しなんかに、いつでも手を差し伸べてくれる。
今だって。
これから面倒になりそうだと分かっているのに、フリという役割を降ろさないでくれている。
役に立てるなら、私は何て言われても構わない。優しさに、温かさに応えたい。
それにしても、どうしてこんなにほっとするのだろう。肩の力が抜けて、何かが満たされるような。なんだか不思議な気持ち。
「……ほんとは、フリじゃなくて、その…………フィリア?」
覗き込めば揺れる頭に、アルグレックは慌ててもう一度腕の中に彼女を収めた。
一定のリズムで聞こえてくる馬蹄の音とフィリアの寝息。アルグレックは小さく苦笑したあと、目を細めた。
誰かがいると眠れないと言っていた彼女が、腕の中で無防備に眠っている。これはつまり安心できる相手として認められたということで。
ただでさえ今日はたくさん嬉しい言葉を貰ったのに。自分のことより、人のことばかり気にして。
「……あんま喜ばせると、知らないからな」
拒否されないと分かってから、抑えるのが難しい。今日だけで2回も抱き締めてしまった。
髪飾りが目に入る。
顔のにやけは、どうやってももう止められなかった。




