49.偽装デート2
「次は……飯屋だ。予約してあるらしいよ」
「へえ」
着いた店は、一棟まるまるレストランになっている店で、アルグレックが名前を言うと2階のテラスへ通された。半円の机が柵に付けられており、城下町を行き交う人々がよく見える。並んで腰掛けてミオーナたちを探したが、フィリアは見つけられなかった。
「あいつらよくこんな店知ってるな」
「セルシオ御用達じゃないの」
「まぁ、それなら味は安心かな」
急に料理が楽しみになってきた。
オススメと書かれたものを適当にいくつか頼むと、アルグレックは眼鏡を外し、いつもの魔法陣を置いた。
「外して大丈夫なの」
「え、なんで?」
「すごく見られてるけど」
「ああ、後ろ向いてるし、離れてるから平気」
通行人だけではない。空いていたはずの店内が、近くの席からどんどん埋まっていく。しかも女性客だけではなく、カップルや男性客までこちらをちらちら窺っている。アルグレックにニヤニヤした視線を送る筋肉質の男は、恐らく騎士団関係だろう。
視線を舗道へと戻すと、背中にちくちくと視線を感じる。
「疲れてない? 大丈夫?」
「うん、平気」
平気というより、拍子抜けしている。手を繋ぐことを除けば、燈火祭と何も変わらない。マイナスな感情の乗った鋭い視線が多いくらいで。
料理が運ばれてくると、2人は視線を忘れてグラスを鳴らした。料理に手を伸ばし、一口食べて顔を見合わせる。同時に頷いた2人の頬は、これまた同じようにとても緩んでいた。
「えーっと、次は……ピルピリ? 何屋だろう」
「さあ? さっぱり」
「あ、見てあそこ。マーケットで何かイベントしてる。ちょっと覗いてみない?」
「うん」
ふらふらと引き寄せられるようにマーケットへ向かう。変わり種の屋台に、吟遊詩人や手品師、ゲームの屋台まであり、まるで小さなお祭り会場だ。
冷やかすようにひとつひとつ覗きながら、ぐるりとマーケットを回っていく。ある屋台の前で、フィリアは足を止めた。
「どうかした?」
「あれ何?」
「ああ、願掛けの組紐だよ。願い事しながら結んで、それが自然に切れると願い事が叶うって言われてる」
「へえ」
「気になる? 近くで見てみよう」
願掛けなんて興味がないはずなのに、フィリアは素直に近付いて行った。
屋台には色とりどりの糸が置かれてれており、その場で指定した色糸の組紐を作ってくれるらしい。他の屋台より客が集まっていないからか、年配女性の店主はすぐに2人に声をかけた。
「いらっしゃいませ! ひとつひとつ心を込めて作っております。ぜひ手に取ってご覧くださいね」
「いろんな編み方があるんですね」
「はい。編み方で願いの種類を変えております。こちらは無病息災、こちらは金運上昇、こちらは恋愛成就……おふたりの瞳の色でお作りすることもできますよ」
瞳の色。ああそうか。今日何回もその単語を聞いて、知らない間に目に留まったのだろう。フィリアはいくつかある見本の組紐からひとつ手に取った。
「これ、あんたたちの目の色だ」
「へ?」
「あんたと、ミオーナとセルシオの」
「そういわれればそうかも」
琥珀色と緑色、そして菫色。目を引くようになのか、まあまあ派手な組み合わせだ。
「お友達ですか? それにお嬢さんのワインレッドを入れることもできますよ」
「それいいかも」
「え、いや、でも、訓練の邪魔になりそうだし」
「あら、お友達とでしたら、長めにして足首に結ぶのもオススメですよ」
「なるほど、いいですね」
フィリアはキラキラした2人からの視線にたじろいだ。その視線から逃げるように見本の組紐に視線を落とす。
装飾品には興味がない。なくてもまったく困らないものだから。ただでさえ今日アルグレックに髪飾りをもらったばかりだ。
欲しいかと言われれば…………ちょっと惹かれる。
「あの2人もするか……?」
「絶対喜んですると思う!」
小さな呟きはきっちりと拾われた。嬉しそうな顔のアルグレックと、「4つならお安くしますよ!!」と鼻息の荒い店主。フィリアはちょっと引いた。
「じゃあ、お願い、します」
「編み方はどうします? 恋愛じょ、」
「無病息災で」
騎士たちが付けるものなのだから一択だろう。
話し合いの結果アルグレックと折半することになり、できあがるまでマーケットをうろついた。特にめぼしいものはなく、何も買わずに2周して戻った。
人集りができている。
「あの……」
「ああ、おふたりさん! 貴方たちが買ってくれてからすごく売れるようになったんですよ、ありがとうございます! 2本分にはオマケしてありますから!」
どんなものにしたかは誰にも言いませんからね、と言いながら袋を渡すと、店主は接客に戻っていった。
フィリアは不思議な高揚感に包まれていた。
買ってしまった。これでよかったのだろうか。
あの2人も喜んでくれるだろうか。魔消しなんかとお揃いなんて本当は嫌だと思ったらどうしよう。
ちらりと横を歩く男を見る。
見るからに上機嫌な男は、フィリアの視線に気付くと「2人に渡すの楽しみだね」とより顔を綻ばせた。
「……お揃いのものなんて、初めてだ」
フィリアはアルグレックの心から喜んでいる様子に安心してはにかんだ。
お揃い。その言葉になんだかくすぐったさを覚える。
「何か他にも買わない?」
「いや、ひとつで充分」
「ああ、そう……」
眉を下げたアルグレックだったが、すぐに復活した。
「いや待って、あの羊のぬいぐるみ! あれお揃いだろ!」
「ああ、そういえば。それならあれが初めてのお揃いだ」
そんなにムキにならなくても、とフィリアは笑った。
あの少し不気味でリアルな羊のぬいぐるみは、予想通り抱きまくらにちょうどいい。特に美味い肉を食べている夢は見られないが。
「それにしても、フィリアが瞳の色覚えてるとは思わなかった」
「……まあ」
フィリアは曖昧に頷いた。
目を見たままいれば、殴られることが減る。いつの間にかそうすることが癖みたいになっていた。
それを言わなかったのはアルグレックを気遣ってだった。彼はフィリア以外、目を見て話さない。それを知っているから。
「な。これ、先に付けない? 待ち切れない」
「待て。伏せ」
「いや犬じゃないから!」
「ふふふ。あそこのベンチに行こう」
「わん!」
「あはは!」
マーケットの入口にあるベンチに座り、先程買ったばかりの紙袋を開ける。組紐を取り出すと、あの店主が言っていた通り、2本だけ結び目にビーズが付けられていた。
色は言わずもがな菫色とワインレッド。そんなに拘るものなのかと衝撃を超えて感心する。
結び付けながら、フィリアは自然と願いを込めていた。
『彼らが怪我しませんように』
フィリアは無意識だったが、自分のこと以外を願ったのは初めてだった。
足首に括り付ければ並ぶ2色のビーズ。フィリアはなんだかくすぐったくなって、こっそり唇の内側を噛んだ。
「フィリアは願い事した?」
「教えない」
「えー」
「アルグレックは?」
「俺は燈火祭と同じこと」
「ふうん」
アルグレックがフィリアの足首にある組紐を見て目を細める。
その嬉しそうな友達の顔に、フィリアは買って良かったと再認識した。
「さ、次の店に行こうか」
差し出された大きな手。男は満面の笑みでこちらを見ている。
フィリアは迷うことなくその手を取って立ち上がった。




